第2話(5) 『純白の魔法使い』

 闇雲に探した所では見つかるものも見つからない。

 だからこそ、自分なりにメイトのいる場所を絞る必要があった。


 当たり前だが子供がいなくなったのなら可能な限り捜索してくれる人を増やすべきだ。


 なのでとりあえず安直に三番街へと行って聞き込みでもしようかと思ったのだが、その考えは即否定する。

 第一に子供がいなくなったと言えど、ここで事を大きくするわけにはいかない。


 何故なら今回いなくなったのは聖女の保護する孤児の一人だからだ。

 誰かに聞き込みをすれば瞬く間に三番街中へと広がり、真意を確かめるためにただでさえ時間があまりないのに拘束され教会に行ってしまう人も出てくるだろう。


 それでは混乱が起きるだけだ。

 それはメイトもわかっているはず。


 教会に住むメイトのことは三番街の住民全員が知っているだろうし、泣きながら走っている姿を見れば誰かしらが教会へとまたしても真意を聞きに来るだろう。

 結局それは俺が聞き込みをした状況と同じ結末が待っている。


 だからメイトは、人気に付かない場所に逃げるはずだ。

 穴場はあるかも知れないが、そんな場所セリシアと三番街を見回った時は見つからなかった。


 ……そうなると。

 俺はチラリと横の、生い茂る森へと視線を移す。


「……ここだろうなぁ」


 十中八九ここだろう。

 最早決めつけだがここしか考えられない。

 俺でもここに逃げる。


 しかしそうなると困った。

 三番街の森は林業が盛んなことからわかるように結構広い。

 その中からたった一人の男の子を見つけるのは相当骨が折れてしまうだろう。


 しかも日が暮れてしまえばほぼ見つけられることはない。

 それどころか俺も一緒に迷子になって「助けて~!」と無様な醜態を晒すことになってしまう。


 ……が、行くしかないのも事実。

 せめて森の奥まで行かないでいてくれと願いながら、俺は気落ちしつつ薄暗い森の中へと足を踏み入れた。



――



 ……はい、迷いましたと。

 ここどこ?

 当たり前だが一面木、木、木で一切代わり映えのない景色が広がっていた。


 今更だが目印ぐらいは付けるべきだった。

 日が暮れたらその目印も何の効力も持たなくなってしまうにしても、もう既に遭難してしまってるため引き返すことすら出来ない。


 唯一の救いは城塞都市な関係上、必ず何処かで城塞に阻まれることだろうか。

 城塞を見つけてしまえば逆方向に進めば三番街に辿り着くはずだ。


 まあ結局メイトを見つけないと本末転倒なんだけど。


「一人で探しに行くとかカッコつけないでユリアでも連れてくるべきだったな……いや、きっとあいつも森に入ったことはないだろうし遭難者が一人増えるだけか」


 そもそも本当にメイトは森に入って行ったのだろうか?

 もしもある程度落ち着いたら帰って来ようという真面目な奴だったら、案外教会近くの茂みでうずくまっているだけかもしれない。


 俺が迷っている内に教会に帰って来てたら、今度は俺を捜索する羽目になるわけか……さすがにそれは羞恥で死ねるな。


 多分成仏出来ないかもしれない。


 そんな現実逃避し続けるわけにも行かず、とにかく一度決めたことを曲げてしまうのは俺のポリシーに反するということで重い一歩を踏み込んで足場の悪い森路を進む。


 既に体感二時間以上が経過している。

 日も落ち始め本格的に焦りと寂しさを抱いていた時、ふと視界を埋めていた木々を超えた先に白い影のようなものが視界に映った。


 ……何か、いる。

 木の下にしゃがんで何かしている白ローブの人物が見える。

 フードを被り、しかも背面のためどんな人物かはわからない。


 というかこんな深い森で何かしてるなんて怪しすぎる。

 だが今の状況で話しかけないという選択肢はない。

 もしかしたらメイトについて何か知っているかもしれないし、メイトに何かした可能性も捨てきれないのだから。


 ゆっくりと近付く。

 それでもその人物は俺に気付くことはなくぶつぶつと何かを口にしていた。


「んもぉー意味わからん……なんで話しかけただけなのに怒られなきゃあかんのん……? もう二度と声かけんわ。一生引き籠ろ……」


 よくわからないが何か言っている。

 声質的には女性……だろうか?


 だいぶ近付いたがまだ気付く気配はない。

 さすがにもう目の前まで到着してしまったので大人しく声を掛けることにした。


「あの……何してるんだ?」


「――ひっっ!?!?」


 急に肩を叩いたらビビられると思うので普通に声を掛けたのだが、それでも目の前の女は盛大にビビり散らかし反射的に後退しつつこちらを振り向いた。


 驚愕を顔に貼り付けてはいるが、そこで初めて女の顔を見ることが出来た。


「……――っっ! 《アイシクル》!!」


「え、うおお!?」


 だが俺の顔を一度見たにも関わらず……いや、むしろ見たからこそ少女は手を俺へとかざした。


 そこから出現したのは無数の氷。

 なんと彼女は何の躊躇いもなく初対面の相手に魔法を放って来た。


 大きくバックステップして距離を離し、襲い掛かる氷の刃を必死に回避していく。

 剣を抜く暇すらない。

 そしてこの女も執念深く俺を仕留めようと狙って来ていた。


 何故だ。

 俺はこんな顔をした淡紅色の髪を持つ少女に見覚えなんかない。


「ちょっ!? おい待て! 急にっ、なにすんだっ……!!」


「その髪色……天使やろ!」


「――っ!? 天使のこと知ってるのか!?」


「当たり前や!」


「ちょおっ!?」


 この世界に白髪を持つ者が天使だとわかる存在がいるとは思わなかった。

 天使のことを知っているのであれば、それは俺にとって何よりももとの世界に帰るための第一歩になる事柄だと理解できる。


 こんな状態じゃなければな!


「待て待て待て! 確かに俺は天使だが、俺にはあんたがキレ散らかす理由なんて皆目見当も付かないんだけど!?」


「しらばっくれんな!」


「だから何の――っ!?」


 無数の氷を避けるだけならいい。

 だが森路なためこのフィールドは非常に足場が悪かった。


「――うっ!?」


 ――そのため気付いた時には既に遅く、俺は地面に飛び出ていた木の根っこに足が引っ掛かりそのまま後ろへ転倒してしまう。

 そして降り注ぐ氷の刃が俺の服のみを貫き、俺と地面を固定させた。


「《アイシクル【槍(ランス)】》……」


 少女が俺を見下ろしている。

 そして射出していた氷よりもより長さのある氷の槍を作り出していた。


「お、落ち着けって。話せばわかる」


「……」


「ま、まずは自己紹介からしようぜ? な? 俺はメビウス・デルラルト。この三番街にある【セリシア教会】に聖女様と共に生活している天使だ。君の名前を、聞かせてほしい……なんつって」


「……ふざけてるん?」


「そ、そんな怖ぇ顔すんなって……あんたは三番街の住民じゃないのか? 住民なら俺の話も聞いてるはずだろ……?」


「……確かに、聖女様の教会にクソ野郎が侵入して来たっていう話は聞いたことがあるけど」


「そ、それそれ。それが俺なんだよ」


 ……どうだろうか? とりあえず三番街の住民であればセリシアの名前を出せば敵ではないとわかってくれると思い、こんなことを言ってみたのだが。


 ていうかあいつら、先入観で俺のこと貶し過ぎだろ。

 誰がクソ野郎だ。


「……」


 少女は考え込むようにこちらをジッと見続けていた。

 幾分戦闘経験が乏しいため魔法使い相手は分が悪い。

 どんな魔法があって、どういう挙動をするのかがわからない以上、完全な敵でないなら無理して戦わないべきだ。


 だから俺も待つ。

 最後の最後まで、少女の判断に身を委ねるために。


「……一応はわかった」


 そして幸いにも少女は矛を収め、拘束していた氷を消失させてくれた。


「自分を信じるわけじゃあらへんよ。うちにとって天使は信じられないんや。あくまで信じるのは聖女様だけやからな」


「お、おう? さんきゅー」


 手を差し伸べてはくれなかったので、俺は自力で立ち上がる。

 当たり前だが、どうやら完全に警戒を解いたわけではなさそうだ。

 その証拠に一向に謝る気配がない。


 天使を知っているのはとても有難いが、だとしても今回に限っては天使というだけでこんな目に合わされたわけで個人的にはたまったもんじゃない。

 彼女には是非とも天使という一括りで考えるのではなく、一個人として扱って欲しいものだ。


 ……いや、俺も初手で魔族と出会ったら無害かどうか考えはしないか。


「それで……教会の人間がこんな森に何しに来たんや? もうすぐ日が暮れるで」


「ああ実はな。うちの教会の子供の一人……メイトっていうんだけど、そいつが出て行ったきり帰って来ないんだ。あんた、深緑の髪色の子供見てな」


「うぐうっ!」


「えっ……どうしたんだよ」


 先程まで俺の心の内を暴こうと嫌な視線を向けていた少女だったが、メイトの話をすると言い終わる前に急に地面に座り込んで蹲ってしまった。

 呆然とする俺を気にする素振りもなく、少女はどんよりとした雰囲気を醸し出している。


「ははっ……その少年なら見たことであるで。見たことあるっていうかさっき見たばっかやけど」


「本当か!?」


「勘違いしないで欲しいんやけど、子供がこんな時間に泣きながら走ってたからちゃんと声は掛けたんよ。けどまぁ『うるさいおばさん!』って……はあ、引き籠りたい。うち何か悪いことしたんかなぁ?」


「ああ……まあ、どんまい」


 なるほど。

 だからさっきもしゃがんでいたのか。

 どうやら何かしていたわけではなく、落ち込んでいただけらしい。


 しかし先程は急に襲い掛かって来て怖い奴としか思わなかったが、メイトに何か言われただけでへし折られるメンタルの持ち主だと知ると何だか妙な安心感を抱いた。

 そもそもメイトにきちんと話しかけたというのだから、根は悪い奴ではないことは良くわかる。


 ……しかし、メイトを見たのか。


「なあ、あんたってこの辺の立地には詳しいのか?」


「……まあ、それなりには。ここは魔素を多く含んだ素材が多く手に入るからよく来るんよ」


 そう言われ見てみると、確かに少女には少し大きめの肩掛けバッグを持っていた。

 であれば、このまま俺一人でこの森を捜索するよりも時間を大幅に短縮出来るかも知れない。


 もうすぐ本格的に日が沈み始める頃合いだ。

 俺は明かりを放つ装備を持っていないし、このままでは第二の捜索隊が編成されてしまうだろう。


 俺自身まだ完全に警戒を解けていないが、ここは素直に手伝ってもらおう。


「だったら、メイトを探すのを手伝ってくれないか? 聖女様にとっても大切な子供の一人なんだ。このまま見つからなかったらきっと大騒動になる。だから、頼めないか?」


「え、いやや」


 ……ん-この野郎。


「一応聖女様の教会に住んでる子なんだけど……」


「こんな深い森の中で野蛮な男と一緒に行動するとか正気の沙汰じゃないやん。うちは自分の身体は大切にするタイプやねん」


「おばさんって呼ばれたくせにか?」


「しばくぞ自分!」


 どうやら既にメイトとの一件は彼女にとってだいぶ心にきたことらしい。

 だが俺もユリアやパオラに『お兄さん』ではなく『おじさん』と呼ばれたら憤死する自信があるから、あまり女の子にそういうことで揶揄うのは良くないか。


 実際問題フードを被ってるせいで近付かないと大まかな顔立ちは分かりづらいが、かなりの美少女だし。

 メイトもきっとただの勘と怒りからそう口走ってしまっただけだろう。


 とにかくだ。

 同情はするがそんなことで断られてしまったらセリシアとの約束を果たせなくなってしまう。

 それだけは何としても阻止しなければならない。


「だったら善良な市民である俺を攻撃した詫びを今返せ」


「うっ。まあ、探すのは構わへんけど……けどその代わり、次その子におばさんって呼ばれたらうちは自分も置いて帰るからな」


 いやメンタル弱すぎだろ。

 ていうか『自分』ってもしかして俺のこと言ってんのか。

 何語なんだろう?


 だがそれでも先程俺を攻撃したという事実は効いたようで、少女も謝りはしないものの若干の否を感じていたらしい。

 案外すんなりと事が運んだので俺は心の中で安堵した。


「わかった。俺からもメイトに言っとくよ。それじゃあしばらくの間よろしく頼む。……ていうか、俺自己紹介したんだけど」


「……テーラ・マジーグ。三番街の外れにある『魔導具店』を経営してるただの一般市民や」


 彼女の名前はそういうらしい。

 一般市民があんな強力な氷魔法を扱えるのであればこの世界の戦闘レベルはかなり高いことになるのだが、本当にみんなあんな感じなんだろうか。


 だとしたら案外あの時非教徒に勝てたのは案外偶々だったのかも知れない。

 今更ながらあの時イキり散らしてた自分が反撃されなくてよかったと安堵する。


「行くんだったらさっさと行こか。その子がどこまで行ったかはわからんけど、急がないと森の中は危険やで」


「……! ああ」


 テーラから催促の声が上がり、思考を現実へと引き戻す。


 そうだ。

 一刻も早くメイトを見つけなければならない。

 せっかく天使嫌いだというテーラも協力してくれるというのだ。

 このまま見つかりませんでした、では許されない。


 メイトに、お前を気にかけてる人はたくさんいるんだと理解させるために。

 俺はテーラの先導と共に足場の悪い森路を再度進み始めた。

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