第183話 竜丼






―はっ、はっ、はっ

 俺は短く息をつく。


 本来なら相手に呼吸を読ませないために深く静かに呼吸すべきなのだが、そうも言っていられない。


 カン! カン!


 木剣と木剣がぶつかる乾いた甲高い音が鳴り響く。

 場所は竜王国の王城の中庭。

 俺と相対しているのはガーベラだ。


 相変わらず小鳥遊たかなしにそっくりだな。

 俺は肩で息をしながらそんな事を考えた。


「どうした!? 婿殿! もう息が上がっているぞ!」


 いやいや、さすがは竜人族だからというべきか。

 もう半日は打ち合っているぞ!?

 せめてガーベラから一本取りたいところだが、いかんせん実力の差が酷い。

 ガーベラの持つ木剣は通常のものより何倍も太いのに、だ。


 あの体型でよくあんな太い木剣を軽々と振り回せるものだ。

 物理法則を無視しているんじゃないか?


「いや、はぁはぁ。今日は、もう、はぁはぁ。やめにしないか? はぁはぁ」


 俺は息も絶え絶えに降参だ。

 ガーベラがちらりと天を仰ぎ見る。

 日はすでに中天を過ぎていた。

 朝から打ち合って、もう昼を過ぎているからな。


「むう。仕方ない今日はここまで!」


「あ、りがとう、ござい、ましたっ!」


―バタッ

 俺はその場に仰向けに倒れる。

 枯れ草色の芝生の絨毯が俺を受け止めた。

 背中がチクチクするのも構わず、俺は荒い息を吐く。


 陽の光が俺の視界を焼き尽くす。

 俺は思わず片腕で視界を覆った。

 まぶたの裏に焼き付いた光の残像がチラつく。


―ハァハァハァハァ

 激しく胸が上下する。

 次の息をするのが億劫なくらいだ。


 ザッとガーベラが近くに寄って来るのが見える。

 ガーベラは普段どおりの様相だ。

 今は小憎らしく思い、俺はチラリと見やった。


「だいぶ動きが良くなってきたな、婿殿」


―ハァハァハァハァ

 そうかい? 自分じゃ分からないけどな。

 俺は返事もするのも億劫で、荒い息を返すのみだ。


「うむうむ。男子は剣の一つも振れんとな」


 なにやらガーベラがうなずきながら手ぬぐいで顔をぬぐっている。

 いやいや、ガーベラさんや。

 あなた汗一つすらかいていなかったですやん。

―ハァハァハァ


 しかし、なかなか息が整わないな。

 俺も霧夢の腕輪から手ぬぐいを出して汗を拭き取ると、上半身をムクリと起こした。


―ハァハァ

 竜王国も冬の季節が訪れているらしく、涼しい風が俺を撫でていく。


「今日の昼食は婿殿が作った物がいいな。今日はなんなのだ?」


 昼食かぁ。今日はサッとできるもので済ましちゃうか。

―ふぅ

 息も整ってきたところで俺は立ち上がり、パンパンと尻を払った。


「明日は筋肉痛かもな」


 俺は苦笑しながら明日の心配をしたのだった。




 さて、ちょっと遅い昼食の準備である。

 俺は霧夢の腕輪から肉をとりだした。

 これは三人娘が竜の巣から得た竜の肉である。


 俺も初めて触る肉だが、なんとか美味く調理したいものだ。

 同時進行でコメも炊いておく。


 薄切りにした竜の肉をさらに五センチ幅に切る。

 玉ねぎもどきは細めのくし切りにしていく。

 中火に熱したフライパンに油をひき、くし切りにした玉ねぎもどきを炒める。


 お次は味付け用の調味料だ。

 水に醤油もどき、砂糖、みりんもどき、料理酒を加えていく。

 これをフライパンにあけて、中火でひと煮立ちっと。


 軽く煮立ったら、薄切りにした竜の肉を入れ、また中火で煮込む。

 十分ほどかな?

 美味しく味が染み込みますようにっと。


 霧夢の腕輪からどんぶりを取り出して、炊きあがったご飯をよそう。

 その上から肉を盛れば、丼のできあがりだ!

 出来上がった竜丼の前で大きく鼻から息をすいこむ。

 出来立ての竜丼のかぐわしい香りが鼻孔をくすぐる。


「婿殿、待ちきれんのだが……む、良い匂いがするな」


 ガーベラが待ちきれずに厨房に入ってきた。


「おう。今出来上がったところだ」


 自信作の竜丼を前に俺は胸を張る。


「これは……たまらんな! 婿殿、早くしょくそうぞ!」


 俺は霧夢の腕輪に出来上がった竜丼を仕舞い、食堂へと足を向けた。

 ガーベラもソワソワしながらついてくる。


 俺たちは広い食堂につくと、隣同士の席に座った。

 竜丼を取り出し目の前に並べる。

 俺は自作の箸で、ガーベラは匙だな。


「では、婿殿。いただくぞ……」


 ゴクリ、と喉を鳴らして匙を手に取るガーベラ。

 匙を竜丼に突っ込むと、ガーベラの口へと運ばれていく竜の肉とコメ。

 ムグムグと咀嚼されてガーベラの喉元を過ぎる……

―どうだ?


 俺はガーベラの反応をつぶさに観察しながら箸を進めた。

 うん! 美味いな。

 竜の肉は始めて扱ったが、なかなかの出来ではないだろうか。


「うむ? なにかいい匂いがするな」


 そこへこの国の王様、ガーベラの親父さんがやってきた。

 俺は立ち上がり、胸に手を当てて挨拶しようとする。


「ああ、良い良い。楽にせよ」


 竜王国の王様であるガーベラの親父さんは、手をひらひらさせると俺たちの向かいに座った。


「美味そうな物をしょくしているな。我の分はあるか?」


「ええ、ただいま出します」


 親父さんに尋ねられて、俺は霧夢の腕輪からおかわり用の竜丼と匙を取り出した。


「こちらです、どうぞ」


「うむ、では馳走になるか」


 親父さんは匙を手に取り、竜丼を口に運んだ。


「父上、どうだ? 婿殿の作るものは美味いだろう」


「ムグムグ……これは、粗野にして単純なものだが……美味いな! ガーちゃんは毎日美味いものを食べてるのだな」


「そうなのだ。王城の料理も良いのだが、婿殿の料理も負けていないのだ。婿殿おかわりはあるか?」


 俺たちは広い食堂で、次々とどんぶりを空にしていくのだった。






――――――――――――


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