第7話 ファンタスティック作品の隠ぺい
夜見さんは持参した紺色のエプロンを付けて夕食の準備を始めた。
包丁の子気味いい音が広がり、出汁のいい香りがしている。
買い物の荷物運びで疲れただろうからソファーにでも座ってゆっくりしていて、なんて言われたけど、リビングのすぐ後ろのキッチンでは夜見さんが夕食を作っているから、俺だけゆっくりしているのは悪い気がする。そこでほとんど進んでいなかった自分の荷物の荷解きをすることにした。
しかし、ここで新たな問題が発生。
それは、俺の所蔵する男の子の夢が詰まっているファンタスティック作品をどこに隠すかというサミットの議題にもあがっておかしくない問題だ。
この令和の時代にファンタスティック作品を電子で所持せず、紙で所持しているのはその特殊なる入手経路によるところなのだが、今はそのことを気にしている場合ではない。
大沼荘なら女の子を招き入れるなんてことは無かったから適当に置かれていたが、この部屋ではそんなことは出来ない。適当に隠して、何かの拍子に夜見さんに見つかりでもしたら軽蔑の眼差しとともに「うちというものがありながらこれはなんです」とか言われて内容についてどこがいいのかということを事細かに解説するという責めを受けるかもしれない。
いや違う。夜見さんは俺を夜見さんのことしか考えられないくらいに好きにさせようとしているから、ファンタスティック作品を詳細に分析して、こちらのツボを押さえた攻勢を仕掛けてくる可能性がある。そうなっては巨大な雪崩に巻き込まれるようなものでひとたまりもないかもしれない。
ひとまず、本棚の奥に横向きに置き、その後に俺の教科書や参考書置いて隠すことにした。普通の本なら偶然興味を持って手に取る可能性があるが、教科書なら同じものを持っているのでわざわざ俺の物を手に取る可能性は低い。
俺はファンタスティック作品の隠ぺいを最優先課題として荷解きをしながら夕食の時間を待った。
荷物の整理がほとんど終わった頃に夕食ができたということで声が掛けられた。
俺の最優先課題だったファンタスティック作品の隠ぺいも無事に完了したところだ。でも、これはあくまで応急措置なので近々完全に処分する方が安全だろう。
さらば我が青春の一ページ。
一人暮らしを始めてから基本的にお惣菜やお弁当やパンが中心で、自炊をしても豆腐と専用のタレを混ぜるだけでできる麻婆豆腐とか簡単なものばかりだった。
夜見さんの料理の腕は未知数だけど、荷解きの時に時折香ってくる匂いはとてもおいしそうな雰囲気を出していたのでちょっと期待している。
しかし、ダイニングテーブルには俺の予想を超える食事が並んでいた。
夜見さんの説明によると、お揚げと小松菜の炊いたん、鰤の照り焼き、茄子の煮びたし、ほうれん草の胡麻和え、お味噌汁というラインナップ。
見ただけでわかる。これ絶対に美味いやつやん。
というか、夜見さん本気出し過ぎじゃないですか。
お弁当やお惣菜に染められている身としてはこういうご飯が本当に嬉しい。こういうのでいいんだよ。こういうのでね。
「「いただきます」」
久しぶりにちゃんと手を合わせていただきますを言う。
まずはお味噌汁を一口いただく。出汁の旨味と味噌の味がちょうどよくほっこりする味わいだ。
思わず目を瞑りながらはぁ~と余韻に浸っていると、前方から猛烈な視線を感じた。
目を開けると夜見さんが身を乗り出すようにしてこちらを見つめている。
もしかして、何か薬でも盛っているのだろうか?
「えーっと、どうかしたの? そんなに見つめられると食べにくいんだけど」
夜見さんの視線は先程よりも熱くなり、表情は少し不安の雲がかかり、キツネ耳も元気がない様子だ。
「あ、あの、うちの味付けお口にあいますか?」
「うん、とっても美味しい。優しい味でほっこりすね。俺はこの味付け好きだな」
「お、おおきに。お口に合わないんじゃないかって心配やった」
夜見さんは背もたれによりかかると緊張が解けたようにふにゃりとした。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃない。見た目からしてどれも美味しそうだし。あっ、鰤もいい加減で焼けてて美味しい。夜見さんも冷めないうちに食べて」
「陽さんが美味しそうに食べれくれて、ほんま嬉しいわぁ」
夜見さんの料理はお世辞抜きにして本当にどれも美味しかった。異性に対して胃袋を掴むのは大切って言うけど、それを身をもってそれを体験している気がする。
「そういえば、夜見さんってうちに来る前から一人暮らしだったの?」
「そうです。高校入学と同時に上京してきました」
「ご両親は女の子一人なのによく許したね」
「んー、一人暮らしも神さんに仕えるための修行の一つで……、ほら、魔女の女の子が黒猫と一緒に一人暮らしをするアニメみたいな感じ」
「ふーん、そうなんだ。キツネ界隈はこの歳で一人暮らしをしなきゃいけないなんて大変だね」
「そう言わはるなら、陽さんだって一人暮らしをしてはるのは一緒やないの?」
「どうだろ、俺の場合は修行とかじゃなくて、地元の水が合わなかったというか……」
夜見さんが地雷を踏んだというような表情に急変する。
まあ、俺としてはもう全然気にしていないのだけど、言い方がまずかった。
「うーん、何というかもう昔のことだから。別に特別触れて欲しくないということでもないから気にしないで」
自分の取り繕いの下手さ加減が嫌になる。もう少し気の利いたことが言えればいいのだが、俺は語彙力も表現力も乏しいらしい。
「「……」」
まずい、俺のせいで完全に沈黙の食卓になってしまった。
あー、きっと元カノも俺のこういう陰キャで変に理屈っぽいところが嫌だったんだろうな。
さっきも水が合わないなんて言わないで、都会生活にあこがれてとか、大学も東京の大学に行きたいから高校のうちからこっちに来たとか適当なこと言えば何でもなくスルーできたところなのに……。
「うちとちょっと似てますね。うちは実家が苦手なんです。修行言うたって、大学からでも遅くありまへん。それをわざわざ高校から無理言うて始めたんはこっちでやりたいことがあったのと実家と水が合わんかったさかい」
夜見さんは沈黙を振り払うようににへらと笑いながら話してくれた。彼女の笑顔を見るとこちらの心も少し軽くなるような気がした。
「ありがとう」
一言だけ礼を言ってほうれん草の胡麻和えに箸を伸ばした。
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※ファンタスティック作品とは、 空想的であるさま。幻想的なさま。夢を見ているように美しいさまを薄い本としてまとめたものです。
次回更新は12月8日午前6時の予定です。
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