第12話 スノー・ホワイト

 遠くの方でトントントンと包丁のリズミカルな音が聞こえる気がした。包丁の音だけでなく、味噌汁だろうか美味しそうな匂いも漂ってきている。


 それらの刺激が夢と現実の境界をふらふらとしている俺の意識を現実の方に引き寄せてきた。


 どうして、こんないい香りがするんだろう。大沼荘に朝からこんなに料理をする人なんかいたっけ。ああそうだ、大沼荘はもうないんだ。トラックが突っ込んで大破して、新しい部屋に引越して、……そうだ、夜見さんだ。ということは、このいい香りは夜見さんが朝ごはんを作っているということか。


 まずいな、朝から夜見さんにばかり負担をかけてる。


 起きなきゃと思いながらも昨日の疲れからか、瞼が開かず、身体も重い気がする。


 ガチャっと寝室の扉が開く音がした。夜見さんが近づく気配もする。


「陽さん、まだ寝てはる。お寝坊さんやなぁ」


 微睡んでいた意識はこのころには覚醒したのだけど、このタイミングで起きるのが恥ずかしい気がして狸寝入りを決め込んでいた。


 ベッドが軽く揺れた。夜見さんがベッドに腰掛けてでもいるのだろうか。でも、どうして……。


「今なら陽さんの寝顔を堪能できる。ふふっ、やっぱり、かわいいわぁ」


 夜見さん、心の声がだだ洩れです。


 一応念のために言っておくが俺はイケメン俳優のような整った顔でもないし、アイドルのように可愛らしい顔でもない。このかわいいという発言は夜見さん個人の感想によるものだ。だいたい、男子高校生に対してかわいいなんて普通は言わないだろ。


「でも、そろそろ、朝ごはんやから起きてもらわな。やっぱり、ここは目覚めのキスを――」


 まずい! この子は朝から何をしようとしているんだ!


 俺は一瞬で顔を手で覆いガードを固めるとそのままベッドの上でゴロゴロと一回転して、夜見さんから距離を取った。


「おはようさんです。陽さん」


 ガードを外して夜見さんの方を見るとベッドに腰掛けた夜見さんがニヤリとした笑みを浮かべていた。


「おはよう。いつから俺が起きてるとわかっていたの?」

「最初からです。寝室に入った時から陽さんが狸寝入りをしていはるのはわかってました。呼吸の感じとかでうちはすぐにわかるんです」


 きっとそのあたりの観察力は普通の人よりも夜見さんは優れているのだろう。そして、俺が狸寝入りをしているのに気づいていて、わざとあんなことを言ってからかったのか。


「俺が顔をガードしないでそのまま狸寝入りを決めていたらどうするつもりだった」

「それは同意が成立ということで、姫から王子様に目覚めのキスをします」


 やっぱり、危機一髪というところだった。


 昨日に比べて夜見さんが少し砕けた感じで、ぐいぐい攻めてきているのは、昨夜、俺が今後もここにいていいと言ってとりあえずは襟巻にされる心配がなくなったからか。襟巻にされる心配がなくなれば、今度は許嫁として受け入れてもらうための攻略に着手したというところなのか。


「姫から王子様って、逆じゃないのか」

「そうでもないと思います。デ●ズニーのプリンセスも昔に比べて年々たくましなってますさかい、姫から王子様への目覚めのキスのシーンも増えていくと思います」


 うーん、最近はいろいろな意見に配慮した作品が多いからそういう作品も増えてくるかもな。


 それにしても、今後は気をつけないと夜見さんからどんなふうに起こされるかわからないな。休みの日もスマホのアラームをセットしておいた方が身の安全のためかもしれない。


― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★評価★★★、応援をいただきありがとうございます。

 今後は私の筆が遅い関係で一話が1500~2000字と少し少な目の更新になります。

 次回更新は12月13日午前6時の予定です。

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