第1話(13) 『非教徒を見下して』

 セリシアの精一杯力を籠めた睨みが男たちを射抜く。

 身長的に見ればその姿はまるで子供が大人に威嚇しているように見えなくもない。


 しかし聖女の目には言いようのない強大な圧を持っていて、男たちは一瞬だけ顔を強張らせていた。


「……非教徒の方が、何の用ですか」


 セリシアが切り出す。


「私に用があるなら、子供たちは関係ないじゃないですか。それに暴力を振るうだなんて……! そんな非道な行い、聖神ラトナ様はお許しになりません」


「別に許してもらおうとは思わねーがな」


「アンタ、俺達が何しに来たかわかってんの?」


「……わかりません」


「はっ! さすが聖女様。お優しいこった」


 きっとセリシアは非教徒と言われる奴らが教会へ何をしに来るのか、わかっているはずだ。


 だというのに彼女はわからない振りをしている。

 どうやらそれは男たちにとって乾いた笑みを浮かばすことしか出来ない、甘い考えのようだった。


「今なら無かったことに出来ます。子供たちに手を出そうとしたのも、今回だけは不問としても構いません。なので、退いて下さい……」


「それは出来ねぇ」


「……っ。殺されて、しまいますよ……?」


「だろうな。だがよぉ、神を信仰してないってだけで迫害され居場所を無くしてる今の俺達も、殺されてるのと同じだろ」


「非教徒である俺達がこのガッチガチの宗教城塞に来た理由くらい、アンタにだってわかんだろ」


「それは……」


 ……完全に蚊帳の外だ。

 この世界では常識であろうことが俺にとっては知らないことなので当然と言えば当然なのだが、どうしてこうも宗教というのは恐ろしいものなのだろうか。


 というか、【イクルス】に来た理由が俺にはわかりません。

 なんで来たんだコイツら。


「ですがこんなことをしても、聖女には何も出来ないはずですっ」


「ああ。だから、お優しい聖女様に交渉しに来たんだ」


「交、渉……?」


 そう言った非教徒たちの顔はニヤニヤと心底気持ちが悪いと思える風貌で、見ているこっちが反吐が出てしまいそうになるものだった。

 セリシアもぎゅっと自身の手を握り、身構えてるように見える。


「100万リード、用意してくれや」


「――っ!! そ、れは……」


 セリシアの思っていた要求とは違うのだろうか。

 非教徒から飛び出して来た要求は、お金だった。


 ……多分お金のはずだ。

 100万リードというのが天界でいう所の100万円なのだとしたら、まあ用意出来なくはない現実的な値段だと言える。

 だからセリシアもすぐには否定出来なかったのだろう。


 この世界に金融機関が存在するのならの話だが、さすがにこれ程妄信する信者がたくさんいれば、数時間もしない内に持ってこれる額だとは思う。


 ……しかしこんなことをして要求するのが金か。

 唐突過ぎて俺ですら困惑してしまったし、この状況下でそれはあまりにも場違いなものの気がする。


 非教徒というから俺のように何か神を信じない理由があるのかと思えば……どうせしょうもない理由なのだろう。

 単純に神に愛される聖女という存在が癪に障るだけなのかもしれない。


 というかこれで交渉と言うのにはいささか非教徒の奴らがやっていることは割に合っていないように思えた。


 脅しにすらなってない。

 奴らは教会には入れないし、あまりに長くここにいればそれこそ三番街の住民に存在を知られてしまうはずだ。


 『聖神騎士団』もすぐ到着出来る場所にいるわけで、彼らにとって長期戦はかなりのリスクを負うことのはず。


「聖女様!! 聞く耳持っちゃ駄目だ!!」


 苦悩するセリシアにメイトは叫ぶ。

 俺もメイトの意見に同感だ。


「用意してくれれば、俺達は二度とここには来ねーと約束してやるよ」


「けど用意しなかったら、何度もここに来ちまうかもな。何年掛けてもよぉ。そしたらいつか『聖神騎士団』に見つかって殺されちまうかもなぁ……お優しい聖女様、俺達を助けてくれよぉ」


「……っ」


 ……コイツらは、聖女という立場を持つたった10代の少女の優しさに付け込んで、こんな馬鹿みたいな交渉をしているんだ。

 本来であれば交渉にすらなっていない、『聖神騎士団』でなくても誰かを呼んでくれば解決する些細な出来事の一つのはず。


 しかし彼らはセリシアの情に付け込んで選択肢を強要している。

 自分たちを見殺しにするか、助けてくれるのか、と。


「……ですが、教会が持つお金は大聖堂や信者の方々から頂いた大切なお金です……それを交渉に使用することなんて……」


 セリシアの言葉は小さく、彼女もまた俯いてしまっていた。

 こんなどうでもいいことでも、彼女は葛藤してしまっている。

 へらへらと笑いながら嫌いな聖女の悩む姿を見て優越感に浸っているコイツらのために必死に悩んでいる。


 こんな、クズ共のために……悩んでいるんだ。

 しかしわからないな。


 ……そうだ。

 こういうわからないことがある時はすぐに聞く。

 それが自分を成長させる第一歩だと先生がよく言っていたじゃないか。


 知らんけど。


 うんうん、そうだな。

 質問、しなくちゃな。


「はいはーい、せんせー質問で~す」


「――っ!!」


「「「――っっ!?」」」


「……あ?」


「誰だテメー」


 両手に持っていた荷物を端の木の下に置き手を大きく上げてそう言うと、この場にいる全員の注目が俺へと集まり、その表情はそれぞれ異なっていて意表を確実に突いた満足感が俺の心を満たした。


 標的を俺へと変え見下ろすように取り囲む非教徒たちと、見下ろされている俺を見てセリシアが驚愕に目を見開いていたのがやけに印象的だった。


 まあそんなことはどうでもいい。


「せんせー、そのお金は一体何に使うんですか~?」


「メ、メビウス君……! 危ないですよっ」


「……誰だテメーって聞いてんだよ」


「しがない通行人、Mです」


「……舐めてんのか? ああ?」


 舐めてるに決まってるだろ。

 だがどうやらコイツらには純粋な生徒の言葉が聞こえなかったらしい。

 セリシアがこちらに寄り添おうとするが、それを手で静止させる。


 仕方ない、もう一度言ってあげるか。

 本当は個人的にもっと知りたいことがたくさん出て来たからそれも知りたいんだが、それは後でセリシアに聞けばいいだけの話だろう。


「せんせー、そのお金は一体何に使うんですか~?」


「……ガキが。お堅い聖女御一行にはわかんねぇか? 豪遊に決まってんだろ!」


「俺達は自由に生きてぇから非教徒になってんだよ。毎日酒を浴びて女を囲って過ごす以外に何があんだよ」


 なんだ、迫害とかほざいてたが単なる自業自得じゃないか。

 救いようがないな。

 もっと泣ける話が出てくると思ったよ。


「なるほどぉ~ふむふむ。つまり人の役にも立てない落ちこぼれの自分たちが楽しく生きたいから、何の罪もないどころか人の役に立ち感謝されている気に入らない聖女様から財産を巻き上げてやろうと、そう思って行動しているわけですね?」


「おいガキ、調子乗んなよ?」


「テメー今結界の外にいることわかってんのか?」


 わかってるさ。

 否定しないことで、もう一つわかったこともあった。


 コイツらはここまでしなければならない正当な理由などない、裁かれるべき存在だということが。

 それがわかっただけで、俺のストレス発散はより正当性のあるものになる。


 『聖神騎士団』から、良い話も聞いたしな。


「ぷっ! ……えーでもいい大人がそのガキたち相手にブチ切れている姿を見て調子乗るなって方が無理な話じゃないですか~?」


「……殺されてぇのか? ああ?」


 胸倉を掴まれる。

 ピキピキと屈強な男の血管が跳ねているのが見えた。

 ブチ切れているサインだろうか? 規則正しく跳ねている姿を見るとどうにも笑いが込み上げてしまう。


「メビウス君から離れて下さいっ……!! 彼は関係ないじゃないですか!?」


「こんな煽られて関係ないことねーだろうが!!」


 女の子相手に怒鳴るなんてみっともない。

 が、『聖神の奇跡』の効果で有り得ないだろうが俺としても彼女に危害を加えて欲しいわけじゃない。


 ヘイトはあくまで俺にだけ向けるべきだ。

 そのためにわざわざ煽るような口調で話しているんだから。


 ……となると、この場所では少々動きづらいか。

 ここで暴動が起きると三番街の住民も何事かと集まってくるかもしれないし。


 あまりに大きな騒ぎになってしまうと、俺の楽しみが無くなってしまうからな。


「まあまあ落ち着いて下さいよぉ。老けた顔が更に際立って、救いようのない顔面になってしまいますよ?」


「調子乗んなよテメー!!」


「おい、ちょっと面貸せや。男同士で少し話し合おうぜ、兄ちゃんよぉ」


「それはいいですね」


「メビウス君っ!」


 セリシアの悲痛な声が響く。

 このまま長引かせてしまうと、本当に三番街の誰かが気付いてしまいそうだ。

 非教徒たちも目的も達成出来ずにゲームオーバーにはなりたくないだろう。


「……っ!」


 恐らく俺と非教徒を天秤にかけ、嬉しいことに俺を選んでくれたのだろう。

 セリシアが走って三番街へと戻ろうとし出した。

 しかしそれはむしろ困る。

 ぎょっとする非教徒たちを一瞥しつつ俺は立ち止まらせるように声を張り上げた。


「大丈夫ですよ聖女様! ……すぐに戻ってきますから。だから子供たちを連れて教会で帰りを待っていてください」


「それは、出来ません……」


「聖女様も、非教徒とはいえ彼らを殺したくはないはずです。私を信じて下さいませんか」


「――っ」


 俺は、本当に最低な天使だ。

 自分のストレス発散のためだけに彼女の優しさを利用している。


 神サマに問いたいね。

 俺のどこに純粋さと神聖さがあるのかって。


 信じるという言葉を免罪符にしてセリシアに俺を見捨てる選択肢を取らせる奴のどこに純粋さがあるというのだろう。


「……わかり、ました。約束、約束ですよ」


「任せて下さい」


 信者があれだけ人を脅すのに躊躇しない奴らなんだ。

 非教徒がどこまで当たり前のようにしてくるのかはわからないが、セリシアの表情を見るに、聖女を狙うんだからそれなりに問題のある人間性を持っているのは間違いない。


 だけど、少なくともコイツらに負けることはないだろう。

 人間界の象徴である聖女をターゲットにしているにも関わらず三番街全員を相手取らずにわざわざ教会で待ち伏せしてるような覚悟のない姑息な人間が危険なわけがない。


 覚悟の違いで人の実力は変化する。

 俺はぎゅっと自分の手を握り、祈るように俯くセリシアを一瞥しながら、非教徒たちに近くの森へと連れて行かれた。



 ……さて、罪人には裁きを。

 平和を壊す者には【断罪】をってな。

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