第1話(9) 『信者に囲まれて』
ユリアの言っていた『結界』。
それは要するに『聖神の奇跡』の一種であるらしい。
聞いた所によると聖女の持つ『聖神の加護』には大きく分けて『奇跡』と『祝福』の2種類が存在するようだ。
『聖神の奇跡』とは、聖女自身を守るための力である。
ユリアの言っていた結界も、聖女の過ごす教会に害のある人間が入って来られないよう教会の敷地全体に見えない光の結界が張られているそうだ。
これはたとえ信者であろうが聖女並みの純粋さ、神聖さが無ければ無断で通り抜けることは不可能らしい。
ただ聖女がその場で許可した人間だけは往復するまで結界の中に入れるらしいので、そこは聖女の匙加減なんだとか。
……で、それを唯一無断で通り抜けることが出来たのは俺が初めてだと。
正しくは気絶して子供たちによって教会に連れて来られた俺だが。
どうやら俺は純粋で神聖な人間だと判定されたようだ。
……んなわけあるか。
この結界のガバガバ判定に思わず呆れてしまう。
自分で言ってて悲しくなってくるが、俺が純粋で神聖な存在であるなら今までニートなんかやってたわけがないだろうに。
いもしない神への使いとして抜擢されて、今頃【神天使】だともてはやされていたはずだ。
しかし、だから初めからセリシアが好意的だったのだと幾分納得が出来る。
神という存在を信じ、実際に神の力と呼ばれる『加護』を使用しているセリシアからしてみれば、結界を通り抜けられるというだけで俺を信用する理由が充分にあるのだろう。
「だから傷だらけのメビウス君と出会った時、私は運命だって、そう思ったんです」
結界の話を俺にしていたセリシアはとても嬉しそうだった。
本当に信じることが出来る人間を初めて会うことが出来たかのように。
……そんなの、過大評価だ。
俺はそんな出来た人間じゃない。
きっとこれからたくさん失望することになる。
今俺へ向けてくれる笑顔も、きっと近いうちに曇り切ってしまうことになる。
やっぱり早めにここから立ち去るべきだ。
いなくなるなら、せめて良い評価のままいなくなりたいから。
――
――と、言いたい所なんだが、次の『祝福』について聞こうと思った時、セリシアの姿を見つけた三番街の住民らしき数人がこちらに近付いて来て隣にいる俺の姿を視界に映した。
「みんなーー!! 聖女様に近付くあの男が遂に来たわよーーーー!!!!」
そしてそう大声で街に向けて叫んだ後、起こる事柄は本当にあっという間だったなぁ~と俺は乾いた笑みを浮かべながら思うんだ。
一斉に三番街の住民がそこかしらから出て来て、俺とセリシアを取り囲む。
そして女性はセリシアを俺から隠すように移動させ、男集団はセリシアに声が届かないよう素晴らしい団結力で俺を誘拐すると、物陰に連れ込んで木を背にさせ囲んで来た。
……マジで一瞬の出来事だった。
きっと予め住民内で出て来る人を選出していたのだろう。
出て来たのはそれはもう腕っぷしに自信のありそうな奴、一定の地位を確立しているような奴らばかりで、5人程の集団が俺を取り囲んでいた。
ユリアちゃん? 好感度を稼ぐどころか問答無用って感じなんですが?
鋭い眼光が俺を射抜く。
「……テメーが新しく来た男だろ」
「……な、何のことやら」
「とぼけんじゃねえ!!」
こわっ、怖いよ。
そんな至近距離で睨み付けないでくれ。
お前たちが聖女を大事に思ってるのはわかってるからさ!
「落ち着いてくれ。一応だが結界を単体で抜けたと聞かされている男だ。よそ者とはいえ神聖な存在なのは確かだ」
「けどよぉ! こんな胡散臭い顔の奴が本当にそんな奴なのかよ!」
おい、中性的で可愛げのある顔だろうが。
「僕もそれについては疑問に思います。聖職者ならともかく、こんなシャツだけというラフな格好で来るような男が、聖女様と過ごすに値する男だとは到底思えません」
それはそう。
今の俺の格好はガルクに斬られた時と同じ黒シャツにズボンという散歩しに来たにしてもラフ過ぎる格好だ。
さすがにもう少しオシャレするべきだっただろうか。
いやするべきだったんだろう。
だってこの服ガルクに斬られたせいで横腹と右肩に斬り穴が開いてるし。
いやよく俺この格好で三番街の人に認められようとか思ったな。
とりあえずユリアのアドバイス通り、何とか関係の修復に努めなければ。
「落ち着いて下さい。確かに格好に関しては聖女様と共に過ごす人間として相応しくないということは理解しています。しかし私ももとは放浪の身。そこは考慮して頂けると有難いのですが……」
「聖女様がテメーのために服一式買ってっただろうが!」
それはそう!
本当にすみません。
「俺は聖女様が服屋に来ていた所を偶然通りかかったから見れたんだが、お前聖女様がどんな顔して男物の服を買って行ったかわかるか?」
別の男が問い詰めるように俺を睨み付ける。
「え、い、いやぁ……」
「【セリシア教会】には男の子の最年長はメイト君だけだ。だというのに明らかに大人の男物のパンツを『す、すみません! ……こ、これが欲しいのですが……!』って顔を真っ赤にしながら言ってたんだ!! お前にこの時の聖女様の屈辱がわかるか!?」
いやぁそれは可愛い~以外の感想しか抱かないまである。
というより買って来いって言ってニヤニヤしてしまうまであるんだけど。
だが他の男性陣はそうは思わないらしい。
その言葉を聞いて露骨に睨み付ける強さが跳ね上がった気がする。
てかそれに関しては寝ていた俺にはどうすることも出来ないだろ。
「それに関しては申し訳なく……」
「そもそも放浪の身であったなら、何故聖女様に近付くんだ」
「聖女様に指一本触れてないだろうな!?」
「子供たちに何かあったらどう責任を取るつもりだ!」
……こちらが下手に出ていたらここぞとばかりに追及の手を強くしてくる男たち。
セリシアが大事だとしても、一方的に捲し立ててこちらの主張も聞かないのは納得が出来ない。
俺は聖女様を大事に思っていることに関して怒りや憤りを覚えるのは仕方ないと思っている。
神サマとやらを信仰しているのも、勝手にやってくれと言う感じだ。
……だけど、こちらが関係を悪化させないために強く出ないことをいいことに言いたい放題言うのは違うと俺は思う。
端的に言うなら、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。
「さっきから――」
「お前たち、落ち着け」
関係を悪化させようが一言言わせてもらおうと前に出た所、一人の男がもう一度強く静止の声をかけた。
その男は最初に静止の声をかけてくれた人だった。
「この者が何処の馬の骨かもわからない人物なのは確かだ。しかしあの時聖女様にも言われただろう。『聖女として、傷付いている人を放っておくわけにはいかない』と。例えそうでも、結界を通り抜けられないような輩ならすぐに追い出していた。だがこの男は単体で結界を通り抜けられる少年だ。決して見た目だけで私たちが否定していい人物ではないはずだ」
「それは……まあ」
「「「……」」」
その男の言葉で、この場にいる全ての住民が言葉を吞み込んだ。
この世界で、『聖女』という存在やそれに関係するものがどれ程の価値のあることなのか、神を信じていない俺にはわからない。
けれどこの止めてくれる男が言うことは全て『結界を通り抜けられる存在』に焦点を当てていた。
セリシアの言葉を聞く限りこの世界では聖神ラトナに認められた存在だということでもある。
だからきっと、これが薄汚くて胡散臭そうな俺ではなくセリシアと同じ女性であったら歓迎している事柄のはずだ。
彼らが心配しているのは、見ず知らずの男が聖女様と暮らそうとしていること。
それを焦点に当てるか、当てないかによって味方は変わって来るということでもある。
だから彼らはこの男に強く反論することが出来ない。
……だったら、やっぱり大事なのは俺が彼らに誠意を見せることだけだ。
現時点で俺が彼らにセリシアにとって有益で無害な存在であることを証明することが出来る根拠は何一つとしてない。
それにこの口調や態度だって、本来の俺とは程遠い外面の姿だ。
きっとそれもまた違和感として住民たちに疑念を抱かせている。
だからといっていつも通り振舞ってしまえば、それこそ聖女様の隣に相応しくないなどと言われるのは間違いない。
信用させなければならないのだ。
それは相手に求めるものではなく、自分で信用するに値する人物だと納得させる必要がある。
であれば、俺がやるべきことは。
「……みなさんの言い分も分かります。私自身信者ではないですから……神サマに認められている存在だと言われてもイマイチピンと来ないのも事実です」
「なっ!? 信者じゃないのか!?」
「非教徒じゃないか!!」
非教徒、というのがどういうものか知らんが、まだ話は終わってないんだから殺気を向けないでくれ。
いや殺気どころかナイフを取り出して来たんだけど、待て待て!!
「神は信じていません! だけど、聖女様に救われた身として私は神ではなく、聖女様自身を大切にしたいって、そうおも待て待て待て!!」
「信用出来るか!!」
「聖女様の力を利用するつもりだろ!!」
「確かに言葉では納得出来ないと思います! そ、そもそも! 仮に聖女様に害を行うのならここに来る必要がないじゃないですか! 私はみなさんの不満や不安を解消したいと、そう思ってここに来たんです!」
「……本当か?」
「はい……聖女様は『三番街のみなさんはとても優しくて良い人たちばかり。みなさんの心配を無くしたい、あなたにもみなさんの優しさを知って欲しい』と、そう言っていました」
言ってねーけど。
けどそんな感じのニュアンスのことは言ってたから嘘じゃない。
「「「「「…………」」」」」
けど実際、本当に聖女を利用するつもりなら最初っからここに来る必要なんかないのだ。
何故なら俺は結界を通り抜けられるらしいのだから。
であればわざわざ顔を見せずとも、もう既にセリシアは何かしらのことをされていてもおかしくないわけで。
現状俺がセリシアと共にここに訪れたこと自体が、こちらが歩み寄りたいという何よりの証拠となるはずだ。
「……言っていることは理に適ってる」
そう一人の男が口にした。
それを皮切りに他の住民たちも口々に声を上げた。
「確かにわざわざここに来る理由はないな……」
「それに聖女様も俺達のことを考えてくれて……」
「優しい良い人だって思われてたのか……」
「さすが聖女様……やはりこの世に降り立った女神様のようだ……」
……なんか俺ではなくセリシアの評価が爆上がりしているのは納得出来ないが、ナイフを降ろしてくれただけでも良しとしよう。
そして俺を除け者にして5人で何やら話し込み始めたが、やがて疑似会議のようなものが終わると住民たちを止めてくれた男が一歩前に出る。
「話し合った結果、君がここに来た理由に納得出来るものはある。それと聖女様に免じて、ここは一旦矛を収めることに決めたよ」
「あ、ありがとうございます……」
「脅したみたいで悪かったね。私達信者にとって聖女様は神に等しい、かけがえのない存在なんだ。どうしても見ず知らずの者に対して神経質になってしまうのは許してくれると有難い」
「いえ、こちらこそもう少しみなさんのことを考えるべきでした。はい」
「ただまだ信用したわけではないことは理解して欲しい。君のこれからの行動を見て、聖女様の隣に立つに相応しいかどうかを考える。肝に銘じておいてくれ」
「……はい」
なんであんたらに決められなくちゃならないんだ、とも思うが、天界に戻る方法を見つけるに当たってここらの人間と親睦を深めることに損はない。
ある程度の基盤が固まるまでは、聖女の隣に相応しい人間であると信用してもらえるよう努めるさ。
「それじゃあそろそろ戻ろう。あまり拘束しすぎては聖女様にまた怒られてしまうからな」
そう言って男たちは俺を案内するように先導して歩いてくれた。
安心した途端ドッと疲労感が襲い掛かって来る。
ここまで強烈な圧を感じたのは何年ぶりかと思う程久しぶりだ。
先導していてもチラチラとこちらの様子を伺う男たちに心の中で苦笑しつつ、俺もゆっくりと地面を踏みしめた。
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