第2話(2) 『孤児院の意味』
……と、こんなことがありつつ、俺は今の自分の役割を成そうと、そう思ったんだ。
だから今日もまた自室にて、セリシア先生監修のもと聖女についての勉強会を開いている。
これが神のための授業だったら、俺はこんな素直に椅子に座ろうだなんて思わなかっただろう。
神は嫌いだ。今も尚信じることは出来ない。
けれど、聖女を信じることは出来る。
神の力ではなく、聖女の力としてのフィルターで見れば自分の行動に納得することが出来た。
というわけで、今日の講義は『教会について』である。
「聖女には帝国から一人一つ『教会』を頂くことが出来ます。この教会で生活を行い、聖神ラトナ様を信仰する信者の方々と交流を深め、聖女としての務めを果たすのが基本です」
「教会
「孤児院としての機能を持つ教会は城塞都市【イクルス】にあるものだけです。他の街では通常の孤児院が経営を行っています。……帝国では世界中の12歳未満の子供からランダムに子供が選ばれ、この【イクルス】に孤児として送られて来るのです」
「……何のために?」
「……幼い頃から聖女と共に暮らし、他の聖職者には出来ない聖女の手助けをすることで、純粋かつ神聖な子へと育ってもらうためです」
……それはつまり、結界を自由に通り抜けられる人材を育成しているということだろう。
帝国に選ばれた『聖神騎士団』や聖職者ですら通ることが出来ない結界だ。
その教会で成長し、結界を通り抜けられる子供を帝国側に引き込めば、何かしらの利点があるのだろう。
そして【イクルス】にのみ送られる理由として考えられるのは……この街には信者しかいないからか。
「本来であれば、子供たちは本当の家族と幸せに暮らすべきなんです。それを強制的に引き剥がすだなんて神様がお許しになるはずがありません。……ですが聖女が神と共に生きているように、人としても生きている以上多大な支援をして頂いている帝国に強く言うことは出来ません。聖女として、不甲斐ない限りです……」
そう言ったセリシアの表情は暗く、申し訳なさそうに目を伏せていた。
確かに誰も幸せにならない話だ。
子供たちがここにいて不幸だと思ったことはないとしてもだ。
家族と過ごすことの大切さは俺も深く、とても深くわかる。
例え今の環境に慣れていたとしても誰もが自身で選んだ未来ではなかったはずだ。
そう思うと、俺もあの子供たちについて少々情のようなものが芽生え始めているような気がした。
「選ばれた子供たちが教会孤児院へやって来ると、12歳を超えるまで聖女の傍で遊び、学び、成長していきます。13歳になった日に子供ではなく少年として認められ、帝国に戻り帝国側が提案した職へ就くか本来の家へ帰るかを選択するそうです。そして結界を通り抜けられる人材が生まれたら、その教会孤児院にて聖職者として働くことが強制されてしまいます」
まあそうなるよな。
帝国が求めているのは結界を通り抜けられる人材だけだ。
通り抜けられないのなら、立派な信者として勝手に人生を謳歌してくれということのなのだろう。
しかし13歳になったら出て行かなければならないのか。
13歳なんてまだ子供だ。
エウスより年下じゃないか。
ほとんどの子供が実家に帰ることを選択する気がするが、中には事情を抱えた家庭もあるだろうしそれを考慮しての職業選択なのだろう。
そう考えると帝国側もある程度の補填はしているように思う。
だが13歳か。
13歳と言えば……
「じゃあメイトは来年には出て行かなくちゃいけないんですか……」
「……はい。私個人としては、メイト君はまだこの教会にいるべきだと思います。メビウス君も知っての通りメイト君はとても正義感の強い子です。教会のために頑張ろうとお手伝いも積極的にしてくれて、教会を守ろうと身体を鍛えてくれて。ですがメイト君には、それしか頼るものが無くなってしまっています」
確かにメイトはよくセリシアのことを手伝っていた。
料理をする際はいつも手伝いを買って出て、洗濯や掃除、リッタの子守まで必要であればいつも何かしら動いていたように思える。
そして手伝うことが無くなった時間はいつも庭で木剣を持って素振りしていた。
そんな時でもリッタの遊び相手になったり、注意を引こうとするカイルにわざと乗っかったり、ユリアとパオラには兄として接したり。
ユリアは若干反抗気味な気もするが、奴らがメイトの言うことを聞こうとする理由が最近ようやくわかってきたところだ。
もちろん俺はその時大体庭でぐーすか寝ていたし、手伝おうとしたら威嚇されたので年上の男としての威厳が既に消失してしまっていたりするが。
俺にはすぐに突っかかってくるクソガキだが、とてもしっかりした子だと思う。
というかファーストコンタクトがあってから向こうから避けていて共存出来ているし、むしろそこそこ大人だとすら思える。
だからセリシアの言う「頼るものがそれしかない」というのがイマイチピンと来ずにいた。
「帝国の求める人材としては、その方が良いのでは?」
「確かにそうですが……でも、私は子供たちにもメイト君も自由に自分の好きなことのために生きて欲しいんです。他の子は自分の好きなことをやっていて、応援したいとさえ思えます」
セリシアは言葉を続ける。
「昔、メイト君に聞いたんです。自分のやりたいことをやって下さい、と。私のことは気にしなくて大丈夫だからと。……しかしメイト君から帰ってきた言葉は『これがやらなきゃいけないことだから』でした」
「……ふむ」
確かに、毎日幸せに生きていたはずのあの年頃の少年が思うにしてはいささか脅迫概念に囚われているとすら思える。
しかし俺としてはメイトの行動に対し、絶対的な否定をすることが出来ずにいた。
何故なら俺の12歳の頃と言えば、父さんがガルクに殺され、必死に残った家族のために生きようと誓った時期だからだ。
姉さんはすぐ自立していたので結局エウスにばかり固辞するようになったが、俺としてもメイトのその気持ちはわからなくもない。
それが何かを失った少年であれば、だが。
「その言葉には言いようのない覚悟がありました。それからは私もメイト君には何も言えなくて……三番街のみなさん以外の訪問があったら非教徒の方以外ですら攻撃してしまうことも、やらなきゃいけないことと言われたらどうすることも出来ず。メビウス君との時だって……自分が本当に情けないです」
最近自虐ばかりだが、それ程までに子供たちについて一人で悩んでいたということなのだろう。
今まで聖女として頼れる人などいなかっただろうし、こうして俺と話をしたことで本心を表に出してくれるというのなら喜んで聞き役になってあげるまである。
聖女だとしても、セリシアも俺とほとんど変わらない16歳の少女だ。
誰かに聞いて欲しいという本心は、決して抑えていいことではない。
だから「そんなことない」と、これまた励ましの言葉を言おうとしたところで。
「……ランダムで選ばれた?」
俺はふと、先程のセリシアの言葉を思い出していた。
……そんなことはないはずだ。
少なくとも、完全なランダムだとは思えない。
ユリアは言っていた。
『お互いに言いたくないことは聞かない』と約束していると。
ユリアがああ言うということは話し合ったことがあるか、子供たちでそれなりに感じ取るものがあったからということである。
全員が全員言いたくないことがあって、それが完全ランダムで選ばれた?
そんなわけがない。
帝国には何かしらの選出基準があるはずだ。
ということはつまり、メイトにももしかしたら何かしらの秘密があるのかもしれない。
それならメイトの言葉にも幾分納得出来るものがある。
「……ふむ」
結局のところ話を聞く限り、セリシアはメイトについて懸念を抱いているようだ。
俺としても、このままずっとメイトとだけ不仲というのは大人としてどうなんだという思いもある。
「あの時は私もメイトを煽ってしまいましたし、あれぐらいの年齢は大体気難しいものです。聖女様が気にするようなことではないですよ」
「そう、でしょうか……」
「私も12歳の頃は家族と幼馴染み以外近付く奴全員ぶん殴ってたから大丈夫ですよ! 私よりマシです!」
「そうな――え、そうなんですか!?」
昔の話だ。
父さんが死んでから変な慰めをする奴が増えたのもあり、当時の俺は荒れていただけの話である。
それに比べたらメイトなんて可愛いもんだ。
セリシアは驚きのあまり言葉を失っている。
これ、別に言わなくても良かったかもしれん。
「ま、まあ昔の話ですから。あと一年というのはあくまで帝国の要求です。メイトの人生はまだたくさんある。色々なことを経験して、失敗して……そうやって子供は成長していくものだと思いますよ」
「……確かに、メビウス君の言う通りです。少し、焦り過ぎていたのかもしれません。もう少し見守ってみようと思います」
「肩の力も抜いて下さいよ?」
「わ、わかっていますっ」
なら問題ない。
そもそもたった12歳の少年に完璧を求める方がおかしいというものだ。
俺ですら大人と胸を張って言いずらいというのに、12歳の少年がたった一年で成長出来てたまるか。
……けれど、セリシアにはああ言ったが、やはり俺と少し似ているからかメイトについては若干気になるものがある。
少し探りを入れてみるか。
ユリアに何か言われそうだが。
「では、話を戻しましょう。次は聖女の管理する『教会』での仕事についてですが――」
そんなことを思いながら、俺は気を取り直したセリシア先生の授業を聞く。
結局、合計二時間程付き合ってくれたセリシアに感謝しつつ、今日の勉強会は終わりを告げた。
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