第22話 四者相見えて

「あれ? 東雲じゃん、どうしたのこんなところで?」


 いつも学校で見せるのと同じようなさわやかな笑顔を向けながら話しかけてきた。


「あっ、えっと、別にたいした用事とじゃないけど……」


 じわりと手が汗ばむのと心臓の鼓動が大きくなるのがわかった。口の中は乾いてしゃべり辛い。


「そんな、キョドらなくてもいいじゃん」

「お待たせ。怜央君……えっ、ど、どうして、陽がここに」


 お手洗いにでも行っていたのだろうか少し甘えたような声で山吹に声を掛けたのは元カノの大久保夕おおくぼゆうだった。


 あんな声、俺と付き合っている時は掛けてこなかったくせに。


 大久保さんは俺がここにいることにすごく驚いている様子だけど、俺だって驚いているし、どうしたらいいかわからない。


「たまたまだよ。たまたまここでお昼を食べて片付けていたら山吹とばったり会ったんだ」

「そうなんだ。それじゃあ、もしかして、東雲ももらったのかここの割引クーポン。俺たちはさっき映画に行って、そこでもらったんだよ。スゲーお得だったから使わないと損だと思ってさ」


 その割引クーポンもうーたん達の仕業だろう。うーたんは俺たちをここでバッティングさせるためにあのクーポンを渡したのか。しかし、バッティングさせてどうするつもりだ。


 つーか、こいつ俺が大久保さんに振られたことを知ってて二人で映画行ったことを話してくるなんてこっちをえぐってくるじゃねーか。


「ああ、俺たちもさっき買い物をしてクーポンをもらったからここでお昼を食べたんだ」

「俺たちって、東雲も誰かと一緒なのか」


 ああ、やばい。血圧が下がってきてるのか汗ばんでいる手が冷たくなっていくし、めまいがしてきた。今の俺にとってはこの二人と一緒の空間にいること自体がかなりのストレスだ。どうしよう、ちょっと立っているのも辛いかも……。


「陽さん、大丈夫ですか」


 氷のようになっていた手に温もりが伝わり、ぎゅっと握られたことで揺らいでいた意識がはっきりと元に戻っていくのがわかった。


「夜見さん、ありがとう。もう大丈夫だと思う。一瞬眩暈がしただけだから」

「よ、夜見さん!?」


 山吹が驚いたような声を発しているが、まあ、それが普通の反応だと思う。大久保さんも声にこそ出さないがかなり驚いた顔している。


「どうして、陽と夜見さんが一緒にいるの」

「それは、うちが陽さんに買い物に付き合って欲しいと頼んだからです」

「それって、二人は付き合ってるってこと」

「そない恋人のような仲ではないです。仲良くさせてもらっているのもさかい」


 俺の手を握ったまま夜見さんは冷たい目で大久保さんを見据えた。夜見さんの視線は彼女の目が碧眼であることもあってか冷たさが際立っている気がする。


 大久保さんは夜見さんの昨日からというフレーズにあっと思ったのか慌てるようにして説明しだした。


「そうなんだ。偶然ね。私達も昨日から急接近しちゃって付き合い始めたよね」


 大久保さんから山吹にアイコンタクトが送られ山吹もそれがわかったらしく続く。


「おう、話していたら意気投合してお互いフリーだし付き合おうってなってな」


 よくそんな薄っぺらい嘘を並べることができるものだなと感心してしまう。この二人の嘘を聞く度に昨日見たあの写真が次々に思いだされて気分が悪い。


 こいつらの嘘をここでただしてやろうとも一瞬考えたけど、結局それって何の意味もないことだとすぐに気付いたので、その言葉は飲み込むことにした。


 そんなことしたって、何も未来がいい方向に変わるわけない。


「おめでとう。二人のデートを邪魔してもいけないから。俺たちはもう行くよ」


 俺がそう言うと、夜見さんは握っていた手をもう一度ぎゅっと握ってから俺を引っ張るように店を出て、そのままエレベーター前に設置されている休憩用の椅子のところまで俺を連れて行ってそこに腰を降ろさせた。


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