第8話 キツネ娘と油揚げ

「ごちそうさまでした」


 夕食を食べ終わり淹れてもらったお茶啜っている。夜見さんの作ってくれた夕食はどれも美味しくてついつい食べ過ぎてしまい、ちょっと苦しいくらいだ。


 年々量が減っていくコンビニ弁当に飼いならされていたせいか食が細くなってしまったのかもしれない。ほんとコンビニ弁当のご飯のかさ増しってやめて欲しいと思う。


 夕食後の洗い物はさすがにしてもらうわけにはいかないと思って、俺がやると言ったのだが、

「せやったら二人でやった方が早う終わるさかい一緒にやりましょ」

 ということになり、俺が洗って、夜見さんがすすぎと乾燥機に入れるという役割分担で作業をしている。


 洗い物をしているとさっきの美味しかった夕食のことが思い出される。でも、その中に一つ気になることがあった。


 油揚げだ。


 お揚げと小松菜の炊いたんだけでなく、お味噌汁の具にも油揚げが入っていた。俺は油揚げが嫌いというわけではないので問題はない。ただ、キツネといったら油揚げはセットのように思える。


「ねえ、油揚げって夜見さんの好物だったりする?」


 夜見さんは顔をこてっと傾けて俺の質問の意図を探っている。この姿だけでもかなり可愛い。見惚れて皿が手から滑り落ちそうになるくらいだ。


「あー、今日の献立はたまたまです。でも、うちの周りでおあげさん嫌いな人は聞いたことないなぁ。やっぱりみんな好きやと思います。もしかして、陽さんは苦手やった?」


 だから、そんなに覗き込むように見ないで。夜見さんは自分の持っている攻撃力をもっと自覚した方がいい。そうやって、無意識のうちに距離感が近い感じで接するから学校ではイケイケの陽キャだけでなく、俺のような陰キャたちまでがあなたに好意を抱いて告白するんだから。


「そんなことはないよ。ほら、やっぱりキツネといったら油揚げだからさ」

「うーん、大好物というわけやないけど、無いと寂しいって感じやわぁ」


 油揚げが無いと無意識に寂しいって感じるレベルってなかなかだぞ。ってことは、今後も油揚げはいつもどこかに入っていそうな気がする。そう考えた時に俺は特に意識したわけじゃないけどぽろっと言ってしまった。


「俺もそのうち油揚げが無いと寂しいと感じるようになるかもな」


 何か返事を求めたわけではないが、急に夜見さんが静かになってしまったので、どうかしたのかと思って、洗っている食器から横にいる夜見さんの方へ視線を移した。


「……それって、うちのご飯毎日食べてくれはるってこと?」


 夜見さんの頬がぽっと朱に染まり恥ずかしそうにうつむいた。  


 あれっ? 俺が言ったのって、あなたの味噌汁が毎日飲みたいっていうようなべたべたのプロポーズの言葉だったりする?


「えっ、あっ、いや、そのなんというか、毎日食べたくなるくらい美味しかったというか……」

「あ、あ、そういうこ――」


 慌ててしまったからか乾燥機に入れようとした皿が夜見さんの手から滑り落ちた。


 俺は洗いかけの皿と泡まみれのスポンジを持っているので手を出すことは出来ない。だからとっさに足を出して皿を受け止めようとした。まあ、受け止めることが出来なくても床ぎりぎりで足でワンバウンドさせれば割れずに済むかもと思った。


「痛っ」


 俺の予想通り皿は足の甲でワンバウンドしてから床にからんと落ちたが、足への衝撃は思っていたものより大きくて思わず声が出てしまった。


「だ、大丈夫ですか」


 夜見さんはすぐにしゃがみ込んで俺の足を擦る。男のゴツイ手とは違い柔らかな夜見さんの手でさすられるとそれだけ痛みが飛んでいくだけでなく、程よい気持ち良ささえある。


「よ、夜見さん、もう大丈夫だよ。それより、お皿は割れたり、欠けたりしてない?」


 これ以上の快感は危険と判断して即座に別の指示を出す。鬱血した指をふーふーしたり、覗き込むように話しかけたり、足を擦ったりと夜見さんは本当に距離が近い気がする。これらはすべて彼女の作戦なのか天然なのか……、どちらにしても気を付けてないと彼女に飲み込まれてしまいそうだ。


「お皿の方は無事やわぁ。おおきに」


 笑顔でお皿を掲げる様子を見ると、あの程度の痛みはなんてことない気がした。

 

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 次回更新は12月9日午前6時の予定です。

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