第159話 隠し湯





「えへへ」


「結構人が多いな」


 俺とキキは今、アイオリス火山の麓の街に来ていた。

 例によってティファが、統合した各ダンジョンコアと協議して転移が可能になったのだ。

 俺はルンを頭に乗せながら道を歩く。


 キキの牛のような角が太陽の光を反射してキラリと光った。

 ちょうどキキの頭が俺の目線だ。

 先端がハート型の尻尾もゆらゆらと揺れていた。

 キキは肩下げカバンのような物を下げている。


 キキがおもむろに俺の手を取る。


「こうへいサン! あっちにはまだ行った事ないデス!」


 俺はぐいぐい引っ張るキキに連れられて足を向ける。


「おいおい、そんなに引っ張らないでも何処にも行きやしないって」


「えへへ」


 苦笑する俺と、はにかむキキ。

 二人でそこそこの人通りを連れたって歩く。

 魔人種達が行き交い、俺みたいな普通の人族はまずいない。


「温泉卵まんじゅうだっテ! なんでしょウ?」


 キキが口元に人差し指を当てながら、ある店の前で足を止めた。

 なぬ? 温泉卵まんじゅうとな?

 温泉卵と温泉まんじゅうなら分かるが温泉卵まんじゅうは知らないな。

 ルンも頭の上でミョンミョンとしている。

 ルンも興味津々しんしんか。


「ちょっと買ってみようか」


 俺は温泉卵まんじゅうが気になり、二人分を購入する。

 それは茶色っぽい“蒸かしまん“みたいなものだった。


 俺たちは店の前の長椅子に腰を落ち着けた。

 二人してあむっと口に含む。

 中は白いとろりとしたあんが入っていて味は甘い。

 餡饅あんまんの親戚みたいな食べ物だった。


「わぁ、あま~いデス!」


 キキも想像と違ったのだろう、驚いている。

 俺は小分けにしてルンにも与えてやった。

 ズワッと広がり、捕食するルン。

 ミョンミョン、シュワシュワと忙しい。


「でも、なかなかうまいな。温泉の蒸気かなんかで蒸し上げたのかな? 生地が卵でふわふわだ」


「はい! おいしかったデス」


 あっという間に食べ終わったキキが、温泉卵まんじゅうの食べかすをほっぺたに付けながらニコニコと笑う。

 俺はその食べかすをつまんで口に運んだ。


「あっ」


 キキの頬が朱に染まる。

 モジモジとするキキの手をとり、立ち上がって道を歩いた。



「キキは他に行きたい場所はないか?」


「それなラ噂の隠し湯に行きたいデス!」


 んん? 隠し湯? そんな物があるのか。

 ルンも俺の頭の上で体をかしげている。

 なんともロマンある響きだ。


「それで、その隠し湯はどこにあるんだ?」


「この山の中腹にあるらしいですが詳しくは教えてもらえませんでしタ……」


 そうなのか。

 あまり余人に知られるのを好まない、と言ったところか。

 俺なら大地の力の探査で詳しい場所も分かるだろう。


「ちょっと行って見てみようか」


「はいデス!」


 坂道を二人で登り、街の終点へ。

 門番に冒険者証を見せて外に出た。

 キキも銅級冒険者だったみたいだ。


 何処に行くのか? と門番に聞かれたが、隠し湯へ、と答えると微妙な顔をしていた。

 何かあるのか? 一応気に留めておこう。


 二人でアイオリス火山を登って中腹へ。

 ここらでいいかな? 俺は地面に手をつき、大地の力の探査で隠し湯を探す。


 ……これかな?

 程なくしてそれっぽいものを発見する。


「キキ、あったぞ。多分あっちだ」


「わぁ! 楽しみデス!」


 ゴロゴロと岩が転がる足場の悪い道を二人で歩く。

 すると、目の前に小さな池のような物があった。

 いや水たまりと言うか、お湯たまりか?


 深さも多分、座って腰くらいまでしか無い。

 俺とキキは顔を見合わせて微妙な顔をした。

 こりゃあ門番も微妙な顔をするな。

 人が入るにはちょっと物足りない。


「……これはちょっと入りづらいな」


「思っていたのと違いマス……」


 キキが思わずガックリ来ている。

 尻尾もへにょりだ。

 む。いかんな。


「ちょっと待っててくれな」


 俺は地面に手をついて大地の力を流す。

 前にテレビで見た秘湯を思い浮かべて、それを具現化していく。


 ズモモモモモモモッ

 目の前にはこれぞ秘湯! というような湯船が出来上がっていた。

 深さも座って肩が浸かるくらいから、立って入れるくらいに傾斜をつけた。


「わぁ!」


 キキがパアッと笑顔を向ける。


「温泉デス!」


 いそいそと脱ぎだすキキ。

 いやいや。俺がいるっていうのに。


 キキは湯浴み着持参みたいで着替えている。

 俺は回れ右をして見ないようにした。

 紳士のたしなみとして一応な。

 布の擦れる音が妙に響く。


 湯にチャポンと浸かる音がしたので、俺は振り向いた。

 キキが湯船の中ほどに入っている。


「いいお湯デス~。こうへいサンも入ったらどうですカ?」


 キキが無邪気な笑顔で言う。

 これはただの温泉だ。

 他意はないんだ!

 俺は自分に言い聞かせて一緒に風呂を頂くことにした。


 ルンもコロコロと転がり、湯船にチャポンと浸かる。

 湯の温度は……ちょうどいいな。

 たしかにいい湯だ。


 キキを見るとホゥっと息をついている。

 ふにゃりとした顔になっていた。


 ルンもプカプカと浮かんでいる。

 お気に召したようでなによりだな。

 俺とキキは山の中腹から見下ろす景色を湯船に浸かりながら楽しむのだった。






――――――――――――


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