第16話 面倒くさい迷子【前編】

「ねえ、そこのお兄さん。……お兄さんってば」


 ぼーっと店内を見ている俺にショートカットの女の子が声を掛けてきた。


 最初に呼ばれた時はそれが俺のことだと思わなかった。だって、声を掛けてきたショートカットに猫耳が付いた黒いパーカーを着た可愛らしい女の子は背の高さからすれば俺よりもずっと幼い、おそらく小学生くらいの女の子だったからだ。


 俺にこんな小さな女の子の知り合いはいない。子供を使った新手の詐欺や宗教の勧誘だろうか。思わず眉をひそめて彼女を見てしまった。


「そんな顔で見なくていいんじゃないかなぁ。」

「ごめん、急に声を掛けられて驚いてしまって。失礼だけど、どこかで会ったことあるかな?」

「ううん、はじめてだよぉ。実はね、私、迷子を捜しているの」


 迷子を捜している? 迷子は君ではないのかな? これはもしかして面倒くさそうな迷子に声を掛けられてしまったのか。


 でも、この子の発言を否定して話を進めようとすれば、ますますややこしくなる気がしたので、ここは一度彼女の話に乗ることにした。


「君の探している迷子っていうのはどうな人?」

「いい大人なんだけどねぇ。ちょっと目を離した隙に見えなくなっちゃって。お兄さんも挙動不審でキョロキョロしているから迷子を探しているかと思って声を掛けたのぉ」


 間違いない。この子はかなり面倒くさいタイプの迷子だ。


「俺は迷子じゃないよ。一緒に来た人がお手洗いに行っているからここで待っているだけなんだ」

「一緒に来た人ねぇ。その人って、お兄さんの家族? 友人? 恋人? それとも許嫁?」

「えっ!?」


 反射的に声が漏れてしまった。家族、友人、恋人まではいいとして、許嫁ってどういうことだ。普通はそんななこと聞いたりしない。まして、小学生くらいの子がそんなこと聞いてくるはずがない。この子は一体何者なんだ。


 彼女は驚いている俺の顔を見上げながら悪戯っ子っぽい笑顔浮かべて続けた。


「何をそんなに驚いているのぉ。お兄さん、いや、東雲君」


 俺のことや夜見さんのことを知っている。となればこの子はきっと夜見さんの側の人。昨日、大沼荘を大破させたり、引越しの手配をしたりした人たちの仲間だろうか。


「夜見さんの仲間の方だったんですが、わざわざ迷子を探しているだなんて言って。俺に何か用件ですか」

「仲間ねぇ。まあ、そんなところでいいかなぁ。用件なんてそんな堅苦しいものじゃないよ。君たちの様子がちょっと気になってね。それから、そんなにかしこまって話さなくていいよ。私は見た目どおりの小学生、名前は“うーたん„だから」


 絶対に小学生じゃないだろう。中身は一体何歳なんだ。夜見さんだってキツネ耳や尻尾を普段は隠しながら生活している。この子はキツネ娘なのかそれとももっと恐ろしい物の怪なのか。


「様子が気になって、ここで俺に接触したってことは、俺たちをずっと監視していたのか」


 うちのマンションの前で声をかけられたのならまだしもここで声をかけられたということはずっと尾行されていたということだろう。もしかしたらあの部屋のなかにも隠しカメラや盗聴機があるかもしれない。


「昨日の今日だからちょっと気になって今日はあとをつけさせてもらっていたよぉ。でも、監視ってわけじゃないよ。もちろん君たちの愛の巣を覗くようなことはしてないし、むしろ、君たちが引越しをする前にそういうものがないかチェックしたくらいだから」

「あ、愛の巣だなんて、俺たちはそういう関係じゃないから」

「そうなのぉ、でも、同じ家で暮らしてベッドは一つで、おまけに相手はあの美月だよぉ。私は朝チュンだと思っていたのに。もしかして、東雲君……、いい薬が欲しいなら用意するけど。」


 うーたん可愛い顔して言ってることがおっさんか。いや、実は中身はおっさんなんじゃ。それに薬を勧める時の顔が悪いことを企んでいる時のようなニヒヒという効果音が出てきそうなものだったぞ。


「何を期待しているのかわからないけど、俺は昨日振られたばかりでその日にいきなり夜見さんに許嫁ですと言われても「はいそうですか、末永くお願いします」なんて言えるほど神経図太くないから」


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 体調不良のため一日お休みします。

 次回更新は12月18日午前6時の予定です。

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