第13話 ハツネ

 目くらましの火ですら多用すると疲れる。


 MPは減っていっても特に何も変化が無いけどスタミナは一気に減るとヤバイ。


 剣を振っていてゆっくり減っていくときは50%以下にならないと疲れを感じないけど20%くらい一気に使うとそれ以上にだるくなる。


 まあポーションで治るし、タクが言うには一時的なものらしい。


 魔法を主体にして一日過ごしたから、いつもよりもゴブリンを倒してはいない。それでも一日の食費くらいは稼いだと思う。


 「今日は帰ったら風呂はいっておけよ。6時に食堂に集合だ」


 「わかった」面倒だなと思いながらも頷いて置く。


 10階のいつもの部屋に帰ってきたのは夕方の3時になったところだった。


 風呂に入る前に軽く剣を振って走っておく。雪道は走りにくいから早々に止めてその分だけ剣を振っておく。


 親父曰く、足腰が大事って事らしい。だけど、全く分からない?そもそも木刀で木が切れるものなのか?夢でも見てた気がしなくも無い。


 それでも少なくとも異界でも剣でやれてるし、まあいいか。


 あまりノンビリとやっていると、今日のタケは妙にご機嫌だったから、遅れると怒りそうだから風呂に行く。


 あれ?カズマが風呂に居た。こっちに来て以来、現実では朝飯意外で始めて会った。


 「珍しいね。いつもモモちゃんはこの時間に風呂に入るの?」


 「いつもならもっと早いかな?カズマは?」


 「俺はもっと遅いよ、だいたい寝る前に入るから」


 「へ~。先輩達にも普段は会わないしな。」


 「そうなんだ。俺は結構会うよ。」


 「もしかして俺が早いだけ?」


 「かもね。」


 「今日はどこで飯食うのか知ってる?」


 「知らないよ。外の店だって言ってたけどね。」


 普通に他愛の無い話をしながら風呂に浸かって一緒に食堂に向かった。


 食堂には10分前だというのに、時間にルーズなタクまでしっかりと来ている。


 カズマと顔を見合わせる。カズマも思ったらしい。タクが時間通り来ているって。


 「おうおう二人とも遅いじゃないか。待ちわびたぞ。」


 「タク兄、まだ約束の時間よりも早いよ。」


 「あれ?そうだっけ?」


 「まあ、良いや。さっさと行くぞ。」


 そう言うと建物から早々に出て行く。


 駅から続く一本道とは逆方向に向かって足早に進む。食べ物屋?の様な場所から、生活用品も売っている店や雑貨屋みたいのも有る。その道を少し進んだところでタケタクコンビは足を止めた。


 特に看板は無く村長の家と同じくらいの家だ。ただし、見た目は村長の家は立派な感じなのに対して、この建物は大きいわりにみすぼらしい。


 まるで自分の家のようにタケタクは入っていった。俺達も後に続く。


 「いらっしゃい」


 おばちゃんが出迎えてくれた。年齢的にはたぶん親父と同じ位か、少し若いくらいのおばちゃんだ。村や町で見るおばちゃんよりも綺麗にしている。


 「タケちゃん。タクちゃん。あけましておめでとう。今年も通ってね。」


 「「ママさん。あけましておめでとうございます。」」タケタクが礼儀正しく挨拶している。なんか新鮮だ。


 「そちらの子達は?」


 「今年から来た新人達を二人連れてきました。」


 「ありがとう。君達も宜しくね」


 「はあ」と言って頭を下げておく。カズマも似たようなものだ。


 店の中は少し薄暗い中に食堂にあるような、椅子と机が並べられている。結構な数があって広そうだ。薄暗いからイマイチ広さが分からない。


 「タケちゃん。」そう言って女の人が先輩と抱き合う。


 あまりの事態に呆然としていると袖が引かれる。


 「私はハツネ。よろしくね」と言って、隣に年上のお姉さんが現れた。クリッとした目にほのかに赤い唇、長い髪をポニーテールにしてるから、うなじが見える。


 席に案内されて何かを食べ、何かを話したのは分かる。キンチョーしすぎて何を話したのか何を食べたのかも全く分からない。


 たまに手を握られたり。見つめられたりしたのは覚えている。


 そのまま何も考える事も無く茫然自失のまま部屋に戻って寝た。


 朝、目を覚ますと昨日の夜は夢だった様にしか思えない。可愛かった綺麗だった、何よりも手が柔らかかった・・・・・・


 ボーーーーっとする頭を叩き起こして剣を振り走る。


 集中できず。雑念を払う為に普段の倍以上は走ってしまった。


 風呂に入って食堂に行くといつもよりも遅いからか三人とも集まっていた。


 「おはようモモちゃん。」カズマがニヤニヤしてる。


 「モモ、頑張れよ。四天王倒して、ハツネを迎えに行くんだろ」???


 「モモが壊れてて、昨日はスゲー笑えたよ。また行こうな。」???


 今朝も飯の味が分からなかった。


 「カズマ。俺はいったい何を言っていたんだ?」


 「色々言ってたよ?ハツネ姉は元々美人だけど、綺麗になってたからね。飲み物に少しだけど酒も入ってらしいしね。」


 「うん美人だった。」ダメだ。思い出すな。頭を振って正気に戻す。


 「どうしたの?昨日言ってた事知りたい?結構、恥かしい事も言っていたけど。」


 「いや、いい。そのまま心の奥底に仕舞って置いてくれ。一生開かないように鍵をして」


 どうやら俺の心がもたない様な事も言っているかもしれない。聞かない事が一番だろう。


 「そういえば、カズマはハ ツネさんとも知り合いなの?」


 「クククク。みんなナツカリの村の出身者だもん知り合いだよ」顔が笑ってるよカズマ。でも、突っ込まない。


 突っ込むと余計な情報で俺の中の俺のイメージがダメージを食らいそうだから。


 しばらくは剣に生きた。魔法はほとんど使わずに一心不乱に剣を振った。


 タケタクの誘いも断り。朝も晩も異界でも現実でも剣を振り続けた。なんでか?決まってるだろ、もう少しで良いから普通にハツネさんと話をする為だ。


 もしも、会ったとしても。前回同様に簡単にパニックに陥って、何も覚えていない事態になるのは想像に難くない。


 何にしてもハツネさんは刺激が強いのだ。何日も頭から離れないくらいに。


 しかも、会った日に25,000円有ったはずの金も朝起きた時には6000円にクラスチェンジしていたし、俺にはまだ早いのだ。19,000円分の思い出が欲しかった。


 冷静さを取り戻すまでに三週間の時間を費やした。その間に何度か違うパーティーとも出くわしたが、俺にとってそんな些細な事では心を乱されなかった。女の子だけのパーティーも居た気もするが・・・・・


 すでに5階まで降りてきていた。ゴブリンさんは相変わらずでスライム君も相変わらずな日々だった。この安定した日々が俺を正常運転へと戻してくれたのだ。


 ちなみにタケタクに「ハツネがまたモモちゃんに会いたいって言ってたぞ」の一言に未だに心が激しく動揺するのは内緒だ、


 その日は五階に下りて4日目だった。4人で動きながら俺とカズマだけが戦っている。


 ゴブリンをサッと行ってサッと切る。ん?


 左目に何かが刺さる。見えない攻撃を避ける。次の瞬間。その位置を矢が飛んでいった。飛んできた方向を見ると弓を持ったゴブリンが居た。


  しかしやばかった。目玉が片方無くなるところだった。回復するんだろうけど、目を潰される痛みは味わいたくない。


 ゴブリンを切り倒しながら弓の野郎から意識を逸らさない。


 撃つ瞬間にゴブリンを盾にして避ける。ゴブリンが多くて近づけないでいると後ろから矢が飛んでいって弓の野郎に当たって霧になった。


 「もうそんな所か。ここから先はアーチャゴブが出るから見つけたらカズマは早めに撃てよ。その先にはマジックゴブも出るから気をつけろ。」タクが後ろから注意してくる。


 一緒に戦う事はしないらしい。


 しかし、良かった。防御力と攻撃察知は1対4でSPを入れてる。言われたとおりにしていたら、防御はレベル30を超えてるかもしれないけど、まだ13だ。その代わり攻撃察知はもうすぐレベル5だ。


 レベル4になって上手くすれば不意打ちの回避も可能になった。


 「モモやるな。あの攻撃は一度は食らうものなのに」


 「ははは偶然ですよ」(外で弓野郎にやられているから一撃食らってるが怒られそうなので内緒だ。内緒がいっぱいの悪い大人になりそうだ。)


 「だけど、今日からはモモとカズマは一人でダンジョンは禁止だからな。最低でも二人で行くように。」


 「え?なんで?」自由時間は来たり来なかったりの俺と違って、カズマは毎日来てるみたいだしね。当然の質問だよね。


 「危ないからに決まってるだろ。魔法と弓矢は気を抜いてるとやられるからな」


 うんうん一人の時に3体の弓野郎に会ったら只じゃすまない。


 「モモちゃん」困ったような顔で俺を見るな。男にしては小さめで愛玩特性があるのに、そのウルウル攻撃は止めてくれ。


 「わかったよ。付き合えば良いだろ。」


 「うん。よろしくね」

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