第2話(4) 『悪役を演じる』
何事かと全員が視線を向けると、誰かを探しているかのようにきょろきょろと辺りを見回すメイトの姿が見える。
そしてその視線が俺へと向けられた時、メイトの表情は憎悪に近い程に怒りで顔を歪めてこちらへと走って来た。
「お前……!! ふざけんなよ!!」
「ど、どうしたのメイト兄……怖いよ」
「ユリアたちはそいつから離れろ。早く!!」
「「「「……」」」」
メイトのあまりの気迫に何も言えなくなってしまったのか、ユリアたちは立ち上がりいそいそと俺から離れていく。
子供たちが離れるのを険しい表情で待っていたメイトだったが、離れ終わると怒りの籠った目で俺を睨み付けた。
後ろからはセリシアが追いかけてきている。
「……そんな怖い顔してどうしたんだよ」
「どうした……? お前、聖女様になんか言っただろ!」
「話の要領を得ないな」
「さっき聖女様がオレに言ったんだ。『少し焦り過ぎていたかもしれない。オレの思うように生きてくれたらいい』って」
「……良い言葉じゃないか」
「ふっざけんな……!! 今まで聖女様はこんな突き放すような言葉言わなかった! 教会にオレがいてくれて助かってるって、みんなを守ってくれてありがとうって、そう言ってくれてたんだ! それをお前が……お前が来てから!!」
メイトの瞳には、憎しみが宿っている。
やはりセリシアの懸念していた通りだった。
メイトは教会に自分の居場所があるということが、何よりも心の支えになっていたのだと俺は気付く。
セリシアに必要とされている。
子供たちに兄として必要とされている。
それがメイトにとって何よりも大事なことだったんだ。
ならばそこまで必要とされることに、拘る理由はなんだ。
「ユリアも、最近はお前の話ばかり……パオラも、カイルも、リッタまで! お前がいなければ、オレは……オレは……!」
「ま、待って下さい! メイト君はこの教会に必要です! そんなの、当たり前じゃないですか!」
「でもオレは! 非教徒からみんなを守ることが出来なかった!!」
「――っ」
「オレは、守れなかった……けどコイツは守れた! みんなに必要とされていた!! だったらオレは……オレのいる意味が……」
やはり依存してしまっている。
これでは俺の予想していた通りの人生になってしまう。
そしてこの様子だと俺という異分子が介入してしまったせいで、俺よりも酷い、大切な人の言葉すら信用出来なくなってしまうだろう。
現にこの世界にとって何よりも大切な聖女の言葉ですら、今のメイトは信じることが出来なくなってしまっていた。
聖女様はメイトではなく、メビウスだけを頼るのではないか。
家族だと思っていたユリアたちもいつか自分を見捨てるのではないか。
そんなありもしない未来に怯えて、いつか誰も信じられなくなってしまうだろう。
……それが俺のせいなら、この状況を甘えたせいで作り出したのも、俺だ。
面倒くさいとすら思う。
本当に面倒くさいクソガキだと思う。
でもそのクソガキにこんな不安を抱かせてしまっている俺の方が、本当に救いようのない愚かなクソガキだ。
「……お前の言いたいことはわかった」
「……」
「メビウス君……」
不安そうな目でセリシアは俺を見ている。
その後ろにいる子供たちも、だ。
……よくないな。
自分の尻ぬぐいは、自分でするべきだ。
……嫌われ役、演じてやるよ。
「わかったからこそ言わせてもらう。お前みたいなガキに何が出来るんだ?」
「――ッッ!!」
「――っ」
全員が、驚愕の目でこちらを見ていた。
だがメイトに至っては、まるで図星を突かれたようにグッと口を強く結んでいる。
「お前は子供だ。大人には勝てない。大人が持つ権力もなく、大人が持つ発言力もない。剣を持っているというのに非教徒の真剣にビビり、臆病風を吹かせて結局は守るはずだった聖女様に守ってもらう始末。……なあ、何が出来るんだよ」
「そ、それは……」
「メビウス君っ!! 駄目ですよ!」
「聖女様は黙っていて下さい」
「――っ!?」
ここまで強く言ったのは初めてだ。
俺の言葉に驚いたセリシアは硬直し、そのままぎゅっと手を結んでいる。
……ああ、こんなこと言いたくなんかなかった。
居候の身で何を言ってるんだって話だ。
でも、これは守りたいと思う男同士の言葉なんだ。
実際に俺の言う通りになってしまった聖女に、メイトはもう一度守られるわけにはいかないんだ。
「お前、俺が怖かったんだろ。俺に自分の立場を脅かされるのが怖かった。だから排除しようとした。だけどそれは出来なくて、せめて子供たちだけは傍にいて欲しいって思っても、自分の醜態と俺の行動によってそれも強く言えなくなってしまった。……自信がないんだ。お前は自信が無くなっている」
「……だからなんだ! でもお前がいなければこんなことにはならなかった!」
「そうだな……みんなお前に気を遣って、意味がないと思いつつもお前を頼っていたかもな」
「――ッッ!!」
きっと今の言葉は、メイト自身わかっていても逃げ続けていた言葉だ。
でも目を逸らし続けちゃ駄目なんだ。
逸らし続けていたら、俺もコイツも、きっといつまでもすれ違い続けてしまう。
俺がいなくなればいいだけの話かもしれない。
俺がこの教会からいなくなれば解決することなのかもしれない。
でもせめて、いなくなるならせめてメイトの今の状態だけは何とかしてあげたい。
今までメイトに苦悩を抱かせていたのなら、最後まで苦悩を持たせて、晴れた気持ちでいさせてあげるべきだ。
「くっ……くぅ……!!」
メイトは……泣いていた。
強く手に持つ木剣を握り締めて、悔しそうに顔を歪めながら目に涙を浮かべていた。
それが……父さんを失った時の、あの日の俺に似ているんだ。
あの日の、無力さを抱いていた自分に。
ああ……本当に嫌になる。
「――っ!」
「――! メイト君っ!!」
耐え切れなくなったのか、メイトは腕で顔を隠して正門の方へ飛び出して行ってしまった。
セリシアが静止の声を上げるもメイトが止まる気配はなく、そのまま正門を開けて外へと出て行ってしまう。
すぐに追いかけなければならない。
昼はもう終わっていて、これから日が沈んでしまう時間帯だ。
こんな森がたくさんある場所で子供が見つからないとなれば、大変なことになってしまう。
「俺が探しに行きます」
「メビウス君……」
「……すみません聖女様。わかっていても、俺にはこんな方法しか出来そうにありませんでした。これが終わったら……ここから出て行きます。だからそれまで、俺を信じてくれませんか」
嫌われてしまっただろうか。
今まで平穏に暮らしていた世界を、壊してしまったのは俺だ。
きっと幻滅してしまっただろう。
「……はいっ、信じますよ」
でもセリシアは……聖女様はそれでも俺を信じてくれると言ってくれた。
「私にはどうすることも出来ませんでした。本当は言わなくてはいけないことも、ずっと言えずにいました……だからメイト君のこと、よろしくお願いします。出て行くなんて言わないで下さいっ」
「聖女様……」
「森は狂暴な動物が出てくる可能性があります。今メビウス君の剣を取って来ますね!」
「……ありがとうございます」
俺はなんでこうも他人に甘えてしまうんだろうか。
本当に堕落してしまっている。
自分から堕ちて抗うこともせず、相手に判断を委ねようとしていた。
でも今は、セリシアの言葉に感謝する。
頭を下げて頼み込んでくれたセリシアの想いを、有難く受け取っておく。
そうしてセリシアは俺の聖剣を取りに行くために急いで教会へと戻って行った。
残されたのは戸惑いの表情を浮かべている子供たちだけだ。
唯一ユリアだけは、何だかスッキリとした表情をしていた。
「……お前たちもごめんな。もっと上手くやれれば良かったんだが」
「そんなことないよ。私もメイト兄はこのままじゃ良くないなって思ってたもん。私たちだって守られるだけは嫌なのに、たった一歳違うだけであんなに必死になってさ。別に無理してまで守ってほしいなんて思わないよ」
そうか。
だからユリアはメイトに対して不満を感じていたんだ。
ユリアからしてみれば男女の差はあっても、メイトはたった一歳しか違わないほぼ同年代の少年だ。
そんな少年が必死になって過ごしている姿は、きっと何かしら思うことがあったはずだろう。
「だからメイト兄を助けてあげて。きっとお兄さんなら何とか出来るよ」
「……ああ」
ユリアに託される。
それは彼女もまた、俺を信じてくれたことと同じだ。
「メビウス君っ……! も、持ってきましたっ!」
教会から聖剣を持ったセリシアが危ない足取りでこちらへとやって来ていた。
そういえばあんな華奢な身体では重い剣を持ちながら歩くことは厳しいだろう。
すっかり忘れていた。
これでまた転ばれたらたまったもんじゃない。
すぐさまセリシアの傍へと駆け寄って聖剣を受け取る。
「ありがとうございます、聖女様。それでは行ってきます」
「はいっ、お気をつけて!」
感謝の言葉を伝え、俺は踵を返して正門へと走った。
その後ろで、子供たちによる大声が耳に届く。
「メイト兄をよろしくねー!」
「「「頑張ってーー!!」」」
期待されている。
これで見つからなかった、なんてことはあってはならなくなった。
数時間もしないうちに日は落ちてしまうだろう。
タイムリミットは日が落ちきるまで。
一刻も早く見つけなければならないという緊張感を抱きながら、俺は行く宛もなく走り続けた。
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