第2話(7) 『必要とされたくて』
―メイト視点―
……オレが聖女様のいる教会に初めて来たのは、今から二年前のことだった。
オレの家族は……飲んだくれてギャンブルに堕ちた父一人。
母親は丁度物心付いた頃に家を出て行き、兄弟はいない。
オレ一人だけが、この寒いボロっちい家に取り残されていた。
必要とされていなかった。
母親にも、ましてやこんなクズみたいな父親にも、オレは必要とされていなかった。
「金盗んで来いっつっただろうが!!」
「――っ」
いつも殴られていた。
当たり前だが子供を雇ってくれる仕事先なんかなくて、オレはずっとこの父親に金を盗ませることを強要されていた。
でも、盗むことなんて出来るわけがなかった。
盗みは犯罪だ。
オレはこのクズみたいな人間に成り下がりたくなんかない。
同じ土俵にいると思われることは殴られることよりも辛かった。
だからタダ飯を喰らうだけのオレは、クズにすら必要とされていなかった。
ご飯も……このクズの残した余り物を喰らうだけ。
精神的にも参っていた。
……でも、神様が見ていてくれている。
善行を積んで、今を精一杯耐えて生きれば、きっと神様はオレを救い出してくれる。
そう思ってこの10年間ずっと耐え続けていた。
……そして、神様は本当にオレのことを見ていてくれていたんだと確信したんだ。
ある日、重厚な鎧を来た兵士たちが家に来てオレに『選ばれた者』と言ってくれた。
父親に多額のお金を渡し、オレに「ようやく使える子供になってくれた。ありがとう」って、気持ち悪い笑みで送り出された。
そして……この【イクルス】の【セリシア教会】にやって来たんだ。
聖女様はとても優しくて、暖かい人だった。
初めて来たオレにも分け隔てなく愛情を注いでくれているのがわかった。
先にいた子供たち4人も、オレを歓迎してくれた。
最年長だから頼りにしている、お兄ちゃんと呼んでくれた。
そして……この世にはオレと同じ、いや場合によってはそれ以上に酷い毎日を過ごしていた子もいることを知った。
ここが楽園なのだと思った。
地獄から天国に送り出された気分だった。
神様……聖神ラトナ様に毎日祈りを捧げて、聖女様の手伝いをして、子供たちと毎日楽しく、初めて『遊び』というものをやって。
この教会にずっといたいと願った。
そして同時に、オレがこの場所にいる理由を作らなければならないと焦った。
必要とされなければならなかった。
必要とされなければ……あのクズのように感謝されなくてはならない。
初めて父親に『感謝』されたあの光景がオレにとって何よりの救いだったから。
もう捨てられたくなんかない、だから出来ることは何でもやった。
出来なかったことも出来るようにした。
三番街の人達もみんな暖かくて、出来ないことを優しく教えてくれた。
例えそれが教会にいる子供だからという理由でも、そんなこと考える必要がオレには存在しなかった。
……非教徒という存在がいることも知った。
同時に、この教会を守るという唯一無二の必要性を見つけることが出来た。
オレはみんなの役に立つ。
役に立って、みんなに必要とされて「ありがとう」って、そう言われるんだ。
だから聖女様に初めて物を頼んで、『聖神騎士団』の新人練習用の木剣を譲ってもらい日々鍛錬に励んだ。
個人で三番街の『聖神騎士団』に行く時間はあまりないから、間違いのないはずの素振りを毎日行った。
毎日が充実していた。
ずっとこんな日々が続くんだと信じて疑わなかった。
……なのに。
「聖女様! 人が血まみれで倒れてるよ!」
「ええ!?」
ある日の朝、教会を囲んだ外柵の前に倒れている男と出会ってから、オレの楽園は……また地獄へと変わったんだ。
聖女様は毎日心配そうに手厚く男を看病していた。
教会の仕事も手に付かない程何故か狼狽していて、代わりに子供たちが仕事の手伝いをすることが多くなった。
オレが初めて来た時に感じた愛情が、あの男に注がれているのを肌で感じていた。
気に入らなかった。
初めて来た時に子供たちが言ってくれた「最年長」で無くなったことも気に入らなかった。
でも……もしもちゃんとした信者なら、優しくて暖かい人ならもしかしたらオレにとっての兄になってくれるかも知れないと、ほんの少しだけ期待もしていた。
……けど、蓋を開けてみればあの顔はオレの大っ嫌いなクズに酷く似ていたんだ。
ヘラヘラと笑ってゴマを擦り、神聖な聖女様を呼び捨てし、あまつさえタメ口まで利いている始末。
更には値踏みしていたオレを見た時のあの顔。
嘲笑するかのようにガキ扱いするあの顔が、オレにとって何よりも許せなかったんだ。
だから対立した。
一生話すことはないと思った。
でももしかしたらオレの勘違いかも知れない。
人を第一印象で判断するのはよくないと、少しだけ様子を見に行ったこともあった。
でも奴は!
神聖な礼拝堂の長椅子に寝転がり、聖女様が働いてる姿を見ても無視し、いつもいつもいつも!! 仕事をしている聖女様に手伝うわけでもないのに暇潰しで話しかける。
本当に失望した。
早く出て行ってくれとすら思った。
なのに聖女様も……ユリアもあの男と一緒に行動することが多くなった。
オレには見せたことのない揶揄うような姿を見せて。
ユリアは子供たちだけで話していてもあの男について話すことが多くなっていた。
曰く、だらけ過ぎてて面白い、だそうだ。
それが教会に相応しくないというのに、ユリアはそのことがわからないようだ。
だけどオレの考えとは対照的に、教会のみんなはあんな奴に近付くようになった。
それもこれも全部、あの非教徒を撃退してからだ。
きっと、オレよりも強い奴が来たから。
みんなを守ることも出来ないオレなんか、あの男よりも利用価値のない人間へと成り下がってしまったんだ。
必要とされていない。
それだけは、どうにかしなければならなかった。
だから焦っていた。
でも、実際どんなに頑張っても人を簡単に殺せる凶器を見せられてしまうと足が竦んでしまうんだ。
どうすれば、どうすれば……
そんな時、聖女様の食器洗いを手伝っていた際に言われた。
言われて、しまった。
「すみませんメイト君。私、少し焦り過ぎていたんだと思います。メイト君はまだたくさんの未来があるのに、私はいつも、あなたを頼ってしまっていました。私がメイト君の未来を狭めてしまったのだと気付いたんです。ですから……メイト君はメイト君のしたいことをして下さい。教会のことは気にせず、思うように生きて下さいね」
どうして、そんなことを言うのだろう。
みんなの役に立たなければいけないというのに、神様がオレを選んでくれたというのに、どうして神の遣いである聖女様がそんなことを言うんだろうか。
今までは『期待』しているって、そう言ってくれていたじゃないか。
なのに、どうして……!
……ああ、そうだ。
あいつだ。あいつが来てから聖女様が変わってしまったんだ。
いや違う。
本当の意味で教会を守ってくれる人と出会ったから、だからごっこ遊びにしか見えないオレを目ざとく思ったんだ。
それをあいつが気付かせた。
あいつのせいで、オレの大事な居場所が無くなってしまう。
だからあいつに詰め寄った。
怒りに身を任せて、ユリアたちにも強く当たってしまったかもしれない。
『みんなお前に気を遣って、意味がないと思いつつもお前を頼っていたかもな』
でもあいつの言った言葉が、今もずっと頭の中に響いている。
きっとこれからはそうなる。
オレがどんなに決意を伝えても、子供の言っていることだと思われてしまう。
苦笑いを浮かべながら「頑張って」と何の感情もなく言われてしまう。
それがっ……あいつのせいではないこともわかってる。
わかってるけど!
――それでもオレはその事実から目を背けるように、逃げ出してしまった。
楽園だったはずの教会は地獄へと逆戻りして。
……一度幸せを知ってしまったオレにはもう、帰る場所は無くなってしまったんだ。
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