【幕間1】 うちの好きな匂い

 夕食が終わって、風呂にも入ってホッと一息いれながら、夜見さんが作ってくれたアイスカフェオーレを飲んでいると浴室の方に向かう夜見さんがコスメショップで買った商品が入っている紙袋を持っているのが目に入った。


「それは今日買ったやつだよね」

「はい、茜にいろいろ聞きながら選んだものです」

「暮方さんってそういうの詳しそうだよね。お気に入りのものがあってよかったよ」


 俺にはよくわからないけど女の子というのはボディケア用品が好きらしく、クラスの女子同士がどのブランドのハンドクリームがいいとか、この石鹸の香りがいいとかという話をしている。


「茜はこういうことに詳しいさかい助かったわぁ。さっそく、お風呂で試してみます」


 そう言うとそのまま脱衣所の扉を開けてお風呂の方へ行ってしまった。


 本日の夜見さんの入浴タイムは長かった。途中で万が一のことが起きているのではないかと心配になり脱衣所のドアに耳を当てて生存の確認をしてしまった。見る人によっては変態の所業かと思うかもしれないが、れっきとした生存確認なので容赦して欲しい。


「ふう、さっぱりした」


 お風呂上がりの艶やかな肌とまだ水気を含んでいる髪というのは魅力的であると同時に目の毒だ。なんというか見てはいけないもののような感じがして直視できない。


「今日はお風呂長かったね」

「はい。せっかくボディケアセットを買ったさかい丁寧に使ってみたとこです」


 そう言いながら夜見さんはソファーに座っている俺のすぐ隣りに座った。


 お風呂上がりでほかほかとした温かさだけではなくて、今日買ったボディケア用品の香りと思われるフローラルなとってもいい香りが鼻をくすぐる。


 やばい、すごくいい香りする。なんだろうずっと嗅いでいたいというか、この香りに包まれていたいというか……。


 そこまで考えたところでハッとした。俺はなんて変態な思考に陥っているのだと。いくらいい香りがするからってくんくんするなんてことはどう見たって変態ドン引き行為である。ここは今のそれを悟られないようにしなければ。


「夜見さんの買ったボディケア用品はとってもいい匂いがするね」


 先にこう言っておけば仮に俺が多少くんくんしている行為があったとしてもそこまで変態扱いされることはないだろう。


「ほんま、嬉しいわぁ。陽さんに気に入ってもらえるようにいろいろ考えたかいがあったわぁ」

「えっ!? 俺が気に入るような香りまで考えたの」

「当り前やないの。うちが好きな香りと陽さんが好きそうな香りの最大公約数的なものを探したんよ」

「でも、どうして俺の好みまで?」

「そ、それは……」


 夜見さんの顔は風呂上がりのせいではないと思われるくらいに紅くなっていく。


 そして、横に座っている俺の首と身体に腕を回してぎゅっと抱きしめてから口を開いた。


「こうした時にええ匂いがした方が陽さんがもっとうちのこと好きなるかと思って……」


 な、なにを言い出してるんですか!!


 夜見さんにぎゅっとされた俺は地蔵のように固まってしまって身動きが取れないどころか呼吸さえできない。


「あの、えっと、俺たちまだそんな関係じゃ……、」

「知ってます。でも、ということはそのうち陽さんの方からこうやってくれますか」

「そ、それは……」

「ふふっ、冗談です。陽さんがうちのこともっとたくさん知ってくれて、それでうちのこともっと好きになったらしてください」

「今の本当に冗談? ところで、ボディーソープは夜見さんが好きな香りでもあるなら明日はこれを俺も使ってみようかなと思うんだけど」

「それはあきません」

「どうして」

「うちは今の陽さんの匂いが好きやから」


 そう言うと夜見さんはそのまま俺の胸に顔を埋めてくんくんとしている。


 あれ? これってさっき俺が自重した行為では……。これって女の子がやると許されるやつなのか。


 俺はそのまま夜見さんの気が済むまでの数分間地蔵であり続けた。

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