第15話 ペアカップ

 駅の南口を出て、目的のインテリアショップまで数百メートルほどを歩く途中には有名コーヒーショップや地方のアンテナショップがある。この道は冬になるとイルミネーションが綺麗でその時期のコーヒーショップの窓辺の席にはドリンクとイルミネーションを楽しむカップルがたくさんいることでお馴染みだ。


 そんな道を進んでいくと上層部がハリボテになっている某携帯電話会社の超高層ビルを背景にして目的のインテリアショップがある。店の存在は知っていたけど、男一人で入るにはちょっと勇気がいるから外から眺めたことしかない。


 入口のドアを潜ると一番目立つところに母の日直前特集ということで薄ピンクの可愛らしハンドタオルやエプロン、ハンドクリーム、入浴剤が並べられていた。


 それらが目に入ると同時にアロマフレグランスのいい香りがする。


「いい香りがするね」


 横にいる夜見さんを見ると眉間に皺が寄って睨むような目つきをしている。


「せやけど、いろんな香りが混ざるのはうちは苦手です。きっと、他の人より鼻がきくからやと思います」


 そうか、見た目は普通の人と同じだけど、キツネ娘な夜見さんは、俺と違っていろいろな感覚が敏感だったり、観察眼が鋭いのだろう。今朝だって狸寝入りをすぐに見破っていたし。


 とりあえず、アロマ系の商品を避けるために食器のコーナーに向かった。


 我が家にはお皿の種類が少ない。元々料理をそんなにしていないので麺類用の丼と茶碗、平皿くらいしかなかった。


 食器のコーナーには実用性の高そうなものから装飾性の高いきらびやかなものもあり、ホテルのアフタヌーンティーの時にお菓子が乗っていそうなものまである。


「やっぱり、収納を考えると重ねられる方がええなぁ。これなんかどうやろ?」


 夜見さんが手に取ったのは三種類の大きさの皿やボウルで収納時には綺麗に重ねることができるものだ。


「そうだね。やっぱり、こういうシンプルな形の方が使い勝手もいいし収納もしやすいな。持ち手の付いているものは可愛いけど重ねられないから場所を取っちゃうね」

「でも、可愛らしさも……、あっ、このマグカップかわええ」


 指さした先にあったのはマグカップのペアセットだった。世界的に有名なネズミのカップルが描かれており、持ち手の部分はネズミの尻尾を模している。


 たしかに可愛いと思う。でも、その柄はちょっと……、


 このマグカップに描かれているネズミはちょうどキスをするように目をつぶった表情でお互いに向き合っていて、二つのマグカップを乾杯をするときのようにくっつけるとキスをしている絵柄になるだけでなく、お互いの手でハートの形を作るようになっている。


 これってラブラブなカップルが使うようなやつじゃないか。これ買っちゃうと既成事実を作ってしまうような気がする。


 なんとか、このカップは回避したい。友達が遊びに来て見られるということはないと思うけど、これは使う度に恥ずかしい。


「それちょっと可愛すぎな気もするかな。俺はこっちのマットな色の大人な雰囲気のイニシャルが書いてある方がいいかな。夜見さんはMだから薄ピンクで俺はHだからラベンダーになるけど」


 俺が提案したマグカップを人差し指を口に当て、うーんと唸りながら吟味する夜見さんの横顔を俺はお願いだからこっちで勘弁してという思いで見つめた。


「せやね。あっちのキャラクターのよりもこっちの方が大人な雰囲気がしはるし、同じデザインでお互いのイニシャルが入っているのを持っているとカップルみたいやわぁ」


 ええっ!! 夜見さん的にはそうなの。こっちの方がカップル感が強いの。


「それに陽さんと一緒に考えながら選べたゆうのが嬉しい」


 夜見さんはだんだんとフェードアウトしていきそうな声で呟いた。

 どうして、そんなこと呟いちゃうかな。これ購入決定だよ。


 結局、俺たちはお皿のセットとイニシャル入りマグカップ、タオル等を買うことにした。今日は最初からたくさん買っても大丈夫なように大きめのリュックも持ってきたから荷物持ちも楽チンだ。


 お会計を終えたあと、夜見さんは一度お手洗いに行くということで、俺はお手洗いの出口近くで待つことにした。


 改めて店内を見渡すやはり、女の子に人気のお店なので、女の子同士やカップル、小さな子連れの家族が多い。こうやって、俺が一人ポツンといると目立ってしまう気がする。


「ねえ、そこのお兄さん」

 ぼーっと店内を見ている俺にショートカットの女の子が声を掛けてきた。


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 まさかの陽君に逆ナンか!? 

 次回更新は12月16日午前6時の予定です。

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