第1話(8) 『真似っ子少女?』
そもそも傷は完全に癒えていないのだから安静にしていろとセリシアに諭され、俺はその後は有難いことにだらだらと怠けながら過ごしていた。
むしろ俺は勤勉者であった可能性が浮上している。
その大義名分を掲げ偶に顔を見せてくるユリアに苦い顔をされつつも最高の一日を過ごし、俺は久しぶりの湯舟を堪能していた。
「ふい~……」
傷が開くことは無かったものの、初日に暴れたせいでセリシアから絶対安静を言い渡されていた身である。
しかし数日立ってようやく一度包帯を取って確認してみるという話になり包帯を取り外すと、なんと外傷に至っては既に完全に治癒され切っていた。
傷跡すらないぴっちぴちの横腹と肩があるだけだ。
治療方法は聞いていないが、よくもまああんな大怪我を傷跡一つ残さないよう治療出来たものだと感服する。
肩に至っては貫通していたし、横腹だって深く斬られていたはずだ。
たとえ天使の生命力が異常に高いとはいえ、さすがにあれは死んだと思っていたし治療してくれたセリシアには感謝しかないと改めて感じる。
「しかも衣食住もタダ。風呂も沸かしてくれて皿まで洗ってくれると来たもんだ」
正直料理自体はエウスのと比較してしまうとどうしてもそこそこ、と言った感じだ。
それに関しては家庭の味というものだし、居候させてもらってる身が何様だって話だから特に不満に思うことなど何もない。
着替えだって何故かサイズがピッタリではないものの揃えられていたし、まさにいたせ尽くせりだった。
「なんでこんな俺を養ってくれてるんだか……」
自分でも思うが、俺はそこまで出来た天使じゃない。
働かないで寝てばかり。
外に出たと思えば断罪ごっこと称して街を歩き、自分はニートだのとのたまっていた。
ここに来てもそうだ。
セリシアの手伝いや子供たちと仲良くなろうと動きはするが、結局甘えられるのなら楽な方に進むような天使なんだ。
この世界で天使はどう扱われているのかは知らないが、もしも天使だとわかればそれはもう心底幻滅されるに違いない。
そして、幻滅されないように過ごそうとも思えない自分が嫌になる。
ここに俺を置くメリットなど何もない。
それどころか子供たちを怯えさせているのだから、むしろデメリットしかないはずだ。
男手要因だとしても、俺はそもそも働いてないし。
「メビウス君、お湯加減は如何ですか?」
「最高です」
「くすっ、なら良かったです。着替えはここに置いておきますね」
「さんきゅー」
まあいいか。
こうしてここにいるのも、内部の痛みが完全に癒えるまでの間だけだ。
日数的には数日ほど。
それまでは深く考えず、のんびりと一日を過ごしておこう。
俺は首まで深く沈み、湯舟を存分に楽しんだ。
――
風呂から出て着替え、タオルで髪の毛をもう一度拭きながら脱衣所を出ると、待っていたのか眉を吊り上げてこちらを見上げるパオラの姿が視界に映った。
え、怖い。
何か怒らせるようなことしたっけ?
「ど、どうした?」
「……っ」
もうそろそろ寝る時間だと言うのに目元まで深くベレー帽を被った少女は何か言おうと必死に声を出そうとしていた。
だが緊張しているのかその何かを言葉にすることは出来ていない。
近くにはユリアたちがいないようだし、そうなるとこの子をフォローする人物が存在しないということになる。
……さすがに日中のように驚かせたら今度こそ泣いてしまうだろうか。
若干いたずら心に火が付きそうになったが自重し、俺はしゃがんでパオラと視線を合わせた。
なるべく優しい声を出しつつ。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「え、えっと……」
ちょっと言葉が強かっただろうか?
そう思ったがパオラはチラリと俺の顔を見て、意を決したように声を上げた。
「や、やりたいことがあるんですっ! ……いいですか?」
「やりたいこと?」
なんだそれは。
俺に出来て、尚且つ夜でも出来ることなら構わないが。
「問題ないぞ。何でも言ってくれ」
「お、怒りませんか?」
「怒るわけないだろ……」
やはりメイトが俺に敵対している関係上、怒られるのは嫌だそうだ。
メイトまじで許さん。
だが俺の言葉で安心したのか、顔を上げ勢いよく口を開く。
「……! ……お、お兄さん!」
「おう、なんだ」
「……! ……!!」
「……?」
「お兄さん!」
「お、おう」
「……?」
……え? なんだよ。
一生懸命覚悟して言葉を発したようだが、まだ名前を呼ばれただけで肝心な目的が聞かされていないからどうしていいのかわからない。
まさかここから察しろとでも言うのか。
残念ながら俺は察する能力に関してはかなり低いと自負しているぞ。
何故なら察すると手伝わなければならない雰囲気になるから。
「ど、どうですか?」
「……えっと」
「やっぱり似ていませんか……?」
「…………いや、似てると思うぞ! すごい! まるで生き写しのようだ!」
「本当ですか!?」
いや何に似ているのかは全くわからんが。
とりあえず適当に褒め倒してみたらそれが功を成したようで、パオラは嬉しそうにぴょんぴょんと床を跳ねている。
そしてベレー帽が落ちそうになると慌てて帽子を押さえて跳ぶのを止める。
「お兄さんありがとう! ……っ! お、おやすみなさい」
「え、あ、お、おやすみ」
「~~っっ!」
……何だったんだろうか。
なんか言いたいことだけ言って帰って行ったような気がするが。
最後の表情を見るにテンションが上がっていたことを見られたことが恥ずかしくて退散したんだろうが、果たしてあの儀式に何の意味があったのかまるで見当が付かない。
やっぱり子供は何を考えてるのかイマイチわかんねぇ。
考えてもしょうがないので呆然と立ち尽くしながらも、俺はさっさと部屋に戻ることにした。
――
次の日。
俺は買い出しに出かけるというセリシアの言葉にいち早く反応していた。
「俺も手伝うぞ!」
この教会で一日をだらだらと過ごすのも良いが、そんじゃそこらのことじゃもう傷が開くことはないと知ることが出来たのでそろそろ動かなければならないと思った。
傷が完治した瞬間、じゃあ出て行きますでは露頭に迷ってここに戻って来る未来しかない。
さすがにそれは男として恥ずかしいのでここらの立地だけでも覚えておいて損はない。
「え、えっと……」
だが当のセリシアは乗り気ではなさそうだった。
露骨に困った笑みを浮かべどう言おうか悩んでいるように見える。
「メビウス君はまだ傷が完全に癒えていないのですから、ゆっくりしていて大丈夫ですよ?」
「いや、セリシアも確認しただろ。買い出しぐらい俺だって出来る」
「た、確かにそうですが……! う~ん……」
え、もしかしてセリシアの中では俺は使えない男判定にされているのだろうか。
確かに事あるごとに手伝いを拒否されたが、何やかんや俺が主体的にやりたいと言ったことはやらせてくれていた気がする。
しかし今回はどうにも渋っているようだ。
昨日のだらけようがマズかったのだろうか。
早速幻滅されてしまったかもしれない。
「聖女様、言えば良いじゃないですか。三番街の人達は必ず歓迎しないからって」
「あん?」
「ユ、ユリアちゃん……!」
心の中で落胆していると、背後からそんな声が聞こえてくる。
そこにはユリアと、その背中に隠れるパオラの姿があった。
しかし歓迎しないとはどういうことだろうか。
いや、そもそもこの世界に来てセリシアにしか歓迎されたことはないが。
「この教会以上に、三番街では聖女様の価値は凄い高いんだよ。それこそ、昨日言ったみたいに殺されちゃうかもしれないね」
「え、まじ?」
「……うぅ」
セリシアの反応を見るにその可能性は充分あるらしい。
なんだそれは。
俺はこの世界に来て早々に袋叩きに合わなくちゃいけないのかよ。
「お兄さんが寝ている時もそれはもう凄かったよ~。聖女様が男性物の衣類を買いに行ったからみんなに問い詰められてさ。街の人みんなで門の前まで押し入って、クソ野郎が! 出て来やがれ~! って」
「こっわ」
「まあそんな剣幕だったからリッタやパオラが泣いちゃってね~」
「お、お姉ちゃん……!」
「結局聖女様の言葉でみんな早々に退散しちゃったけど、きっと街になんか行ったら凄いことになるのは間違いないだろうね。まあその時一緒にいた私が適当なこと吹き込んだのもあるけど」
このガキぃ……!
ていうか街の奴らもたかが客人がいるだけでキレすぎだろ。
だがそれ程までに『聖女』という存在が大切にされていて、神聖な存在でもあるということなのだろうか。
何だかんだ『聖女』についてあまり知れていないが、そろそろきちんと聞いた方が良いのかもしれないな。
「ほ、本当はみなさんお優しい方々なんですよ! いつも気を遣っていただいて、聖女様いつもありがとうございますって言ってくれるんです! ですがどうしてメビウス君の時だけああなってしまったのかわからなくて……メイト君たちの時は歓迎されていたのですが……」
まあ、歳だろうな。
どう考えても。
どこのクズかもわからない男が神聖な聖女と共同生活を共にしようってんだからそれはもうみんな杞憂するだろう。
例え聖女特有の『奇跡』というものがあってもな。
不安で夜も眠れない信者ももしかしたらいるんじゃないか?
……であれば、尚更顔は見せなければならないと思う。
正直行かなくていいのなら行きたくはない。
けれど、決して三番街の人間たちを不安にさせたいわけではないのだ。
彼らの気持ちになって考えればその気持ちはよくわかる。
それに、そういった不満が溜まれば溜まる程爆発しやすいものだし、時間をかければかける程結局俺の立場は危うくなってしまうことだろう。
居候させてもらっている以上、大人としてそれなりに誠意は見せなくてはならない。
もちろん手を出してくるようなら反撃はするが、セリシアが傍にいる状況で殴り掛かったりはしないだろう。
対話だけなら、何とかなるはずだ。
「だったら尚更俺は行くよ」
「……!」
「……大丈夫なの?」
「セリシアが信じてる信者の人達に不満を抱かせたままっていうのも世話になってる身としては心が痛いし、何より俺も勝手な先入観で街の人達を嫌いになりたくなんかないんだ」
「メビウス君……!」
この聖女ちょろいな。
そりゃみんな心配するわ。
「そう思って頂けるのなら、是非一緒に行きましょう! 私からもみなさんの誤解を解いてもらえるよう語りかけてみます!」
「でも聖女様……本気なんですか?」
「もちろんです! 私に任せて下さい」
「……」
小さく拳を握って気合を入れるセリシアを、顔を引き攣らせながらユリアは見ていた。
どうやら全然信用されていないらしい。
まあセリシアを心配している街の人たちが本人の言葉を聞いて安心するわけがないよな。
全員セリシアのことを想ってやってることだから余計たちが悪い。
「お兄さん、ちょっと……」
そんな聖女様だからか、苦労人のユリアがちょいちょいと手招きしてくる。
軽くしゃがんで耳を立てた。
「多分みんな聖女様の言葉に理解を示すようなポーズを取ると思うけど、絶対に失礼な態度を取っちゃ駄目だからね。特に聖女様に対していつものような口調や態度で話しかけたら、きっと聖女様が止めても止まらないと思う」
「お前俺も信用してないな……?」
「当たり前でしょ。でもお兄さんは唯一結界を通り抜けられる人だってことはみんな知ってるから最初は警戒されるだけで仕掛けてはこないと思う。だからそこで一気に好感度を稼ぐこと」
「結界って何の話だ?」
「……え、聖女様もしかして伝えてないの?」
そんなこと全然聞かされていないが。
恐らくそれも『聖女』の力によるものなのだろうが、改めて考えてみるとセリシアは『聖女』の力について何の説明もしてくれなかった気がする。
謎の光『聖神の奇跡』についても自身の身を守ってもらえるという抽象的な話しかされていない。
それも俺が聞いたから答えてくれただけだ。
まあ信者でもない俺に自分から私はこんなに凄いんですよ~とはセリシアの性格上言わないか。
むしろ俺がそれまで興味を持たなかったのが悪いまである。
「あーうーん。結界って言うのは……っと。聖女様が優先だね、とりあえず頑張って」
「は、えっ嘘だろ!?」
俺達だけで話しているため除け者になってしまっているセリシアが、気になっている雰囲気を出しつつこちらを伺っていた。
それを見たユリアが気を遣って会話を中断させてしまう。
話は終わりだとばかりに俺の背中を押してくるためもう答えは現時点では教えてくれないことを理解する。
そしてパオラもユリアのアイコンタクトによって背中を押す係にシフトしてしまった。
「お話は終わりましたか?」
「いや」
「はい終わりました。聖女様、気を付けて行って下さいね」
「はい。行ってきます」
そんな会話をしながら俺の静止の声も聞かず正門前まで押し出していくユリアたち。
その様子をセリシアは微笑ましく見守りながら、俺と共に正門の外へと出た。
「それでは行きましょうか、メビウス君」
「あ、ああ」
ユリアが教えてくれないのなら仕方がない。
三番街の大通りに着くまで少々歩くだろうし、その間にセリシアにある程度聞いてしまおう。
俺は軽く手を振って見送ってくれるユリアとパオラに恨めしそうな顔を向けながら、セリシアと共に三番街への第一歩を踏んだ。
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