第1話(15) 『平和な一面を守った先に』
とても充実したストレス発散だった。
完全な満足民と化し、俺は森を出て教会へと戻っていた。
結局奴らは気絶してしまったが、まあ起きたらすぐに逃げ出してくれることだろう。
本当は非教徒の持っていた真剣を使っても良かったんだが、血が服にでも飛び散ったら言い訳が出来なくなってしまうからさすがに自重した。
なので死んではいないはずだ。
「……!! メビウス君っ!」
軽い足取りで教会の正門を開くと、門の開く音を聞いてすぐに教会からセリシアが飛び出して来た。
一瞬だけ不安そうな表情をしていたが俺の元気な姿を見つけると瞬時に安心したように顔を綻ばせている。
それだけで殺さなくて良かったと安心してしまう俺も俺だが、とにかく不安にさせてしまったようで悪かったと思う。
「ね、聖女様。ちゃんと戻って来たでしょう?」
「……はいっ、もちろん信じていました!」
本当かなぁ。
疑問が顔に出てしまっていたらしい。
慌ててセリシアは言葉を紡ぐ。
「……う、嘘ではありませんよ! 聖女は神様から嘘を吐くことを禁止されていますから! ただ、心配してはいましたが……」
心配だけなら、確かに嘘ではないわな。
「とりあえず先程の非教徒たちと話し合いをして、もうここには来ないように言っておきました。強く言っておいたので恐らくもう来ないかと思われます」
「そうですか……非教徒の方々と言えど、神を信じるかどうかは個人の自由のはずです。決して迫害していい方々ではないと思っているのですが……」
だからと言って現実としてそうなってる世界で何の努力もせず、セリシアたちに当たるような人間は非教徒以前の問題だ。
別にセリシアが気に病むような奴らではないが、それも聖女の性なのだろう。
「ですが、メビウス君が無事で良かったですっ」
それでも非教徒より俺の心配をしてくれることが、地味に嬉しかったりするんだ。
「おにーさん」
そんなことを思っていると、セリシアに続いて教会から出て来たのはユリア。
その後ろにパオラと、カイルが続いているのが見える。
見た感じ子供たちがどこか怪我をしたとかは無さそうだ。
ほんの、ほんの少しだけ気にかけていたので心の中でホッと小さく息を吐く。
ユリアはからかうようにニマニマと笑みを浮かべていた。
「あんな大人たちを相手に煽るとかやるじゃん。しかも解決してくるなんて、普段だらけてるのに、そんな勇気があるとは思わなかったよ」
「普段はこういう時のために体力を温存していたんです。つまりあれは正当な休憩ということですね」
「……えっ、何その敬語。もしかして頭打っちゃった?」
「失礼過ぎるだろ……三番街の洗礼を受けたんですよ」
「ああ……なるほどね」
俺が三番街に行く前に言ったことを思い出したようだ。
三番街のメンツを思い浮かべたようで、ユリアは露骨に苦笑していた。
「でも聖女様にはともかく、私達には別に敬語なんて使わなくていいんだよ。歳も違うし、信者の人達も別に敬語にしてないしね。あくまで私達は居候だから」
「そうなんで――……そうなのか」
でもそうなるとセリシアと話した時に敬語が抜けてしまう場合が出てくる可能性がある。
が、俺もガキ相手に畏まりたくはないし、そうしていいというのならそうするべきか。
「お、お兄さんは、すごいと思います……! 私達を、助けてくれました」
ぴょこんっとベレー帽が目元を隠しながらも、俺を見上げてパオラがそんなことを言ってくれた。
パオラもどこかで見ていたのだろうか? あれだけ正門前で騒いでいたなら窓からでも見に来るか。
パオラが自分から来てくれるのはお風呂上り以来だが、きっとそれ程までにメイトたちが心配だったのだろう。
助太刀には来れなくても、不安だった気持ちはとても尊いものだ。
「だろ? お兄さんは最強なんだ。何かあったらいつでも頼っていいぞ」
「ほんとですか!」
「おう」
そう言うと、パオラは嬉しそうにはにかんだ。
……今回の件で、彼女からの友好度が上がってくれたのなら素直に嬉しい。
結局、人と仲良くなるには日々の積み重ねが重要なのかもしれないな。
そんなことを思いつつユリアとパオラに囲まれていると、その様子を微笑ましく見ていたらしいセリシアが近くにいたカイルへと視線を移していた。
ふとセリシアの視線を追うように目を向けると、カイルは何かを躊躇しているような様子で立ち尽くしていた。
「……っ」
「……カイル君、緊張しなくて大丈夫ですよ」
「――っ! うっ……せ、聖女様」
「そうだよ。さっきまで『あの人、大丈夫かな……』って言ってたじゃん」
「ユ、ユリア姉ちゃん!! 言わないでよ!」
ほう。
どうやら多少なりとも心配してくれていたようだ。
顔を真っ赤にしながらユリアへと詰め寄るカイルの姿を見ると、何だか微笑ましい気持ちになってくる。
「そうなのか?」
「……だって、俺のせいでああなったから」
「そんなことないと思うが」
どの道あの状況であればカイルがアクションを起こさずともセリシアは飛び出していたはずだ。
そして俺がストレスを発散させようと煽り散らかすのは決定していたし、むしろあそこでカイルが大怪我を負わなくて良かったとすら思う。
セリシアも俺の言葉に賛同するように柔らかな笑みを浮かべる。
「そうですよ。カイル君は何も悪くありません。むしろ家族を守るために身体を張ったことを、私は誇らしく思いますよ」
「……うん」
「やり方は間違ったかもしれんが、行動を起こしたことは褒められることだ。だから胸を張れ。無事に帰ってきた俺に、『よくやった』でいいんだよ」
「……よ、よくやった!」
しばし考えたようだが、カイルは意を決して顔を突き出し自分に言い聞かせるように叫んだ。
その姿はなんとも微笑ましく感じる。
俺以外のメンツも、恥ずかしがるカイルの姿を見て小さな笑みを浮かべていた。
平和な一面だ。
あんな非教徒などという野蛮な人間が犯していい場所じゃない。
きっとこれからもああいった輩はセリシアを狙って訪問してくるのだろう。
……その時、俺がいなくて大丈夫なのだろうか。
大丈夫なのはわかってる。
そのために三番街の住民や『聖神騎士団』がいて、この【セリシア教会】の平穏は守られている。
……けれど、今回はそうはならなかった。
本当に大丈夫なのだろうか。
カイルも、メイトがあと一歩助けるのが遅ければ悲惨なことになっていたはずだ。
傷が完全に癒えて、数日過ごすのに問題のないほどの準備が整ったら、俺はこの教会から出て行く。
あるかわからない天界に戻る方法を探すために、そして天界にいる危険な目に合っているかもしれないエウスを救い出すために。
けれど俺はほんの少しだけ、この教会から出て行くのを……躊躇してしまいそうだった。
「……っ」
そんなことを思っていたから気付かなかったのだろう。
教会の二階、その窓からこちらの様子を覗き込み。拳を強く握り締めている一人の少年の姿を。
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