第11話 裏方の鈴木さん【美月視点】
陽さんがお風呂に入ったのを確認してから自分のスマホを持って寝室へと向かった。なぜ寝室かというと、これから通話する相手との会話を少しでも聞こえにくくするためにこの部屋の中で浴室から一番遠いところを選んだ結果だ。
登録人数がそれほど多いとはいえない電話帳からすぐに目的の人物である鈴木さんを見つけて、発信ボタンをタッチする。
鈴木さんは東京で一人暮らしを始めるにあたっていろいろと世話をしてくれた人で、今回の計画でも現場を実質的に取り仕切っていた人だ。
幼稚園児が見たら泣き出して、その保護者が見れば誘拐犯かと思われるような怪しい見た目であるが、そういう悪いことはしていないはず……。
少し長めのコール音の後、もしもしと応答があり鈴木さんがでた。
「もしもし、夜分遅くにすいません。夜見です」
時刻はまだ午後八時台だが、礼儀として断りをいれる。
『今日は大変だったとけど、大丈夫? 疲れていない』
ダンディでよく響くこれがスピーカーから流れる。
「やはり、緊張してしまって少し疲れはありますが、うちよりも鈴木さんの方が大変やったのかなと思います」
『あの程度のこと僕にかかればたいしたことはないよ』
この部屋の手配、大沼荘の大家さんへの事前の根回し、他の住民の引越し先、突っ込んだトラック関係、陽さんの引越作業、買い物に行っている間の家具家電の搬入など、一連の手配はすべて鈴木さんの指示のもとに進められてきたものだ。
「そうですか、うちらが買い物に行っている間に家具や家電の搬入が完了しているところなんかはうちもびっくりしました」
『あれは人数かけて、事前の準備をしていれば何とかなるものだよ。ところで、彼の失恋のショックの方は大丈夫そうかな? あの写真かなりキツイと思うんだよね』
「かなりショックなようでした。事実とはいえ、あれだけたくさんの現場を見せられるは辛いです」
『そこは美月ちゃんが上手くフォローしてあげてよ。さすがにそういうことは僕にはできないからさ』
あの写真はできるなら見せたくなかったんですが、陽さんが振られた原因がうちじゃないということを説明するには仕方なかったと思ってます。
「もちろんです。でも、あれだけショックな振られ方やとうちを許嫁として受け入れてもらえるまでには時間かかりそうです」
『だけど、あまり悠長なことは言ってられないよ。時間は限られているから。いつまでも待ってもらえない』
「それもわかってます。だけど、あまり急ぎ過ぎて失敗してはいけませんので」
『そのあたりの加減は美月ちゃんに任せるよ。さて、そろそろ僕は今日の残務を処理しないといけないから切るね。お父上と兄上にもよろしく伝えておいてもらえると嬉しいよ』
「はい、もちろんです。それでは、今日は本当におおきにありがとうございました。おやすみなさい」
お父さんによろしくか……。
深く息を吐きながら天井を見つめる。今回の件に残された時間はどのくらいあるのだろう。うちは今度は上手くできるのやろか。
あかん、そんなマイナスなこと考えては。これはうちにとってせっかく与えられたチャンス。今回は絶対に失敗せんように頑張らな。
でも、陽さんが振られるのを待って、そのタイミングで許嫁として現れるって、どう見ても嫌な女でしかあらへん。陽さんがすぐに受け入れられなくてもそれは当然。それにうちは普通の人やない。嫌われなかっただけでも御の字や。
それにしても、陽さんはうちのこと好きとも嫌いとも言うてくれへんし、ここに居てもいいとも帰れとも言わへん……。うちのことどう思っているんやろ。
宙ぶらりんな今の自分に不安になりながらスーツケースを開けて荷物整理を始めた。
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次回、二人の同居生活は二日目に突入
次回更新は12月12日午前6時の予定です。
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