第1話(14) 『咎人には断罪を』

 声が届かないぐらい森の奥まで連れて行かれると、この時が来たとばかりに非教徒は俺を木の幹へと押し付けてくる。


「おい、さっきはよくもまあクソみてーなこと言ってくれたなぁ」


「守ってくれる聖女が近くにいてイキっちゃったかクソガキ?」


「そんなわけないじゃないですか。ていうか、くせー息吐かないで下さい。加齢臭が漂ってくるので」


「……てめぇ」


 人間界に来てからずっと気を遣った生活を心がけていたからその反動で煽る言葉が止まらない。

 別に加齢臭など特にしないが、相手は見た目30代ぐらいの立派な大人だ。

 思うこともあるのだろう。


 やはり人を煽っている時が一番生を実感する。

 特に相手に先に攻撃をさせたい時などは怒らせることが目的なので発言を抑える必要もない。


「ていうかぁ。あんたらの方こそそのクソガキ一人を相手に二人で来ちゃって。数的有利でイキっちゃってるんですかぁ? ……なーんだ、臆病じゃん」


「ふざけてんじゃねぇぞ!!」


 ――来た。

 遂に短気過ぎる方が釣れて、感情に身を任せたストレートが俺の顔面に向けて放たれる。


 真剣を持っているくせに拳を使ってる時点で聖女からの反撃を恐れている証拠だ。

 そんな臆病者の思想などに負けるわけがない。


 姿勢を低くして回避する。

 非教徒の拳が俺の背後の木にぶち当たり、大きく呻いて反射的に腕を後退させた。


「――がっ!?」


 その下を這うようにして腕を引き、そのまま鳩尾にめり込ませるようにして反撃の右ストレートを一発入れる。

 相手がよろめいた隙に勢いを殺さずに左旋回からの回し蹴り。

 横腹に入った渾身の一撃は相手に受け身を取らせず転倒させた。


「調子に、乗んな!!」


 そして、ワンテンポ遅れて真剣を鞘から抜いたもう片方が大きく踏み込んで俺の足を狙って剣を振り下ろす。


 ああ……甘い、甘ちゃん過ぎる。

 どうして戦っている相手を無力化させることを考えているのか、本当に理解に苦しむ。


 剣を抜いて戦ってるってことは、殺し合いをしてるってことだろうが。


「――」


 すぐさま腰に固定していた聖剣を引き抜いて、攻撃を受け流す。

 非教徒の振り下ろした剣は攻撃対象を見失いそのまま地面へと叩き付けることとなった。


「くっそがあ!!」


 しかしすぐに姿勢を低くして視界に入らないようにしていた俺に気付き、非教徒は怒りに身を任せて思いっきり剣を振りかぶった。

 これは子供の俺一人相手に不利な状況になっていることに苛立ちと羞恥を感じたが故に、俺に致命的なダメージを与えても構わないと投げやりになった攻撃だ。


 だがそれでいい。

 そうでなければ戦いじゃあない。


「――ッッ!?」


「――ふっ!」


 けれどそんな大振りの攻撃が当たるわけもなく。

 空を切っただけの結果に終わり、勢い余ってよろけた非教徒に向けて俺は下顎に思いっきり聖剣を振り上げた。


「ごおっ!?」


 刃がないとはいえ、超硬度のある聖剣がぶつかったのだ。

 幸いにも舌は嚙まなかったようだが、顎の骨は折れ男は超音波のような絶叫を上げてのた打ち回った。


「《アクア・ストリーム》!!」


「――うおっ!?」


 全員ダウンさせてホッと息を吐いたのも束の間、空気の流れが変化したのに気付き咄嗟に大きく横にステップする。

 その刹那、最初に吹き飛ばして倒れている非教徒の手から水が勢いよく吹き出し、先程俺がいたところを通過して通過点にあった木を大きく凹ませた。


 ……こっわ。


 恐らくあれが魔法だろう。

 人間界に来て初めてみる魔法に若干興奮するが、魔族が使っていた時は紫色の魔法陣が出ていたはずだ。


 なのでもしかしたら魔族が使っていたのは魔法ではない説が新たに浮上した。

 であればやはり魔法を見たのは初めてということになる。

 木を凹ませるほどの巨大な水圧を出せるのであれば、人間が当たってしまったらどうなってしまうのか若干の恐怖を感じる。


 これ程の威力のあるものを街中でバンバン撃っていいものなのだろうか? 俺は魔法を使えないが一応後学のために後でセリシアにでも聞いてみよう。


「くっそ! 《アクア――」


「させるかっよ」


「が、ああああああああッッ!?」


 さすがに何度もポンポン撃たれるわけにもいかない。

 そのまま魔法を撃とうとして来たのですぐさま前に突き出している右手首を聖剣でかっ飛ばすと、非教徒は絶叫を上げて左手でこれから大きく腫れ上がるであろう右手を押さえていた。


 ……よし、突然の魔法には驚いたがかねがね予定通り無力化させることに成功した。

 さっきまで怒り狂ってた大の大人がこうして地に這い蹲っている姿を見ると心なしかゾクゾクしてくる。


 右手を押さえながら、非教徒は憎悪の籠った目を俺へと向けていた。


「ぐううう……!! こ、殺せよ。聖女に立て付いてこうなる可能性もあることはわかってたんだっ。一思いに殺せよ!!」


 まあ、そうなんだろう。

 この世界の、特に聖女を守るために作られた【イクルス】では聖女の敵は問答無用で殺していいというのがまかり通る街だ。

 その街に来たということはリスクを承知で来たということでもある。


 そのリスクを負うにしては提示する金額がしょっぱい気がするが、その時点でかなり聖女相手にビビっていたということなのだろう。

 なら最初からやるなと言いたいが。


 チラリと顎を粉砕した非教徒の方を見れば、こちらも俺へ怒りの籠った視線を向けるだけで既に抵抗するのは止めているように見える。


 ……でもそうか。

 そういえば今ここには聖女の関係者はいないから、もう敬語は使わなくてもいいのか。


「……あんたたちさぁ。罪を犯した人間は、どうやったら罪を償ったって言えると思う?」


「……は?」


 突然の質問に、喋れる非教徒は思わず痛みを忘れて呆けてしまっているようだ。

 言葉を続ける。


「牢屋にぶち込まれたら。無償で働かされたら。殺したら。罪を償ったって言えるか? なあ、何をしたら罪を償ったって言えると思う?」


「そ、そりゃあ……やった罪によるだろ」


「そうか? 罪とは、必ず誰かが不幸になった上で発生するものだろ。もしくは、不幸になるかも知れなかったから人が人を裁くんだ。……でもさあ、例えば人を殺した人間を同じように殺したとして、本当に罪を償ったって言えるのか?」


「それしか、方法はないだろ」


「まあそうだな。けど、死よりも辛い思いをさせることは出来る」


「――ぃっ!?」


「――ひっ!?」


 俺の顔を見て、非教徒たちは怯えるように顔を歪ませている。

 大の大人が、一体何にビビってるのだろうか?

 よくわからないが、とりあえず近くにあった手頃な木の枝を見つけて、四本ほど集めてみる。


 ……うん、まずは声を出せる奴からの方がいいよな。


「いやぁこの世界は良いな。誰が人を殺しても罪にならないんだってよ。それってさぁ、人を殺すまでだったら何をしてもいいってことだよな? 例えば、聖女に害を与えた奴に対してなら、さ」


「な、何するつもりだ。く、くんな!!」


「でも残念なのはセリシアが人殺しに対して積極的じゃなかったってことだな。ここであんたたちを殺しちゃうとセリシアが悲しんじゃうんだわ。死体を見たらやりすぎだって失望されちゃうかもしれないし、仕方ないから生かしてやるよ」


「や、やめろ!! おい!!」


「だからあんたたちも、このことはこの場限りの秘密で頼むな。復讐とか考えたらも~っと酷い目に合わせちゃうかもしんないから。よ~し、それじゃあまず、いーち!」


「ぎ、ぎゃああああああ!!!!」


 念押しをして、俺は勢いよく木の枝を非教徒の太ももに突き刺した。

 絶叫と共に力んだことによる筋肉の張りが木の枝を通じて伝わってきて、もう一度強く押し付けてみる。


「がああああああ!!!!」


 俺は今どんな顔をしているだろうか。

 恐怖に支配された男の瞳から見える俺の姿は、紅い瞳が強く煌めき何だか笑っているように見えた。


「まだあと三本もあるぞ~? まあ三本どころかそこら中にたくさんあるんだけど」


「いっ!! ま、待てわかった! 俺たちが悪かった! だから」


「はいにーい」


「が、あああああああ!!!!」


 悪かったから許してくれとでも言うのだろうか? 死ぬリスクを背負ってまで来たのに、まさか許してもらおうだなんて都合の良いことは思ってないだろう。


 同じ所を中心に木の枝を突き刺していく。

 途中で脆くなっていた木の枝が折れて若干悲惨なことになったりもしたが、まあそれはご愛敬ということで。


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……」


 そして数十分立った頃、俺は気持ちの良い汗を拭い目の前の非教徒の教会にいた時の表情を思い出して妙な満足感を抱いていた。


「ふぅ……さて」


「~~~~っっ!!!!」


 そして何度か逃げ出そうとしてその度に聖剣で再起不能にしていたもう片方を一瞥し、俺はセリシアを真似て暖かな微笑みを浮かべてみる。


「次は……あんた、だな」


 ……うん。

 きっと今の俺は聖神ラトナの言う純粋で神聖さのある少年と思われているはずだ。



 ……風が吹いて音は消える。

 でも、森の中の木に止まっていた鳥たちが一斉に空を羽ばたいていた。

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