第2話(6) 『魔法の適正』

「そのメイトはんって子はこっち方面に行ったはずや」


 そうテーラが言ってから数十分。

 未だメイトが見つかることはなかった。


 本来であればこんな見通しの悪い森の中で人探しをするならメイトの名前を大声で叫びながら歩き、俺達の場所をメイトに知らせることが出来れば向こうからやって来てくれるか何かしらの反応を返してくれるだろう。


 しかし今回に限って言えばメイトは俺から逃げている。

 だから大声で名前を呼ぼうとしたテーラを俺は静止させた。


 ここで俺達の場所をメイトに知らせるわけにはいかない。

 俺達から逃げようと更に森の奥に進んでしまったら、捜索はより困難になってしまう。


 なのであまり足音を立てないよう注意しながら山道を歩き、メイトよりも先にメイトの存在を感じ取らなければならなかった。


 ハードモードどころかエクストラモードだ。

 まさに初見でクリアするのは不可能に近い。


「……なんで自分は天界から人間界にやって来たん?」


 意気揚々とメイトを探しに行ったものの絶望感に乾いた笑みを浮かべていた時、今まで余計な私語をして来なかったテーラからそんな質問があった。


 ……素直に答えるべきだろうか。

 テーラがどうして天使が嫌いなのかわからない以上、余計なことを言って協力者を怒らせたくはないのだが。


 だがテーラについて深く聞こうとは思わない。

 それでメイトの時に失敗したからな。


 成長する男なのだ、俺は。


 とはいえ、やはり言えるのであれば正直に答えるべきだろう。

 腹を割って話してこそ人と人とは分かり合えるのだから。


「魔族が戦争を仕掛けに来たんだ。俺の父さんは魔族に殺されて、復讐しようとずっと誓っていた。その結果がこれだ。復讐相手に返り討ちにあって、無様に醜態を晒して殺された。だけど目が覚めたら聖女様のいる教会に寝かされていたんだよ」


「復讐……随分天使らしくないなぁ自分は」


「天界でもよく言われてたな。……天界には、大事な妹が待ってるんだ。姉さんだって帰って来てくれているかわからない。だから俺は一刻も早く天界に戻らなくちゃいけないんだよ」


「なるほどなぁ。それにしては今やってることと言ってることが矛盾してる気がするんやけど」


「そ、それはあれだ。聖女様には助けてくれた恩があるし、メイトが出て行く原因を作ったのも俺だから。俺が何とかしなきゃいけないことなんだよ」


「……ほーん」


 なんで俺がこんなことわざわざ自分から言わなきゃいけないんだ。

 自分でもわからないが、妙に変な羞恥心が俺の心をざわめかせる。


「……そっか。なら、うちは自分を信じられるかもしれんね」


 だがテーラにとっては俺の回答は信用に値するものだったようだ。


「……? そうなのか?」


「うん。うちの思ってた天使とは違ったから」


「……はあ。そう言ってくれるのなら有難いが」


 テーラが天使にどういった思いを抱いているのかはわからない。


 けれどいつも仏頂面だったテーラが初めて俺に見せてくれた柔らかな笑みを見て、俺はテーラの警戒心が大きく解けてくれた気がした。


 それだけで自身の過去を語って良かったとすら思える。

 別に隠すことでもないしな。


 メイトもこうやって自分から歩み寄れば、セリシアの言葉の本当の意味を理解することが出来ただろうに。


「それじゃあ今度は俺が聞くが、テーラが天使を知ってるってことはもう俺の中で受け入れた。でだな、実際問題天界に帰る方法とかって何か知ってるのか?」


 天使のことを聞けば、間接的にテーラの天使嫌いに触れてしまう可能性があるので一旦置いておいて、自分にとって重要なことを聞く。


 もしも人間界から天界に戻る方法を知っているのなら、俺が天界に戻るハードルは一気に下がることは間違いない。


 天界から人間界に来れて、人間界から天界に来れないってことはないだろう。


 さすがに一方通行ではないと思いたいが。


「んーすまんやけど、残念ながら天界に戻る方法はわからんね。うちもここで天使と会ったのは初めてやから、そういった情報は持ってないんよ」


「そうなのか?」


 会ったことがないのに天界や天使について知っているとはおかしな話だ。


 いや俺以外にも人間界に来ている天使がいて、それを知っている人から言伝で聞いた可能性もあるか。

 一概におかしいと決めつけることは出来ない。


 だが天界への戻り方を知らなかったとしても、天使を知っている人がいるというだけで何だか無性に安心するのはきっと気のせいじゃないだろう。


 ずっと少しずつストレスを感じていた。

 自分の知らないことばかりで、そのくせ俺のこともみんな知らなくて。


 俺は今、自分でもはっきり断言出来る程今の空気感が心地いいと感じている。


「……ん?」


 そんな時、ふとテーラが立ち止まり何やらきょろきょろと辺りを見回していた。


「どうしたテーラ? メイトの言葉でも思い出したか?」


「んなわけあるか! ……嫌な魔力を感じる。なんやこれ……?」


「魔力?」


 そんなもの全然感じないが。


「どうやって魔力ってのを感じるんだよ?」


「え……? そんなことも知らんの?」


「知るわけねーだろ。俺天使だぞ」


 天界には魔法という概念は存在しなかった。

 聖なる武具・兵器を使って戦うのが当たり前だったからだ。


「あーだからうちと戦った時も逃げてばっかで攻撃して来なかったんやね。舐めてるんかなって少し思ってたんやけど」


「魔法っていうのは誰でも使えるもんなのか?」


「そうやね。使えるかはともかく、素質を持たない人間はほぼいないと思うで。自分は天使やけど……中々良い魔力を持っとると思うよ」


「マジで!?」


 ということはもしかして俺も遂に魔法使いデビューとか出来ちゃったりするんだろうか?


 おとぎ話の英雄譚のように魔法を駆使してバッタバッタと敵を薙ぎ倒すことも出来たりするんだろうか!?


「ど、どうやって魔法を使うんだ?」


「どうって……こうキューンっと魔力を集めて、グググっと魔力を凝縮させればええんよ。で、魔力の通り道を作って、バシューンっと放つだけやね」


「……クソが」


「急に暴言言うやん!?」


 そんな説明でわかるわけないだろうが。

 どうやらテーラは稀に見る感覚派らしい。

 俺は感覚より理論寄りの考えを持つ天使だから残念ながらどうしていいのか全くわからん。


「んーそしたら手っ取り早くうちが自分の魔力を解放してやってもええよ? 他人に魔力の通りを弄られるから気持ち悪くなるかも知れんけど」


「お願いします」


「清々しいまでのお辞儀やな……任せとき」


 魔法を使うだけならそこまでハードルは高くないようだ。

 問題はどこまで強力な魔法を使えるか、ということなのだろう。


 セリシアは魔法を使えないようだし、ある程度のデメリットを許容してでもここはテーラに魔力を解放? してもらうべきだ。


 というわけでなし崩し的に魔法を使えるようにしてくれるというテーラの言葉を受け、テーラは俺の胸に手を当て目を閉じる。


 ――魔力という存在を、今ぼんやりと理解した。

 身体中に宿る異常な質量が蠢いている感覚が脳へと響く。


 今まで感じたことのない未知の感覚だった。

 確かに、気持ち悪い。


 今にも身体の内側にある『なにか』を掻き出してしまいたい衝動に駆られ、思わず顔を歪めてしまった。


 テーラの伸ばす手には魔力の残像のようなモヤを纏っていて、それが俺の身体の奥底に流れ込んでいるらしい。


「……ん? なんやこれ……?」


 そんな時、ふとテーラの眉が潜められた気がした。

 そしてその瞬間、俺の右腕から魔力による爆発と錯覚してしまうような火花が大きく飛び散った。


「うおおっ!?」


「あ、ちょっ!」


 その不規則な破裂音は俺の心を乱すには充分であり、驚きのあまりその場から飛び跳ねてテーラから離れてしまう。


 そのことに気付いた時には既に遅く、俺の腕に宿っていた『なにか』は何も無かったかのように消失してしまった。


 ……ジトーっとした非難の目が俺を射抜いている。


「……失敗しちゃったやないの」


「うっ……すいません」


「はあ。まあええけどね。多分魔力の扉を開くことは出来たっぽいし、あとは自分がイメージを掴むだけやな。……それにしても変な魔力やなぁ自分」


「そうなのか?」


「見たことのない魔力だったわ。まあ自分は天使だから、他の人間とはちょい違うこともあるかもね」


「ほー」


 果たしてそれは良いのやら悪いのやら。


 先駆者がいないということは自力でその魔法について模索しなければならないわけで正直あまり気乗りはしない。

 というか面倒くさい。


 これは魔法を使う機会はないかなと思いつつ、魔力を解放してくれたらしいテーラには感謝しておこう。


「まあいいや。ありがとな」


「ん。じゃあメイトはん捜索の続きをしよか。本当に夜になってまうよ」


「ああ」


 テーラと共に森を歩く。

 俺の中ではもう既に今自分がどの辺にいるかなど全くわからなくなっているが、何の躊躇いもなく進むテーラという頼もしい存在がいるので思考を完全に放棄していた。


 大体何処にいるかの目安はついているのだろうか? それはわからなかったもののそこから早数十分。

 夕日が沈んで来た頃、ようやく。


「――ああああああああ!!」


 聞き覚えのある少年の、怯えながらも勇ましい絶叫が森に響いた。

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