第14話 手をつないでもええですか

 これは一緒に住むにあたって必要な物を買いに行くお出掛けであって、デートではない。


 俺は自分にそう言い聞かせながら出かけるための準備をしている。普段学校に行くときは寝ぐせで髪がはねていないかぐらいのことしか気にしないけど、今日はワックスも付けて元カノとデートをしていた時と同じくらいはちゃんとしようと思っている。


 これはデートではないけど夜見さんの横を歩くのにあまりにかっこ悪い感じだと悪い気がするからだ。


 でも、普段からそんなおしゃれをしないからどうも髪型が上手く決まらない。


「陽さん、何してますの」


 鏡越しに不思議そうな顔で夜見さんがこちらを見ている。髪型が決まらなくて悪戦苦闘している俺の姿が謎の行動に見えたのだろう。


 ちなみに今日の夜見さんはふんわりとした袖のシャツの上にチェック柄のワンピースを着ている。


「どうやったらこの髪がマシになるかなと思っているんだけど難しくて。洗面台独占してごめんね」

「それは別にいいのですが、ワックスは付け過ぎると重たい感じになるさかい……、ちょっといいですか」


 夜見さんは俺に向かい合うように言うと前髪に手を伸ばして、流すように整えてくれた。


 こういう時って、どこに目線を持っていけばいいんだろう。夜見さんの整った顔を見つめるのは俺はいいかもしれないけど、夜見さんは嫌だろう。かといって、視線を下げていき首を見つめるのは首フェチと勘違いされるかもしれない。そこより下はきっと怒られる。


「うん、これでいい感じやと思います。陽さんはもう少し髪をさっぱりと切るとセットもしやすいかな」

「最近、散髪行ってないからそろそろ行かないといけないなとは思ってるところ」

「どないかっこようなるか楽しみやわぁ」

「いや、土台が変わらないから髪をちょっと切ったくらいじゃ特に変化ないから。過度な期待はしないで」


 夜見さんは俺に対して幻想を抱いているのか、それともこれも許嫁として受け入れられたいというよいしょなのかわからない。


 準備を終え出発。まずは目的のインテリアショップを目指す。


 日本最大のターミナル駅までは地下鉄で二駅なので五分もすれば着いてしまう。大型連休の最終日とあって、地下のホームから地上の出口へはエスカレーターだけでなく階段も人でごった返している。人が多いのではぐれないようにと俺は夜見さんが近くにいるかを確認しながら進んだ。今日は二人で一緒に歩くことに昨日ほど緊張していない。これは慣れだろうか、いや、昨日は家を出る直前に不意打ちのキスをされたのが原因だろう。客観的に見ればただ単にクラスメイトと一緒に歩いているだけだ。緊張する必要なんて何もない。


「あの、陽さん――」


 俺の左側にいる夜見さんが少しだけ俺の方に顔を向けた。昨日のように覗き込むようにこちらを見るとまた転んでしまうかもしれないので、このくらいがいいと思う。


「手、つないでもええですか?」


 手をつなぐですと! 元カノとは、外でそういうのは恥ずかしいとか言われて、あまり手をつないだことなかったっけ。そういえば、昨日は転びそうになった時に手を掴んだけどすぐに離したんだよな。


 でも、恋人でもないのに手をつなぐってどうなんだろ。幼稚園児や小学校の低学年くらいならわかるけど、異性の高校生同士が手をつなぐということはそれなりの関係だ。


 夜見さんの問い掛けにどうしようかと考えていたら前から五人くらいのスーツケースを持った旅行者がやって来るのが見えた。


「危ないからこっち寄って」

「えっ!?」


 このままではぶつかるかもしれないと思ったから、夜見さんの手を握って俺の方に引き寄せ、旅行者をやり過ごした。


「おおきに。なんだか昨日から助けられっぱなしやわ」

「たまたまだよ。でも、今日は混んでるし、迷子になると困るからこのままで」


 俺は急いで引き寄せるために強く握った手を緩めながら下ろした。お互いにスマホを持っているから迷子になってもなんとかなるのにそのことを理由に手をつないだままにしている自分のせこさを感じる。


「はい、おおきに」


 夜見さんは白い肌を少し朱に染め頷きながら答えた。


 天気予報では爽やかな一日ということであったが、俺にとっては今日も暑く感じられる一日になりそうだ。


― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★評価★★★、応援をいただきありがとうございます。

 次回はちょっとだけ新キャラ出ます。 

 次回更新は12月15日午前6時の予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る