第2話(3) 『子供たちと話して』

 余談だが、聖女が持っている『聖書』は突然神の声が聞こえ聖女として選ばれた際に、空から降ってくるものらしい。

 ふと疑問に思って聞いた所、そんな回答が返って来た時はさすがの俺も驚いてしまった。


 まあそんなことはどうでもいい。

 セリシアとの勉強会が終わった後少しの休憩を挟んで、俺は庭へと移動した。


 教会から出てみるとやはり子供たちで元気よく遊んでいる姿が見える。

 その中にはメイトの姿もあって、クソガキという先入観さえ除去すればやはり立派な兄にしか見えない。


 ……あんま邪魔するのも良くないか。

 そもそもメイトの目の前でメイトの話をするわけにもいかない。


 なので仕方なく俺は庭でのいつもの定位置である木の下に寝転がり、腕を枕にして仮眠を取ることにした。

 さっき休憩したばっかだが、何やかんやセリシアの家事を手伝ってたし、俺にしてはよく頑張った方だ。


 もし俺にステータスがあったら1日の労働時間は既に上限を超えてるに違いない。


 日陰の中でそよ風が吹き、丁度良い温度が心地よい眠りを誘う。

 こんな姿を三番街の誰かに見られたりでもしたら、今度こそ終わるなと思いつつ睡魔には勝てないわけで。


 おれはゆっくりと眠りに意識を手放した。



――



 ……頬に、何かが触れている感覚がある。


 少しだけ身体をよじってその不可解な感覚から逃れようとするが、何故かむしろその感覚は強まり、今度は左右の頬からツンツンと何かが沈み込んだ。


 さすがに鬱陶しすぎるので朧気だった意識も完全に回復してしまい、俺はゆっくりと目を開ける。


 視界に映るのは、俺を囲むようにして指でちょんちょんと悪戯してるユリアとパオラ。

 そしてその後ろには覗き込んでいるカイルとリッタの姿まであった。


 目を開けても尚起きる気配のない俺に何を思ったのか、ユリアがカイルとリッタにこそこそと何かを伝えているのが見える。


 そしてカイルとリッタは俺に近付き、大きく息を吸い込んでいた。


 ……いやな予感がする。


「「――起きてーー!!」」


「……うぅ」


 寝起きに響く子供特有の甲高い声。


 俺らしくもない情けない声を上げながら顔を顰め、仕方がないのでのそのそと身体を起こすことにした。


 それを指示したであろうユリアがニマニマと小悪魔的表情を浮かべているので、とりあえず恨めしそうにジトっとした目を向けてみる。


「おはよ。だらしないね~お兄さん」


「お、おはようございますお兄さん」


「シロお兄ちゃん! おはよー!」


「おはようシロ兄! 風邪引いちゃうぞ!」


「……起きてんじゃん」


 やはり子供が揃うとぎゃーぎゃーと一気に騒がしくなる。


 身体を揺さぶってくるカイルとリッタの魔の手から逃れるように起き上がり、眠気から解放されるために軽く目を擦った。


 子供たちとは最近ずっとこんな感じだ。


 非教徒を退けてから、ユリアがこっちに来るとそれに追従してパオラ、そしてカイルがついて来ることが増えていた。


 パオラも少しずつ慣れてきたようでテンパっていた姿を見せることは少なくなって来たし、カイルからも『メビウス兄』と呼ばれるようになっていた。


 が、どうやら『メビウス兄』は長くて呼びづらかったらしく、最近は俺の白髪から『シロ兄』と呼ばれ落ち着いている。


 リッタもその流れで他の子供たちについて来ることが多くなった。


 元々リッタは俺に対して警戒心は抱いていなかったので、比較的馴染むのが早かったし、カイルの影響で呼び方も『シロお兄ちゃん』で確定している。


 そういうわけで、大体俺が庭にいてメイトが庭から離れると子供たちはこぞって俺の方へと来るようになっていた。


 この状況もメイトを除け者にしているようで、早い所メイトとの仲を良好にしなければならないと思う理由の一つとなっている。


 胡坐をかきつつ木の幹に寄りかかると、子供たちも揃って傍へと寄り添いながら地面に座り込む。


 服が汚れるのが嫌なユリアと最少年のリッタは俺の膝に腰を下ろしていた。


「ねえシロ兄! また木登り対決しようよ! 今度こそてっぺんまで登ってみせるからさ!」


「リッタもしたい! 肩車して!」


「やだよ、あれセリシアに怒られるんだもん。あれやってそれとなく注意された後、しばらくセリシアに監視されるんだぜ? 申し訳なくなるわ」


「「えー」」


「じゃ、じゃあ花の腕輪作りの続きしませんか? カイル君に邪魔されちゃったし」


「だってあんなのつまんないじゃん!」


「つ、つまらなくないよ!」


「木登りの方が楽しいし!」


「危ないって聖女様に怒られたよ!」


「わぁま~た始まっちゃったね~」


「お前ら、落ち着けって……」


 まあいつもこんな感じである。


 俺がいるからかいつもストッパーの役割を担うユリアはのんびりと面白そうに傍観しているし、カイルとパオラはいつも軽い言い争いを起こす。


 俺はエウスや姉さんとこういった喧嘩をしたことがないのでどうしたら解決するのかがわからないのだ。


 結局カイルとパオラを左右に座らせ、言い争いの距離から離すぐらいしか解決策がない。


「ていうか、お兄さんが庭で昼寝なんて珍しいじゃん。最近は三番街の住民に認められなくちゃいけないんだ~って勉強ばっかしてるのに」


「俺だって勉強したくてしてるわけじゃない。三番街の奴らが最早狂信者だから仕方なく……て、そうだった。お前たちに聞きたいことがあったんだ」


「聞きたいこと?」


 そうだ、そういえばそれを聞くためにわざわざ庭へとやって来たんだった。

 子供たちは首を傾げて俺の次の言葉を待っている。


 ……しかし、本当に聞いていいのだろうか。

 今まではむしろ何も聞かなかったからこそこんな関係を築くことが出来たんだと思う。


 でも、それはやっぱり歪な関係性だ。

 セリシアですら子供たちの過去を知らない。

 それを……よりにもよって出会ったばかりの俺が聞くというのは、きっとお門違いなのだと思う。


 だからといって知らないまま時を過ごして、メイトがいなくなってしまうことをきっとセリシアは望んでいない。


 俺も、あいつはクソガキだがきっと優しい子だということはわかっている。


 ――だったら、せめて汚れ役は俺が引き受けるべきだ。


 ごくりと唾を飲み込んだ。


「メイトのことだ。あいつがどうしてみんなを守ろうとしているか。それをお前たちに聞きたい」


「……! だめ!」


「「……」」


「お兄さん……聞くのはよくないって言ったじゃん」


 やはり全員の反応はイマイチだった。

 全員が顔を見合わせ、困ったように眉を潜めている。

 リッタに至ってはみんなから言われているのを律儀に守っているからかぷくっと頬を膨らませていた。


 ……それでも。


「俺は、メイトとも仲良くなりたいって思うんだ。これは取り繕った言葉なんかじゃなく、本心だ。あいつはお前たちと変わらない子供なのにああやっていつも木剣を振っていた。俺がいなかったらあいつが最年長の男だから躍起になるのはわかる。でも、それだけじゃない気がする。あいつからは何か強い焦りのようなものを感じるんだ」


 あの感覚は、よくない。

 昔の俺とよく似ている。

 父さんが死んで、姉さんも就職して帰って来れない日が続いていた時の、エウスだけが心の拠り所だった時の俺と。


 教会に依存している気がするんだ。

 何の力もない12歳の少年が、だ。


 あれはいつか自身を破滅へと導いてしまう。

 そう遠くない内に俺と同じ未来へと辿り着いてしまう。


 こんな腐った俺みたいな奴に、あんな子供はなって欲しくない。


「きっとお前たちも知っていると思うが、あいつはあと一年程で教会から出て行かなくちゃならないそうだ。確かに子供同士でしか話せないこともあると思う。けど俺はともかく、少なくとも大切な聖女にまで隠し事をしてちゃ駄目だ。それは……わかるだろ?」


「……?」


「「……」」


「……そうだけど、私達が決めるわけにはいかないよ……メイト兄を裏切るわけにはいかない」


「……まあ、そりゃそうか」


 やっぱ駄目みたいだ。

 確かにここ最近よく遊んでいるからといってぺらぺらと喋ってしまうような薄っぺらい絆なわけがないわな。


 きっとメイトも裏切られた気分になる。


「そうだな。忘れてくれ。単純に気になったんだ」


「うん。お兄さんも、もっとメイト兄と話した方がいいよ。メイト兄もお兄ちゃんとしてみんなを守ろうとしてるだけなんだから」


「……聞く耳持たずって感じなんだけど」


「それはまあ……私もちょっと真面目過ぎるなぁって思うけど」


「兄ちゃんは優しいよ!」


「うん……お兄ちゃん、嫌いな物も食べてくれるよっ」


「リッタはお兄ちゃん大好き!」


 こうやってなんだかんだみんなはメイトを必死に庇っている。

 それだけであいつがどれだけ慕われているかがよくわかった。


 ……羨ましいな、ホント。

 ここまで支えてくれる家族がいるなら、もしかしたら俺の杞憂なのかもしれない。


 何だか離れ離れになってしまった家族が恋しくなってくる。

 所謂ホームシックって奴なのかもな。


 もしかしたらメイトではなく、俺がメイトから逃げていただけなのかもしれない。

 本当は俺から寄り添うべきだったんだ。

 一度だけで諦めるのではなく、外堀から埋めようという小癪な考えなどせず、真正面からメイトを受け止めるべきだった。


 自分の否を認めよう。

 子供たちの言葉は俺の心に深く沈み込んだ気がした。


「……わかった、お前たちの言う通り、ちゃんと話してみる――」


「メイト君っ!!」


 受け止めようと、そう思った時――突如扉が強く開かれた音と共にセリシアの焦った声が耳に届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る