第23話 笑顔の理由

「陽さん、顔が真っ青になってますし、手も血の気が引いて冷とうなってます」


 夜見さんにそう言われると魔法が解けたように急に身体が重くなって、気分も悪くなり出した。


 そうか、さっきやばかった時に夜見さんが手を握ってくれて一時的にしのげていただけだったんだ。


 あの時、夜見さんが手を握ってくれたことは出血しているところにでかい絆創膏を貼って一時的に出血を止めただけなのと同じで、俺の感情のキャパが溢れそうなのを一時的に抑えてくれていただけだ。


「ごめん、まさかこんなところであの二人に会うなんて思っていなかったから、ちょっと心の準備ができてなくて。でも、同じクラスだから学校であの二人とは嫌でも顔を合わすのにね」

「学校で一緒になるのと、ここであんなふうに会うのとは勝手が違います。さて、今日はもう帰りましょう。目的の物も買えたさかい、これ以上ぶらぶらしても疲れてしまいます」


 結局こうやって、夜見さんに余計な気を使わせてしまった。


 本当はこの後もお店を見て回ってそこでいろんな話題が出れば少しは夜見さんのことを知るきっかけになったかもしれないのに。


 でも、ここで俺が大丈夫とか言っても夜見さんはそんなことは嘘だとすぐに見破ってしまうだろうし、そんなことをすれば本気で怒られそうな気がする。


「そうだね。午後は家でゆっくり過ごした方が良さそうだ」


 俺は深呼吸を数回して気持ちを落ち着かせてから立ち上がり、夜見さんの手を取って、そのまま家路に着くことにした。


 最寄駅から家まで続くだらだらとした坂を登っている時に、ふと夜見さんの顔を見るとなんだか嬉しそうな顔をしている。夜見さん的には今日の買い物は満足のいくものだったのだろうか。それならば幸いだ。


「そんなににこにこして、今日はいいものが買えてよかったね」

「えーっと、顔が緩んでしまっていたのはそないなことやなくて、帰り道は陽さんの方から何も言わんと手つないでくれたのが嬉しかったからです」


 やってしまった。完全に無意識のうちに自然とそれが普通のことのようにやってしまった。夜見さんに指摘されるまで全然気が付かないなんて。


 気が付いてしまうと急に緊張してしまうし、絶対に手汗もやばい。


 でも、ここで急に手を離すなんてことは出来ないからもうこのまま家まで帰るしかない。


「……あ、ああ、その、何度も手をつなぐのに理由を言うのはどうかと思っただけで――」

「いいんです。手をつなぐことに理由があってもなくても、うちは少しでも陽さんと一緒にこうしていられればそれで」


 そのセリフずるくない? そんなこと言われたら俺はもうがたがた余計なこと言えないじゃん。それからそのえへへって感じの無邪気な笑顔もずるい。そんな笑顔を向けられたら、その笑顔がまた見たいからまた手をつないじゃうじゃないか。


― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★レビュー★★★、応援をいただきありがとうございます。

 ここまでが第一幕になります。幕間を挟んで第二幕に突入です。

 次回更新は12月25日午前6時の予定です。 

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