第3話(4) 『犠牲を生まないように』
――三番街へと戻る。
とりあえず運ぶ順番は教会に近い場所にいる人たちからにしようということで、俺達は早速救難者を探し始めた。
「教会近くの外にいる奴はそんなにいないな……」
「夕方ともなるとほとんど仕事が終わって撤収した頃やろうし、きっと買い物してた主婦が多かったんやね。多分もっと奥の方には人がいると思うで」
「どうする? 一つ一つ家を訪問するにしてもいるかどうかすらわからないし、いたとしても鍵がかかってる。潰して行くには時間がかかるぞ」
「そうやね……だったらまずは『聖神騎士団』の詰め所に行こか。あそこは鍵が無いからすぐ入れるで」
「わかった」
三番街の案内をされたとはいえ、そんな一度で全てを覚えることは出来ない。
その点テーラは三番街に住んでいる地元民だ。
であれば、ここは俺先導で動くよりもテーラの判断に従う方が賢いと判断する。
今日会ったばかりで、尚且つ開幕から殺されかけたと言えど不思議と彼女に懐疑心を抱くことはなかった。
――聖神騎士団の詰め所へ着き、扉を開けると入口の目の前で鎧を着込んだコメットが倒れているのを発見する。
詰め所の奥では何人かの兵士が同じように倒れていた。
中には嘔吐してしまっている者もいるらしく、ツンとした臭いが鼻についた。
コメットのみ移動した形跡があるのでそこから察するに、コメットは闇魔法の効果を受けながらも頑張って外に出ようとして力尽きたのだと推察する。
「う、うぐっ……」
「大丈夫ですかコメットさん!」
「……き、きみか」
コメットのもとに近付き、状態を見てみるがやはり顔色が悪い。
兵士全員が鎧を着込んでいるため俺では彼らを持ち上げられそうになかった。
「じょ、状況はっ……どうなってる……!?」
「三番街の住民全てがあなたと同じように闇魔法の効果を受けてしまっています。聖女様と、私とテーラだけが動ける状態なためこうして救援にやって来ました」
「な、なんと……っ!? かはぁっ……はぁ、はあ……!!」
「お、おいっ」
「無理して喋らん方がええでコメットはん。……教会に行けば症状は緩和するから、少しだけ我慢しとき」
闇魔法発動から既にかなりの時間が立ってしまっている。
ずっと放置されていた彼らの生命力の消耗はとてつもなく激しくなっているはずだ。
これでは最悪何処かで死人が出てくる可能性も否定出来なくなってしまった。
男といえど誰しもが体力に余裕があるわけではない。
先程テーラが言っていたように仕事で既に疲労はかなり溜まってしまっている状態の人だっている。
……これは、もしかしたら。
そんな可能性が俺の脳裏に過ってしまう。
『多少の犠牲はあったとしても、効率重視で救出するべきだ。こうなってしまった以上、死んでしまった奴は運が悪いだけだろ』
そう、内なる自分が語り掛けているような気がした。
でもそれは駄目なんだ。
堕落した思いを抱えたままでは、俺以外の誰かが必ず悲しんでしまうことになる。
俺は、そこまで落ちぶれたくなんかない。
「とにかく、すぐに教会へ連れて行こう。テーラ」
「任せとき」
テーラの風魔法によって鎧を着込んでいたコメットはいとも簡単に浮かび上がった。
しかし彼は苦しそうに呻きながらも必死に声を出す。
「わ、私よりも部下を優先してくれ……! 三番街を任せられた、隊長としてっ……はあ、はあ……部下よりも楽になることなど許されないっ……!」
「――っ! そんなの!」
「……わかった。ならその部下さんたちから連れて行こか」
「――っ」
そんなプライドで死んでしまったら元も子もない。
それに常識的に考えて部下が助かるよりも隊長が助かった方がその後の体制も立て直しやすいだろうに。
それでも、テーラはコメットの言葉を尊重し部下の一人を浮かび上がらせた。
「どうせみんな助け出すんや。だったら先だろうが後だろうが関係ないしな」
「……っ」
……そうだ。
確かにテーラの言う通りだ。
また俺は、俺は優先順位を決めてしまっていた。
人が死んだ後のことを考えていた。
今日だけでたくさんの自己嫌悪が俺にのしかかってくる。
「……くっ」
詰め所の奥へと入る。
誰か、誰か鎧を着込んでいない人はいないのか。
若干の焦りを感じながら、俺はきょろきょろと辺りを捜索した。
「うっ……くっ」
「――!」
……いた。
詰め所内の奥、仮眠室にて仮眠中だったであろう二人ほど軽装の兵士が苦しそうに寝込んでいる。
「大丈夫ですか! 今教会へ連れて行きます」
駆け寄って腕を肩に回して立ち上がらせる。
そしてそのまま背中へと背負った。
「テーラ! こっちにも人が二人いた。一人連れて来たから教会へ戻ろう」
「ん、了解や」
テーラと合流し、詰め所から出る。
そのまま背中に確かな重さを感じながらも教会へと俺達は戻って行った。
教会への道のりは若干の坂になっているためかなりの体力が奪われて行く。
それでも、セリシアはこれを何時間も行った。
だから、弱音を吐くわけにはいかない。
「セリシア、連れて来たぞ!」
「……!! い、今開けます!」
庭にいたセリシアに結界を解いてもらう。
教会内へ入り、兵士二人を降ろすと兵士たちの表情が和らいでいくのがわかる。
……安心する。
まだ、諦めてはいけないのだと自分を咎めることが出来る。
「行こう、テーラ」
「ん」
もう一度正門を出て、坂道を下る。
さっき思わず敬語を完全に解いてしまったことに今更気付くが、今はそんなことにリソースを割いている場合ではない。
ただセリシアは驚いたようにこちらを見ていた。
……もしかして癇に障ってしまっただろうか。
であれば、全部終わった後にしっかりと謝ろう。
そう思いつつ下り坂を降り終わろうとした時、不意に正面に胸を押さえ苦しそうにしながらもゆっくり教会へ向かっている一人の男の姿が見えた。
……黒髪だ。
そういえばセリシアに三番街を案内してもらった時にこんな人が大通りにいた気がする。
ということは三番街の住民なのだろう。
苦しそうにしてはいるがどうやらまだ歩く程の力は残っているようだ。
初めて歩ける人を見たが、こんな人がいるということはもしかしたら他の何人かもこちらに向かっているのかも知れない。
チラリと横目に見ただけだが、足腰はしっかりしているように見える。
あれなら途中で転倒するようなこともないだろう。
「…………ん?」
唯一テーラが気にするような素振りを見せたが、すぐに視線を戻して俺達は三番街へと入っていった。
――だが三番街へ入るにつれて、何かが破壊される音が耳に届いてくる。
「……なんだ?」
先程はこんな音しなかった。
何か、木材が砕けるような音や金属が飛ぶ音が聞こえてくる。
誰も動けないはずの無音な世界で、この音はあまりにも大きすぎた。
……走る、走る。
何か、嫌な予感がする。
その音に近付く度に破壊音は大きくなっていって、木材が粉砕され石や鉄が砕ける音が確信を持って三番街へ響いていた。
「――自分っ!! あれ!」
「……――――なんだ、あれ」
テーラの声を聞いて視線を移す。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
そこには……三番街の大通りの中心に、全長5mはある片目の潰れた巨大な獣が咆哮を上げ暴れまわっていた。
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