第3話年末の光景

 今日は12月24日だ。貴族や王族はクリスマスとか言ってなにかするらしいが、俺たち庶民にとっては年末の忙しい時期だ。


 正月に食べる物の確保の為に12歳から上の子供達は学校が12月の半ばから休みで手伝いに駆り出される。


 線路に放置されている貨車の中に「マスター」からの正月用の物資が置かれている。それを村長の家に併設されている公衆調理場の倉庫へと運ぶのが男の子の仕事だ。


 女の子は料理の手伝いで調理場で働く。この村に来てから学校には行ってないので、話した事は無いが見たこと有る程度の奴らだけど、毎年違うところでやっていたせいで特に何とも思わない。ただ黙々と運ぶだけ。


 農家の男達は正月用の獣を狩に20日位から山に出かけている。もっとも早く獲物が狩れても、帰ってくれば手伝わされるのが分かっているので、ギリギリまで帰ってこないんだろう?


 そう都合よくギリギリで獲物が捕らえられるとも思えないし、大量に酒を持って行くのは確信犯だろう。


 親父はこの時期は使っている道具の整備やら点検であちこちに飛び回っている。


 30日にもなれば帰ってくるのだが・・・・帰ってくると稽古だとか言って木刀で叩かれるのを思うと思わず顔をしかめてしまう。


 「やっぱり疲れた」


 ごぼうを一束担いで歩いているところに突然、坊主頭の人懐っこそうな顔が視界に飛び込んできた。


 近い世代と話すのが、数ヶ月ぶりで少し緊張するが悟られないように平静を装いつつ「全然、大丈夫だよ」とだけ強がっておく。


 「そう?結構疲れたような顔しるよ」


 「年末に親父との剣の稽古という名の暴力に怯えていただけだよ」


 「それは災難だね。でも、体力あるよね。他の人たちはコソコソ休んでるのに、朝から一度も休んでないでしょ。」


 「トイレくらい行ったよ。って言うか見てた?」なんか怖いぞこいつ。もしかして男が好きな特別な性癖の持ち主なのか?


 「はは、まさか。調理場で母ちゃん達が褒めてるのを聞いたんだよ。モモスケ君は他の子の倍は持ってきてるってさ」


 なるほどそんなところから情報が回っているのか?調理場には女の子が居るから沢山運んでチョコチョコ見てるのは秘密だ。お年頃なのだから当然の様に女の子に興味はある。


 「でさ、モモスケ君は剣の稽古してるくらいだから、戦士系だよね?」


 「まあ、剣しか使えないからそうなるんじゃない?弓もトライした事有るけど、乳首取れるかと思ったから、あれ以来やってないし」


 困った顔して目が点になってる。あれ?なんか言ったか?

 

 「弓と乳首って関係ないよね?」少し歩くと復活してきた。


 「弓やった事無いの?」


 「いや有るけど、そんな経験ないよ」


 「いやいやいや、俺の教わった先生は誰でも通る道だって言ってたよ」


 「え?教わるの?VRに誰かと一緒に入れたりするの?」


 「VRじゃなくて現実でだよ。」


 「ああ、そういう事か。なんだビックリしたよ自分の攻撃で乳首取れるなんて言うから、頭大丈夫なのかと思ったよ。でも、なんでVRでやらないの?」


 「・・・・・・」察して欲しい。この話題が出るから他人と喋るのが嫌なんだ。


 「そういえば、来週には異界に行くよね。」どうやら察するタイプの坊主頭だった様だ。何も言わなくても話題を変えてくれた。


 「命令書来てたしね」何故か赤い紙だった。


 「それで戦士の仲間が欲しいんだけど、一緒にパーティー組まない?」


 「え?そんな事出来るの?」


 「そっか。学校来てないから知らないか。こっちで2・3人のパーティー組んでおいて、異界に行ってからギルドの先輩に付いて一年間は見習いで勉強するんだよ。」


 2・3人てパーティーじゃなくてペアとかトリオって言うんじゃないのかと心の中で突っ込んでおく。


 「ギルドって何?」


 「そこから」なんで驚かれるのか疑問だが、何故か恥ずかしい。


 「この地域を統べる王族が運営する組織だよ。だから、この地域から異界に行った時にはそのギルドに所属するんだよ」


 「ああそっちのギルドね?」何も分からないけど、誤魔化して見る。


 「あ、やっぱり知ってた?」


 「こっちではギルドって言うんだね」


 「へ~~。他の所では何て言うの?」


 「・・・・・・」(墓穴を掘った。余計な事言わなきゃ良かった。)顔が赤くなるのを感じる。


 「ゴボウ来たよーー。すぐに使うからこっちに持ってきて」


 調理場はにぎやかで華やかだった。なんで?女子が居るからに決まっているでしょ。


 「モモちゃん。呼んでるよ」見ると調理場の端っこで、さっき声を掛けてきたおばちゃんが(おいでおいで)している。


 「ここでいいですか?」下ろしながら問いかける。


 「手の空いてる子はドンドン、ゴボウの皮むきな。」女の子が続々とゴボウを取りに来る。肩を叩かれて振り返るとさっきの坊主頭が、出口を指差した。


 出口に向かう途中で「次はにんじんお願いね」と後ろから声がしたので手を上げておく。


 「俺の名前はカズマ。数える馬で数馬」この坊主頭はカズマと言う名の坊主頭らしい。


 「俺はモモスケ。そのままカタカナでモモスケ。決して桃の助平じゃないから」


 「言われた事有るんだ。調理場でも女の子見てたもんね。紹介してあげようか?」ケタケタ笑いながら重大発言。


 「・・・・・・」言葉が出てこない。言いたいんだ。(紹介して)って。それから、またしても異界の話に流れてしまって、結局(紹介して)という事無くその日の作業は終わった。



 12月30日


 親父が朝方帰ってきた。気分は憂鬱だ。


 いつも帰ってくるのは朝だし、何故か毎回朝飯を一緒に食べる。例年のパターンだと1月の5か6には仕事で家を空けるのだが、今回は置いていかれるのは親父だ。


 明後日の新年は15歳の1月1日だ。ついに異界へ出る。そこから先は大人という扱いに変わる日だ。


 「村長の家に寄って来たが、相変わらず鍛錬はサボってるらしいな」怒っているというよりも呆れている感じだ。

 

 「いつもそれなりに走って剣振ってるよ。親父の求めるものが高すぎるんだよ」


 「まあいい、明後日にはお前も異界だ。現実の厳しさをじきに分かるだろう。飯食ったら最後の稽古だぞ。」


 (最後の年末くらいゆっくりしたいよ)と聞こえないように呟く。


 「何か言ったか?」軽く体を伸ばしながら、ついでとばかりに聞いてきた。まさかの地獄耳?


 「いえ何も」せめて一撃くらいは良いのをお土産に叩きこんでやろうと入念に体をほぐす。


 「いくぞ」


 頭を縦に振る事で答える。


 一瞬で間合いが埋まる。空から打ち下ろされる剣を下から剣を当てて逸らす。


 振り下ろされた剣は途中で止まり角度を変えて脇腹目掛けて飛んでくる。後ろに飛びながら剣で受ける。


 下がった分前に出ながら剣を振り下ろす。が・・・軽く避けられる。


 下から跳ね上げるようにして俺の顔を目掛けて剣が飛んでくる。しゃがみこむようにしてギリギリで避けれた。髪の毛に当たってるぞ。


 返す刀で上から振り下ろされる剣を剣で受ける・・・・・ガゴッ。痛い・・・・

 

 一端の剣士の剣を剣で受けるのは、手元で受ける事が出来れば出来なくは無いけど、基本的には流すが正解。


 親父との稽古で小さい内こそ手加減してもらっていて受けれたが、まともにやられると普通にムリ。


 剣で受けると少しは剣速が落ちるからダメージは減るには減るが・・・かなり痛い。


 「思ったよりは腕を上げてたな」地面に転がった俺に手を差し出す。


 「どこが」手を取って立ち上がる。


 「前よりは剣に頼らなくなった」


 「そら良かった」何となくむず痒い視線を感じた。


 「どれ選別に少し見せてやるか。ちょっとこっちに来い」親父はなんだか森の方に向かって歩き出した。急いで後に付いて行く。


 「こんなところか?」腕くらいだろうか?そのくらいの太さの木の所で立ち止まった。


 「もしかして切ってみせるとか?」


 「そのもしかしてだよ。剣が一度しか持たないから良く見て置けよ」そう言ってゆっくりと剣を上段に構える。


 声を上げるでもなく、気合を入れるでもなく、まるで流れるように淀みなく剣が振り下ろされた。まるで木をすり抜けるように・・・・


 サーーーーーザザン


 切られた木は斜めに滑り落ちて地面に刺さった。


 「良く見たか?」親父はさも素振りしたかのようだ。


 「ちょっと剣見せてよ。」


 「ほれ。疑ってんのか?」ニヤニヤと渡してきた。


 どれだけ見てもまったく分からない。刃先の部分が黒くなって欠けているところが有る意外に何の変哲もない木刀だ。

 

 「次ぎ合う時には俺に勝てるようになってろよな」


 「善処します」もしかして思っていた以上に親父はすごいのか?そんな思いを胸に最後の稽古は終わった。

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