第3話(2) 『訪れる厄災』
――三番街は、酷い有様だった。
そこら中の道に人が倒れている。
全員が苦しそうに胸を押さえながらだらりと横になっていて、顔色も非常に悪そうだった。
呻き声が重なり、まるでゾンビ映画か何かの一画面だと錯覚してしまいそうになる。
しかしそこに違和感があった。
女、子供がいないのだ。
少なくとも見渡す限りその存在を確認することは出来なかった。
「大丈夫かいな!」
テーラが風魔法を解除して地面に降り、倒れている住民のもとへ駆け寄って行く。
「かは、はあ……!! テ、テーラ、ちゃんか……それと、あんたも……」
「すぐに教会へ連れて行きます。女性の方と子供たちは何処かに集まっているんですか?」
「せ、聖女様が……来たんだ。だが、俺達男を支えるのは難しそうだったから、せめてっ、かはっ……そいつらだけでもって、みんなで言ったんだよ……」
なるほど。
確かにセリシアはテーラのような魔法を操ることは出来ない。
『聖神の加護』も筋力を増強するような効果はないはずだ。
そうなってくると当然あんな華奢な身体では支える人間にも限りがある。
それでも俺達が森から出てくる間に女性と子供を全員教会へ運んだとなればかなり頑張ったのだと推測出来た。
一刻も早く手伝ってあげなくてはならない。
ただでさえメイトの安否もわからない中でこの悲劇だ。
きっと不安で精神的にも肉体的にもかなり負荷がかかっているだろう。
「うちたちも手伝うで。すぐ楽になるから、みんな待っててな!」
そう言うと、テーラはその住民一人を風魔法で浮かす。
それが出来るのならさっき俺も運んでくれることは出来なかったのかと思ったが、一人しか持たないということは俺とメイトがいる状況ではどちらも運ぶことが出来なかったのだと理解した。
俺もまずはメイトを教会へ運ばなければならない。
テーラと頷き合い、俺達は教会へ向けて走り出した。
――
【セリシア教会】へ辿り着き門を開けると、視界に映ったのは庭に寝かされていた女性と三番街の子供たちだった。
全員、三番街の住民と比べたら心なしか落ち着いた表情になっている気がする。
「――ぃっ」
「うおっ!? あぶね!」
門を開けたので教会に入ろうとすると、急にメイトが小さな声を上げそのまま背中から落下しそうになってしまった。
慌てて一歩下がって背負い直すが、何やら今のは不可思議な力によってメイトだけが弾かれたような感覚だった。
「えっ……自分、結界を通り抜けられるん……!?」
「あん?」
テーラからそんなことを急に言われる。
『結界』という単語を聞いて、そういえば俺以外の人間は教会に許可無しでは入れないと聞かされていたことを思い出した。
そうか。
だから俺だけ結界を通り抜けてしまった関係上、通り抜けられないメイトだけが結界にぶつかってしまったのだ。
この世界に来てから人を背負ったことなど無かったし、何より俺にとっては教会を往復することに何の障害もないためすっかりその存在を忘れてしまう。
だからテーラも門の前で立ち止まっていたのか。
こういう状況だと必ずセリシアと会わなければならない関係上効率が悪そうだ。
だがその結界のおかげで現状を遅延出来るようになっているのでそれに関しては仕方ない。
「あーまあ、不本意ながらそういうことになっているな」
「こ、こんな男が結界を通り抜けられるなんて、世も末やね……」
「おいどういう意味だ」
だがそれはそう。
でも自分でそう思うならともかく人に言われると若干反抗したくなってしまうな。
とにかく、軽口の叩き合いをする前に一刻も早くセリシアを呼び出すべきだ。
結界を通れるのは俺だけなのでメイトをテーラに託し、俺は教会の敷地内へと入った。
辺りを見回す。
どうやら庭にはいなさそうだ。
念のため裏庭の方も見てみたがそこにもセリシアはいなかった。
教会へ入る。
礼拝堂には比較的歳の行った老人が長椅子に寝かされてた。
こちらにはご丁寧に毛布が掛けられている。
庭の方に掛けられて無かったのは単純に毛布の数が足りなかったのだろう。
子供もだが、より消耗の激しい老人を優先するセリシアの判断は正しいことだ。
どうしても贔屓になってしまう感はあるが、誰もセリシアを責めはしない。
一階のリビングにもセリシアはいなかった。
二階へと上がる。
「聖女様!」
セリシアは二階の、子供部屋にいた。
やはり、といったところか。
メイトと同じようにユリアたち全員が苦しそうに呻いていて、布団に寝かされているのが見える。
何故かパオラにだけ頭部に布が掛けられていたがそんなのは些細なことだ。
5歳という非常に少ない体力を持つリッタの表情は無邪気で安らかだった。
闇魔法の影響に個人差があるのかはわからないが、とりあえず死の臭いはしていないようで安堵の息を吐く。
だがそれを含めても最悪の光景だ。
子供たちは恐らく俺という存在に気付いてはいるが、あまりの苦しさに反応を返すことが出来ないらしい。
俺は自身の心臓が跳ねたことを実感した。
「――!! メビウス君っ!」
子供たちの看病をしていたセリシアが俺の声に振り向き、安心したように表情を明るくさせてこちらへと寄ってきた。
その笑みには確かな疲れが現れていて、俺は今までの自身の教会での在り方を心底恥じる。
「無事だったんですね……! よかった……本当に良かったですっ」
「遅れてすみません。メイトも連れて帰りました。でも、ここにいる人たちと同じような症状に陥っています。結界を解除してもらえませんか」
「――! わかりました、すぐに門へ向かいます!」
どうやらこの場で結界を解除するというのは出来ないようだ。
確かによくよく考えてみればメイトが結界にぶつかった時、正門に結界を開閉する鍵穴のようなものが見えた気がする。
あれは聖書の鍵穴の形状にとてもよく似ていた。
恐らくあそこでなければ結界を解除することは出来ないのだろう。
夕日が沈みそうになった辺りからメイトが倒れたから、セリシアは大体二時間以上は一人だけで働いていたはずだ。
急にユリアたちが苦しそうに倒れて、三番街に行ってみれば子供たちよりも酷く衰弱した様子で倒れている住民たちの姿。
俺やメイトがどうなっているか不安に思いながらも、運動したことなどほとんど無さそうなのに何度も何度も三番街と教会とを行き来しながら人を運んで。
疲れているだろうに、それをおくびにも見せず今も尚真剣な表情で正門へと向かっている。
どうして、そこまで頑張れるのだろうか。
セリシアについて行きながらもそんなことを思った。
何の躊躇もなくそんなこと、普通の人には出来ない。
聖女としての責務が彼女をこうも駆り立てているのだろうか。
……いや、きっと違うだろう。
きっとセリシアが聖女の力を持っていなくて、尚且つ俺みたいに現状動ける立場であったなら必ず今と同じことをするはずだ。
そんな彼女だから、神に聖女として選ばれたのだろうか。
俺にはそんなセリシアがとても眩しく感じていた。
それと同時に、この子の傍にいることが勝手ながらとても誇らしく感じていたんだ。
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