第1話(12) 『聖女に仇なす者』
気になったことを解決した後、最後にやらなければならないことがあるということで、俺はセリシアと共に三番街の各家庭を訪問していた。
どうやらこれは街に来たら必ず行っている聖女としての習慣らしい。
各家庭に訪問して日々の暮らしについて雑談し、必要であれば相談を受ける。
そしてそれを出来るなら解決させ人々の暮らしに平穏をもたらせたいと、セリシアは柔らかな笑みを浮かべながら話していた。
「おはようございます、マダム。お身体の方は大丈夫ですか?」
「聖女様……! いつもありがとうございます……!! 私がこうして健康でいられるのも聖女様のおかげですじゃ……!!」
「母がこうして腰を痛めないで済むのも全て聖女様のおかげです。本当にありがとうございます……!!」
「私なんてそんな……ですが健康でいてくれて安心しました。これも聖神ラトナ様のお導きがあってこそです。これからも元気な姿を見せて下さい」
「「はい……!!」」
このような会話を先程からどこに行っても繰り広げられていた。
出てくるのはセリシアへの感謝のみ。
彼女はそれをいつも暖かな笑みで包み込んでいた。
大体がこんな感じだから思わずため息が出てしまいそうだ。
感謝感謝と実に幸せそうで本当に聖女を愛しているんだなと、どこか冷めた目で見ていた。
……いや、きっとそうじゃない。
俺みたいな腐った天使は「こうして感謝してるのも聖女の力があってこそだろ」と、とてもつまらないことを心の奥底で考えている。
都合の良い奴らだなと、思ってしまう。
もしもセリシアが唐突に聖女の力を無くしたとしたら、この住民たちはどうなるのだろうかと。
そうやってありもしないネガティブな『もしも』を考えて、馬鹿げてると神サマへのヘイトを自分から上げているだけ。
だけど天界も人間界も、平和ボケしてばかりで危機感というものが足りなすぎる。
「……そうじゃないだろ」
自分が嫌になる。
このままここにいたら余計なことを言ってしまいそうだ。
なので彼女たちから視線を外し、面白い物が無いか見てみることにした。
息抜きである。
……とはいえ、もうかなり三番街の案内をされたし目新しい物など特に見つかりはしないのだが。
いや、物ではないが驚いたことはあった。
どうやら人間界では魔族だけが持つ黒髪という性質を持っている者は少なからずいるらしい。
薄めの黒だったり黒に近い青だったりするが、それらの髪色を持つ人間は三番街にも少なからず存在していた。
最初見た時は「魔族が何で人間界に」と驚いたものだが、今では反射的に目で追ってしまうぐらいで少しだけ慣れてきている。
――あ、また黒髪の男が大通りに入ってきたのを見つけてしまった。
見た目は完全に魔族にしか見えないが、ガルクを思い出してしまうのでなるべく意識しないようにしよう。
「――すみませんメビウス君。退屈、でしたか……?」
結局息抜きにもならなかったが何やかんや訪問による感謝の印として増幅した荷物を両手で持っていると、ふと視線を向けるとセリシアが申し訳なさそうに顔を伏せているのが見えた。
きっと俺がつまんなそうな顔でセリシアの隣を歩いていたからだろう。
街の人達の何人かは気付いていたはずだ。
当然ずっと隣にいた彼女が、気付かないはずがない。
けど違う。
セリシアが謝ることじゃないんだ。
「そんなことありませんよ。聖女様の人望の厚さを知れて、退屈どころか忙しいぐらいでした」
「そう、なんですか?」
いや、そんなわけないが。
「三番街のみなさんは本当に聖女様を愛しているんですね」
「そうだったらとても嬉しいです。私の力がみなさんのお役に立てているだけで、私まで嬉しくなってしまいますから!」
それは……褒められたことなのだろうか。
利用されているだけなんじゃないか?
どうしてもそう思ってしまう俺がいる。
「なので、メビウス君も是非私を頼って下さい!」
「……機会があれば、是非」
だから彼女の言葉を素直に受け取ることが出来ない。
機会があればなんてありもしない未来に託して、現状から目を背けようとしている。
「……はいっ」
でもそれを聞いてセリシアは安心したような笑みを見せてくれるから、そう言って良かったと俺も思えることが出来た。
「それではそろそろ教会へ帰りましょう! みなさんきっと、お腹を空かせて待ってますわわっ!」
「ちょおっ!?」
……いや、やっぱ忙しいかもしれん。
セリシアといると、退屈だとは思えそうにない。
――
さすがに途中からネガティブ思考過ぎたと若干反省する。
きっとストレスが溜まっていたんだ。
それもそうだろう。
なにせ俺という存在を構築するにあたって重要な『怠け』ということが三番街では出来なかった。
ずっと慣れない敬語を使い、神サマの威厳とやらを見せつけられストレスが溜まっていたのだろう。
【セリシア教会】への帰宅途中、俺はそう今の自分を分析した。
何処かでストレスを発散させることが出来れば、またいつもの俺に戻れるような気がするのだが、こんな慌ただしい天然聖女様と一緒にいればそれも中々難しいだろう。
セクハラとかしても許してくれるかな? いや、普通に三番街の人たちに殺されそうだから止めておこう。
セリシアと他愛もない会話をし教会が見えてくるにつれて、何やら正門の方から騒がしい声が聞こえてくる気がした。
二人で目を合わせ、少しだけ早めに向かうとそこには門を挟むようにして二人組の男が誰かに言葉を浴びせているように見える。
その誰かは……あれは、メイトか。
「聖女様はお前達みたいな非教徒とは会わない!! さっさとどっか行けよ!!」
「だーかーらぁ。会わないんじゃなくて、いねーんだろ? 帰って来るまで待っててやるっつってんだよ」
「教会に入られたら結界のせいで近付けねーだろーが。どっか行かせてーならテメーが何とかしてみろよ」
「言われなくても……――っ!!」
「言われなくても、なんだ?」
「くっ……!」
メイトに見せ付けるように抜き取ったのは、真剣だ。
結界で攻撃は通らないにしても、メイトが結界から出てしまえばそれは有効な脅しとなってしまう。
だからメイトも迂闊に結界から出ることが出来ない。
悔しそうに歯を噛み締め、男達を睨み付けるだけだった。
……どうやらあれが、非教徒と言われている奴らのようだ。
それがどういった意味を持っているか正確にはわからないが、状況を察するに聖女に対しての信仰心など無に等しい……いや、それどころか敵意すら持っているカテゴリーだということはわかる。
それと同じカテゴリーに入れられそうになったのは納得行かないが、きっとこの世界では神を信じていない=聖女への敵対となるのだろう。
男たちの格好は騎士のようなものとは違い若干貧乏臭いというか、おとぎ話に出て来る冒険者のような姿をしている。
そんな時、不意に教会側から誰かが飛び出して来た。
「兄ちゃんをイジめるな!!」
「ちょっとカイル!!」
「――っ!? 駄目だ! カイル!!」
「……ちっ、またガキかよ」
教会の陰から飛び出してきたのはカイルで、それを止めようとしたのかユリアの姿も見える。
メイトも突然の飛び出しに焦ったように振り向いた。
「兄ちゃんはいつもお前たちみたいな奴を倒すために頑張ってるんだ!! イジめるのは止めろ!!」
「ああ?」
「……おい止めとけ。ガキの戯言に付き合うなよ」
「けっ、その木剣で何が出来んだよ。ガキのおもちゃでイキってるだけじゃねーか」
「おい……」
片方はまだ冷静な方だが、もう片方は騒がしいのが嫌いなのかどんどん出て来る子供たちに露骨に機嫌を悪くしている。
イライラと貧乏揺すりが激しくなっていた。
「――っっ!! おもちゃじゃない! 聖女様に貰ったんだ! 兄ちゃんはいつも大事にしてて、お前なんかが悪口言っていい物じゃないんだ! 帰れ!!」
男の言葉に怒ったカイルはメイトに代わり、ずかずかと前に出てしまう。
そして、感情で動く子供だから仕方ないにしても現状で最悪な一手を踏んでしまった。
結界から手だけ出して、男を思いっきり押してしまった。
――これは、まずい。
「――ッッ!! テメー!! いい加減にしろや!!」
「――っ!! カイル!!」
「カイルっ!!」
「うわあっ!?」
痛くも痒くもなかったはずだ。
だが安全圏から一方的に押されたという現実が男の脳を沸騰させ感情に身を任せて思いっきり剣を振り下ろす。
ユリアの悲鳴にも似た大声と共にメイトが何とか間一髪カイルを飛び抱えることによって剣は結界によって強く弾かれ、剣は大きく後方に跳ねる。
……カイルは、泣いていた。
「……ちっ、ホントに邪魔だなこの結界はよぉ!」
「――止めて下さい!!」
男が悪態を吐いたその時、神秘的な美声が辺りに響く。
そこには荒い息を吐き、男たちを睨み付けるセリシアの姿があった。
……そんな中、後ろからついて来ていた俺はこの状況の中気分が高揚して仕方がないったらありゃしない。
――良いストレス解消の道具が来てくれた。
やっぱり溜まったストレスは解消しなくちゃ、な。
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