第2話(9) 『出来ること』

 ……よかった。

 あのまま戦闘が始まっていたら打撃武器の聖剣では獣相手に決定打のある攻撃を行うのは難しかっただろう。

 結局テーラの魔法に頼ってあの熊が致命傷を負ってしまうかもしれない。


 目だけは許してほしかったところだ。

 俺も動物相手に痛みを与えないよう無力化させるのは無理だった。


「……さて」


 小さく安堵の息を吐いた後、身体がまだ痛むのか木の幹に寄り掛かってこちらを見ているメイトへゆっくりと視線を移す。


「ぐっ……なんで、だよ」


「……何がだよ」


 何のことだろうか? 疑問を持つ俺を無視しメイトは言葉を続けようとはせず質問を変えた。


「……聖女様は?」


「聖女様は今もまだお前の帰りを待ち続けている。ユリアもカイルも、パオラもリッタもだ。みんな、早く帰って来てほしいって思ってるぞ」


「……そんなの、わかってる」


 じゃあ何が引っ掛かってるというのか。

 コイツの意志を駆り立てているものは一体なんだ。


 だがメイトは既に教会の時のように言い争いをする気力はないらしい。

 ゆっくりと自虐するかのように小さく俯いていた。


「……あんたの言う通りだ。本当は、わかってたんだ。オレは弱くて臆病で……今もまたあんたに助けられた」


「……そうだな。だけど子供が気にすることじゃない」


「……そうだよ。あんたの言う通りオレはどこまで背伸びしても子供のままだ。出来ることだって限られていて、むしろ出来ないことの方が多いぐらいだ。代わりは幾らでもいる、必要とされない人間だ」


 メイトらしからぬ、うじうじとした言葉が耳へと届く。

 既に肩に力は入っていなくて、まるで諦めているようだった。


 ああ……イライラするな。


「だから、みんなに必要とされなくなったのも仕方ないことなんだ。オレは、何も出来ない奴だから」


「……だから、なんだ……!」


「は……? ――うぐっ!?」


 ああ……その諦めたような態度が、本当にイライラする……!


 お前を見てると昔の俺を……父さんが死んで泣き叫んでいた俺をいつもいつも思い出してしまうから、だから俺は怒りに身を任せてメイトの胸倉を掴み上げた。


 そして想いが届いてくれることを願って、叫ぶ。


「だから何も出来ない自分は必要ないって、お前はそう言いたいわけなのか!!」


「……っ」


「弱くて、臆病……? だからなんだ、だから逃げるのか!? 守りたい奴が死ぬかもしれない状況になっても、お前は同じことを言い続けられるのか!?」


 そんなわけがない。

 そうやって後悔して諦めてしまいそうになっている人間であれば、こうなる前に最初っから諦めていたはずだ。


「お前がそう言えるのは、本当に守りたい奴が生きている時だけだ!」


「――っっ!!」


 そうやって諦めたら、必ず後悔するぞ。

 必ずだ。


 死んでしまってからじゃもう遅いんだ。

 どうして何も出来なかったのかをずっと後悔して、人生を諦めて、それでもまだ抗おうと無駄に生き恥を晒すことになる。


 そんなの、もう一人だけで充分なんだよ……!


 更に強く、胸倉を掴む手に力を加える。


「出て行ったことを後悔してるんだろ!? だから謝りたいって、みんなと一緒にいたいって、そう思っていたんだろ!? だったら! 子供だからって言われただけで、諦めてんじゃねえよ!!」


「~~~~っっ!!」


 子供だから、守れなくても仕方ないって言いたいのか? 守りたいと言っていた奴が逆に守られて本当に納得することが出来るのか?


 であれば最初っから俺に突っかかってなんて来なかったはずだ。

 一人で抱え込むこともなかったはずだ。


 どうしてその悩みを、守りたい人たちに相談出来なかったんだよ。


「なんで、一人で何でもやろうとしてんだよ、お前は……。お前は、子供だろうが! 出来ることと出来ないことがあるなんて当たり前のこと、大人だってわかってる!! わかってるから、お前が出来ることを見ていたいんだろ!? セリシアだって、お前の選択を尊重したいから、好きなことをさせてあげようとしたんだろ!?」


 だからああやってお前に言ったんだ。

 自分のやりたいことをやってくれって。

 それは決して見捨てたわけなんかじゃない。


 見続けてやるって、出来ることがあればみんな協力するから好きなように生きてくれって、そう言ってくれてたんだろ、あいつは……


 なのに、お前はそんな守りたいと思う奴の笑顔すら守れない。


「そんな恵まれてる奴が、必要とされてないなんて言ってんじゃねえよ!!」


 想いを籠めて、叫ぶ。

 届いてくれと願って瞬きもせず必死にメイトの深緑色の瞳を凝視した。


 その瞳が揺れ動いていた。

 目には悔しそうな涙が浮かんでいる。


 そして心をせき止めていた城塞が崩壊したかのように、メイトは顔を歪めて言葉を吐き出した。


「……だってっ、だってそんなの、知らないんだよ。幸せを無くしたくなかったんだよ……! 一人で頑張るしかなかったんだよぉ! 一人でやんないと、捨てられちゃうかもしれないって、ずっとそうだったから……!! みんながどう思ってるかなんて、オレにはわかんないよっ……!」


 メイトの声は、震えていた。

 メイトもずっと、その『何か』に悩んでいたんだ。

 苦しんでいた。

 それでも、その事実からは俺が来るまでは目を逸らせていたんだと思う。


 誰にも頼ったことが無かったんだ。

 それはまだ妹がいた俺よりも寂しくて、そしてきっと辛かったに違いない。


 そんな俺がメイトに説教する権利なんて本当はない。

 でも俺を反面教師にして、踏み台にしてでもメイトにはメイトのやりたい人生を送ってほしいと、セリシアだけでなく俺もそう思ってる。


「お前が、出来ないことは……俺がやってやる! お前はお前の出来ることをすればいいんだ。出来ないことは出来るようにすればいい。……そうやっていつか俺を超えた時、胸を張ってみんなを守ってやるって宣言してやれよ」


「くぅっ……! でもっ……」


「必要とされているかどうかは、お前じゃない。みんなが決めてやるもんだ。でも、もう少しだけ肩の力を抜いてやってもいいんじゃねぇの。少なくとも俺は、自分が必要な存在かどうかなんて考えたこともない!」


「……ドヤ顔で言うことかよっ」


「ちゃらんぽらんに生きていた方が、人生楽なこともあるんだよ。……だから、帰ろう。お前の家に」


「……うん」


 手を差し伸べる。

 その手を、メイトは若干躊躇しながらも握ってくれた。


 少しだけ、ほんの少しだけお互いに歩み寄れた気がする。

 しっかりとではないものの、きちんと話すことが出来た気がした。


「……自分、中々良いこと言うやん」


「揶揄うのはやめろ……お前も全然わかんないだろうに、聞かせて悪かったな」


「別にええよ。うちの心にも響いたからな」


「うぜー」


「なんでや!?」


 響いてるようには見えないからだ。

 揶揄ってるだけだろ。


 ぎゃーぎゃーと騒いでいたテーラだが、ふとメイトが隣にいたテーラに意識を向けていることを察知すると、物凄い勢いで俺の背中へと隠れ始める。


 なんだコイツ。

 あ、そういえばメイトに『おばさん』と言われたんだったか。


「そういえば、その人は……?」


「ああ、コイツはお前に『おばさん』と言われて萎え散らかしてるテーラっていってぇ!?」


「しばくぞ自分!」


「えっ……!? ご、ごめんなさい。気が動転してて、もしかしたら言ってしまったかもしれません」


「い、いやうちも全然気にしてへんから、身体も痛うだろうに謝らんといて」


「気にしてるくせに……いってぇ!! てめぇ!」


「自分が癇に障るようなこと言うからやろ!!」


 それはそうなんだが。

 だからと言ってすぐに暴力を振るうのは良くないと思うなぁ。


 だがやはりメイトも意図的に暴言……? を吐いたわけではないようだ。

 教会でもちょくちょくメイトを見ていたが、この少年は俺以外には比較的穏やかで優しさを持っている子だ。


 初対面の、尚且つ女性に対して暴言を吐くような子ではないとわかっていた。


 テーラも意図的ではなかったとメイトの表情を見て思ったのだろう。

 すぐに俺から離れてホッと息を吐いている。


 ……雰囲気もだいぶ良い感じになって来た。

 これでメイトの教会に帰るハードルも幾分か小さくなったはずだ。


「よし。もう暗くなって来たし、そろそろ帰るか。もうこんな一面木しかない森なんて見たくねぇ」


「……? ――っっ!?」


「……そうだな。オレもしばらく見たくないや。え……?」


「メイト……?」


 今もきっと心配しながら教会でセリシアたちも待ってるはずだ。

 メイトの無事と、笑顔を見せて安心させなくちゃならない。


 そう思ってテーラの案内のもと来た道を戻ろうとした時、テーラは驚愕に目を見開いてきょろきょろと森一面を見渡していた。


 ――あれは、確かさっきもしていたような気が……


 ――不意に、メイトの身体がよろける。


「……あ」


 そしてそのまま地面へと倒れ込んでしまった。

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