第3話(1) 『呪いに捕らわれて』
メイトはその場から崩れ落ちるように横に倒れてしまっていた。
やっぱり熊にやられたダメージがまだあるようだ。
足場の悪い山道と言えど、これはおぶって帰ることも視野に入れなくてはならないか。
「おいおい大丈夫か? まだ傷が痛むなら我慢しないで言えよ。さっき頼れって言ったばかりだろうが」
「……かは、はあ……」
「……メイト?」
……何か、おかしい。
倒れ込んだメイトは立ち上がろうともせず胸を必死に抑えながら、顔からは大量の汗が噴き出していた。
なんだ、これは……
もしかして、何かに感染したとか……!?
「どいて自分!!」
現状を理解出来ず立ち尽くしてしまう俺を無視し、テーラは素早い動作でメイトの身体を支えながら、彼の手を握り締めた。
あれは先程俺に魔力を通した動作に似ている。
「お、おいなんだよ。メイトはどうしたんだ!?」
「……さっき自分の魔力を解放する前に、嫌な魔力があるって言ったやろ」
「……確かに、言っていたが」
「今、急にその魔力の質量が爆発的に上がった。何かの魔法が発動したんや。これはマズいで」
なんだそれは。
何かの魔法って、一体何の魔法だって言うんだ。
テーラは必死にメイトに自身の魔力を送っている。
いや、送っているのではない。
具現化された魔力を見るに、どうやらメイトとテーラとで魔力を循環させているように見えた。
「……これは、『闇魔法』やね」
「闇、魔法……?」
わからない。
そういえば魔法という存在があるのはファンタジー的要素で何となくわかっていたが、人間界での魔法の在り方というのは何も知っていなかった。
知ろうともしなかった。
聞こうともしなかった。
どうせ使えない、どうせ魔法相手でも勝てる。
そんな甘えた考えを持っていた結果が、こうして現状に対し何も出来ない自分を作り出している。
「天使の自分は知らんかもしれんけど、この人間界には『炎・水・風・地・氷』の5種類の魔法属性があるんや。そして、異質の効果を持つ属性があと2つ。それが『光』と『闇』魔法やね」
「異質の、効果……」
「今まで闇魔法を見たことが無かったからずっと疑問に思ってただけやったけど、メイトはんの状態を見る限り間違いないと思う」
「状態って……!」
自分でも焦ってるのがわかる。
わからないからってテーラに詰め寄るのはお門違いだ。
この世界に来てから勉強する時間はたくさんあった。
時間は充分にあった。
なのにこうやって学習しない俺が本当に嫌になる。
「これは呪いや」
「呪い……?」
「症状を見る限り、これは対象の魔力を大きく乱して生命力を著しく低下させる魔法やね。そしてこの異常な速さ。恐らく半日も持たずに衰弱死してしまうかもしれんよ」
「衰弱、死……!?」
ということは明日の朝にはもう死んでしまってもおかしくないというのか。
なんでいきなりそんなこと……そんなこと急に言われても俺に出来ることなんて何一つない。
黙ってみていることしか出来ないというか。
衰弱して、段々と弱っていくメイトの姿を。
いや、違う。
大事なのは結果だけじゃない。
過程も大事なはずだ。
メイトがこうして急に倒れたということは、今の今まで魔法は発動されてはいなかったということだ。
であれば、誰かがあのタイミングで魔法を発動させたということになる。
その、誰かが。
「誰がそんなことを!?」
「わからん……ただここに来る前にも同じような魔力を感じてたから、事態はより深刻なことになってるかも知れんね。範囲にもよるけど、もしかしたら三番街の人たちも同じような状態になってるかもしれへん」
「なあっ!?」
三番街まで、メイトと同じ状態の人で溢れかえっているというのか。
そんなの、無理だ。
今のメイトはテーラのおかげで何とか苦しみが緩められている。
しかしそれがあと数万人だ。
このままでは必ず誰かが死んでしまうことになる。
いや、誰かがじゃない。全員がだ。
結局メイトも回復しているわけじゃない。
衰弱の進行を抑えているだけのはずだ。
どうすれば、どうすればいい。
俺は何をすればいい。
セリシアもきっと大変なことになっているだろう。
ユリアもカイルも、パオラもリッタもきっと同じ目に合っている。
汗が頬を伝う。
心臓が跳ねて正常な思考を行うことが出来ない。
『死』という未来が俺の過去を思い出させていた。
神様、いるんだろ……? だったら、俺達のこと助け――
「しっかりしろ、自分!!」
「――ッッ!!」
思考がぐちゃぐちゃになる。
呆然と立ち尽くしてしまう。
それでも、そんな俺を叱るようにテーラは先程の俺と同じく俺の胸倉を両手で掴み上げた。
「守ってくれる神なんていない。自分はそう思ってたんやろ!? だったらうちたちでどうにかするしかないやないか!」
「――っ!!」
……そうだ。
聖女という神の事実を受け入れなければならないこの世界でも、神はいつも俺の味方をしてくれることはなかった。
ならば俺が、俺がどうにかしなければならない。
いつものように、クソったれな神に唾を吐き捨ててやるために。
俺が、やらなければならないのだ。
神サマに頼み事をするなんて、俺らしくないだろっ!
「――三番街へ戻ろう。とにかく同じ症状を持つみんなを一か所に集めるべきだ」
「なら教会に連れて行った方がええで。あそこは『聖神の加護』の結界によって病や魔を払うことが出来る。原因を取り除かない限り解決はしないかも知れんけど、進行を抑えることは出来ると思う」
「わかった。まずはメイトを教会に持って行こう」
「了解や」
『聖神の加護』に闇が効かないのであれば、恐らく聖神ラトナにがっちがちに守られているセリシアは何ともなっていないはずだ。
それならまだ何とかなる。
暗いこの世界に一筋の光が見えた気がした。
メイトを背負い、テーラの案内のもと森を駆け抜ける。
テーラも女の子なので山道を走るのは大変かと少し危惧していたのだが、風のような魔法で身体を浮かしていたためその心配はしなくて良さそうだった。
どうして俺やテーラに『闇魔法』の効果が現れていないのかはわからない。
それでも、今はそんなこと気にする必要すらなかった。
森を駆ける。
背中からメイトの荒い息遣いだけが聞こえていた。
辛いのがわかる。
苦しいのがわかる。
いつもいつも人を痛めつけているような俺がこんなことを思うのはおかしいかもしれない。
何を言ってるんだと、俺を知っている人からみたら思われてしまうかもしれない。
それでも、いやだからこそ人の命の灯火が消え去ろうとしていることがわかるんだ。
天使時代、何度も人が死んで行ってしまうその時を見て来た俺だから。
「メイト……!」
耐えてくれ。
半日という時間が大人の生きれる時間だとしたら、体力のない子供のタイムリミットはもっと少ないはずだ。
既に日は落ちていた。
テーラによる炎魔法によって明かりは灯されているため暗闇に取り残されるようなことはなかったが、やはり全力疾走で走っていても三番街までは結構な距離がある。
「――そろそろ着くで!」
「――!」
テーラの言葉と共に俺は俯きがちだった顔を上げる。
確かに視界のかなり奥に僅かな明かりが漏れているのが分かる。
恐らく三番街に設置されている街灯の明かりだろう。
テーラの風魔法であればこんなに時間を掛けなくてももっと早く三番街に着くことが出来たはずだ。
それなのに道がわからない俺のためにスピードを合わせてくれている。
そのことに改めて心の中で感謝しつつ、俺達は一斉に最後の木々を抜けた。
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