第190話 日蝕
冬の厳しい寒さが終わりを告げ、雪解け水が川となり湖へ流れる。
日差しも幾分か高くなり、徐々に明るい時間が増えてきつつ有る頃。
俺はそろそろ昼頃という中、拠点の小屋の前の畑をゴーレムたちと整備していた。
まぁ、大地の力を使えばすぐ終わるんだが。
――そんな時だ。
それが起こったのは。
まだ日中さながらの明るい時間に、俺たちは影に覆われた。
俺がおや? と思いながら空を見上げてみると、さんさんと輝く太陽に黒い影が映っていた。
「うおっ!? なんだっ?」
俺の慌てた声を聞いて、皆も小屋から出てくる。
その間も太陽は徐々に黒に蝕まれている。
日蝕。
なんのことはない、ただの日蝕だが、俺は何かゾワゾワとする感覚を覚えた。
俺の隣にティファがやってくる。
「なぁティファ。あれは普通の日蝕でいいのか?」
「いえ、マスター。恐らくは魔術的な日蝕でしょう。大規模魔術のたぐいですね」
俺が隣のティファに尋ねると、表情も少なめに答えた。
大規模魔術だって!? じゃあ人為的なモノなのか?
俺は空で蝕まれていく日蝕を睨みつけた。
太陽はもう半分くらい影に覆われていた。
ほどなくして、日は完全に覆われ辺りは夜のように暗くなった。
「あうー」
「ふむ、まるで夜だな」
ノーナが口元に指をあてて心配そうにしている。ミーシャは落ち着いているな。
「ああ~、お姉ちゃん面倒なのはいやなのよう……」
見ると、天龍のエウリフィアが気だるそうに言った。
「フィア、何が起きるのか知っているのか?」
俺は何か知ってそうなエウリフィアに問いかける。
「ん~、多分だけどお姉ちゃん呼ばれる気がする」
呼ばれるってどこに!? なんだか要領を得ないな……。
「わあぁ、真っ暗ですぅ」
「ですですです」
「もう夜になっちまったんだぜ!」
三人娘も慌てているようだ。
この世界、月がふたつあるから日蝕がおきないってことは無いと思うんだけど、そうでもないのか?
「日陰り……ボクははじめて見ました」
「むむ、なんとも不吉な」
「これはずっと続くんですカ?」
クーデリアははじめて見るようだったし、ガーベラは眉間にしわを寄せて太陽を睨みつけている。キキは心配そうに眺めていた。
「ぷぽぽぽっぽ!」
ポポは慌てたようにルンの体の下に頭を突っ込んでいる。頭隠して尻隠さず、だ。
ちょっと可愛いが、俺は落ち着かせるべくポポを抱っこした。
「おいおい、おちつけ。何かすぐに起きるってわけでも無さそうだぞ?」
「クルルゥ?」
「キュアッ?」
ヴェルとアウラも開いた玄関から出てきて不思議そうな声を上げた。
最近はこの子たちも行動範囲が増えてきたんだよな。
心なしか一回り大きくなっているように見える。
そうか、俺がこの世界に飛ばされてきて、もう一年、か。
時が経つのは早いものだ。あっという間だったな。
高校ニ年生の夏にこちらに飛ばされて、森の真っ只中で生活を始めたのだ。
ちょうどその時がこの世界の春だったな。
俺がポポを宥めていると、足元にヴェルとアウラがてててっと寄ってきた。
ヴェルはもう最近は甘咬みをしなくなってきたな。
アウラは角が伸びてきているな。時折、前足でかいて痒そうな素振りを見せる。
この子たちがつぶらな瞳で俺を見上げているので、俺も見つめ返した。
「あうー」
「なんだかずっとこのままになってしまいそうな気持ちになってくるな」
ノーナのアホ毛が心配そうに左右に揺れている。
ミーシャがなんか怖いことを言ってくる。
「これが済んだらお姉ちゃんしばらく王都に行ってくるから」
エウリフィアがだるそうに俺に告げてくる。
「なんだか分からんけど、お疲れ様」
俺は一応労いの言葉をかけておいた。
「こんなにぃ暗くちゃぁ釣りにもぉ行けません~」
「ですです」
「ということは、これからずっと晩飯になるのか?」
エミリーがなんだか変なことを言ってるな。
まぁ確かにこれがずっと続くならそうなるのかもしれないが……。
これは世界中同じように起こっている現象なのか?
今度アルカたちが神授の森から来たら聞いてみようか。
ウチとはそこまで距離が離れているわけじゃないけどな。
「ボクはなんだか眠くなりそう」
「むむ、午後はミーシャと狩りにでも行こうかと思っていたのだが……」
「見てるとなんだか少シ、どきどきしますネ」
それぞれクーデリア、ガーベラ、キキだ。
俺がブルブル震えるポポをいさめつつ、俺たちが日蝕を眺めてしばらくすると、徐々に黒い影が小さくなっていった。
それとともに明るさが増していき、最後にはいつもの太陽が何もなかったかのようにそこにあるだけだった。
しかし、また徐々に雲が広がり始める。
何だ何だ!? あれで終わりじゃないのか?
あっという間に空は曇天模様になってしまった。
「何だ!? いったい。魔術の日蝕なんて起こす奴なんかいるのか? それに天気が悪くなったぞ?」
俺は独り言のように呟いた。
「マスター、恐らくかなりの代償を支払っているとおもいます。莫大なコストでしょう」
ティファの考察だ。だが、結局何が起こるのかは分からなそうだ。
俺の脳裏には、あの邪神教団の怪しい連中が思い浮かんだ。
――まさか、な。
俺は取り越し苦労と思うことにして、頭の隅に追いやるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます