第1話(10) 『少しだけ距離は遠く』

 三番街の大通りへと戻ると、何とか女性衆から抜け出そうとして抜け出せずテンパっているセリシアの姿が見えた。

 セリシアがこちらに気付くと、ぱあっと表情を明るくし、同時に安堵したように笑みを浮かべてこちらへと小走りで近付いて来る。


「メビウス君! 大丈夫でしたか!?」


「いやぁそれが……――!! だ、大丈夫ですよ聖女様。みなさんとても優しくしていただいて……」


「え、えっと……」


 何があったか言おうとしたが後ろから感じる殺気に似た圧力に屈し、俺は貼り付けた笑みを浮かべながらそんなことを言ってみる。

 セリシアも俺の態度の変わりように困惑しているようだ。

 だがこれからはずっとこうなるだろうから早いとこ慣れてくれ。


「それなら、良いのですが……」


「聖女様! こちらの少年もこう言っていることですし、せっかくですから彼に街を案内したらどうでしょう!? 私達は出来るだけ見ているだけに留めておきますので!」


「……! お気遣いありがとうございます!」


「いえいえ! あはは……」


 見てるだけって、結局監視するってことなんだがセリシアはそのことには気付いていないらしい。

 暖かな笑みを向けて小さく頭を下げている。

 そんな姿を見て慌てて顔を上げさせる女性陣と狼狽する男性陣に苦笑しながら、俺もなんだかんだこの空気感が嫌いになれそうになかった。



――



 そしてそそくさと離れていった街の住民たちを尻目に、俺とセリシアは大通りを歩く。

 とはいえ当然のことながら店を構えている人たちはしっかりと自分の仕事を行っているようだ。


「本当に大丈夫でしたか……? 何とか誤解を解きたかったのですが、みなさん色々と悩んでいることがあったようでメビウス君の方に向かうことが出来ず、すみません……!」


「いえ、気にしないで下さい。こちらで何とか誤解を解くことは出来たので、私も聖女様の隣に相応しいとみなさんに認められるよう頑張りたいと思います」


「……っ」


 俺の返答に、言葉が詰まったような表情を向けるセリシア。

 まあ、いきなり敬語を継続し出したらそうもなるだろう。

 けれど場所によってタメ口と敬語を分けてしまったら、きっと何処かでボロを出す。

 俺はそういう天使だ。


 衣食住を提供してもらっている以上、俺は俺なりに君の負担にならないよう上手く立ち回る責務がある。


 ……決して、悲しませたいわけじゃないんだがな。


「しかし三番街は農業や林業が盛んだって言うから結構な田舎町だと思っていたんですが、意外にもしっかりと賑わっているんですね」


 歩いている最中や辺りを見回してみると、一面畑だらけだとか家が木造で古臭いとかそういうのを想像していた手前、そこそこ発展している街中に少しばかり驚いてしまう。

 かなり少ないものの、必要な種類の店は比較的揃っているように見える。

 服屋しかりカフェしかり食材系のお店しかり。


 野菜系の店がかなり多いものの、『三番』とはいえ決して不自由な生活になっているということではなさそうだ。


「一番街と二番街が中心となって行っている事業の物がそれぞれ送られて来ているんです。そこのお肉屋さんに置かれているお肉は早朝から二番街の業者さんが持ってきたものですし、あそこの時計屋さんは一番街の職人さんが作ったものを置いているお店なんですよ」


「普通に二番街や一番街に買いに行くのでは駄目なんですか?」


「それだと各番街によって貧困の差が生まれてしまいます。より多く利用する街に人は移住してしまい、ゆくゆくは人が溢れて今度は職に妥協という概念が生まれてしまいます。聖神ラトナ様を信仰する信者の方々に苦難を与えないよう【イクルス】ではそのような政策が取られているのですよ」


 まあ確かに好きで農業や林業をしたいという人間はあんまりいないか。

 そうなってくると一番割を食うのは三番街な気がしてならない。

 三番街に住んでいる俺としてはあまり考えてはいけない内容っぽいな。


「そうなってくると三番街の方が一番街や二番街に行ったりすることはあまりないんですね」


「そうですね。よっぽど重い病気を抱えてしまっている人が一番街の大型医療所に行くことや、三番街で有害動物が確認された際に二番街の狩人に討伐依頼を出しに行く時はありますが、何度も往復することはほとんどありません」


「……? 病気って、聖女の力で治せないんですか?」


「……そう、ですね。治すことは可能、ですが……」


 セリシアは悲しそうな、自分の非力さを呪うような顔をして目を伏せる。


「人の定(さだ)めは生まれながらに決まっていると言われています。それは例え『聖神の祝福』を使用した所で変わりません。命を失う病は、一時的に回復出来ても、失うまで再発してしまうのです」


 『祝福』。

 セリシアが言っていた【聖神の加護】のうちの一つだったはずだ。


「『祝福』って言うのは何なんですか?」


「そういえばまだ説明の途中でしたね。『聖神の奇跡』が聖女を守る力だとすれば、『聖神の祝福』は他者を……聖神ラトナ様に仕える信者の方々を病や傷、呪いから救うための力です」


 なるほど。

 話の流れから察するに、その『聖神の祝福』というのは外部から来る厄災を治癒させることは出来るが、個人が持っていたり生活習慣で蓄積していった病……まあ癌とかそういう病は治せないということなのだろう。


「メビウス君の傷を治療出来なかったのは、メビウス君が聖神ラトナ様の信者ではなかったからですね。本来は教会の結界を通る許可をすればその間だけ『祝福』を与えることが出来るのですが、メビウス君はその、結界を通ることが出来るのでそれが出来なくて。力になれなくてすみません……」


「え、いやそれはこちらこそすみませんって感じなんだが……なんですが」


 それと同時に非教徒? は神の力を行使するに値しない存在だから神サマに力を使用するのを拒否されると、そういうことらしい。

 だがセリシアが言っているのは俺が結界を通り抜けることが出来る人物だから、その過程が存在しないということだろう。

 俺が神聖な存在だと言うのなら神サマにはもう少し融通を利かせてもらいたいものだ。


 セリシアは悪くないのに申し訳なさそうに謝ってくるものだから思わず素が出てしまいそうになってしまい慌てて取り繕う。


 ……ていうか、セリシアに頭を下げさせたこの状況も三番街の人達は見てるんだよな。

 ……店員と今目が合ったし。


 気を緩め過ぎないよう注意しなければ。


「そういうこともあって、一定数一番街に行く方はいらっしゃるんです。可能性は限りなく低いとしても運命を変えることが出来れば、それはきっと素晴らしいことでしょうから。聖女としてもそれは尊重しているんですよ」


 神が決めた運命だからと諦める人もいれば、死んでほしくないと足掻き続ける人もいる。

 俺だったら足掻く人を尊重する。

 それはセリシアも同じなんだろう。


 決して神サマが決めたレールに沿う必要はない。

 諦めないのは決して神を信じていないというわけではないと、セリシアもわかっているのだろう。


 そんな会話をしながら、ちょこちょこと生活に必要な物資を購入していく。

 その度に必ずと言っていいほど俺の方に視線を向けてくる現状に乾いた笑みが零れそうになるが何とか耐えた。


 ……が、明らかに購入している物資の数が少ない。

 これはどう考えてもセリシアだけが一度に持つことの出来る量を買っているように思える。


 しばらくの生活物資がこれだけなわけがない。

 ということは恐らく今までは何度か往復して買い物に来ていたのだろうか。

 いや確か俺が気絶していた時、ユリアと一緒に買い物をしに行ったっぽい話を聞いた。


 ならば誰かしらの荷物持ちがいたはずだ。

 だというのに今の俺の両手には何も持たされておらず、明らかに意図的に行っていると気付く。


 コイツ、俺に荷物を持たせないつもりだな……?


「……聖女様、荷物ぐらい私が持ちますよ」


「え!? だ、大丈夫ですよ! 私だって力持ちなんですっ。任せて下さい!」


 んなわけあるか。

 袖を捲り力こぶを作ってみせるが、視界に映るのはとても綺麗な二の腕しか映り込んでいない。


「何のための男手だと思ってるんですか。というか少しぐらい私にも何かさせて下さい。華奢な女の子が荷物を持っている中手ぶらなんて男の尊厳に関わります」


「そ、そうなんですか?」


 いや俺は思わないが。

 けどさっきから店員の怒りの籠った目が俺に突き刺さるから何でもいいので荷物ぐらい持たせて下さい。


 セリシアはしばし悩んでいたようだがやがて「それなら」と持っている荷物の半分以下の物を渡そうとしてきた。

 そんなんで持ったことにならないので失礼ながらセリシアのちっちゃな握り拳を強引に開き、全ての荷物を奪い取る。


「~~っ!」


「ちょっと!! あんたみたいな汚らわしい手で何聖女様に触れてんだい!!」


「はい、ごめんなさい!」


 女性店員に凄い形相で怒鳴られた。

 理不尽だ。


 聖女だから男性の免疫が無いのだろう。

 セリシアは触れた手を見て顔を真っ赤に熱くさせている。


「ほ、ほらこれくらいの荷物は全部持ちますから。買い物の続きをしましょう! さあ早く!」


「あ、は、はいっ……!!」


 セリシアを連れて、逃げるようにその場を立ち去った。


 なんで俺がこんなに気を遣わないかんのだ。

 早速ホームシックになりそう。

 助けて、エウス。

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