第1話(7) 『長女の役割として』

 やはりクソガキはクソガキだったものの、とりあえず協力関係に落ち着いたのは良いステップアップとなっただろう。


 ユリアも年齢的にはメイトの次に高い、あの中では長女の役割を持っている。

 であればそう遠くないうちに子供たちと対面する機会を設けてくれるはずだ。


 なのでその機会が来るまでの間俺は気長に待つことを選択しユリアと別れた後、セリシアを探しつつ敷地内を散歩してみる。


 森に囲まれていると言ってもどうやらそれは背面側ぐらいで、立地的にはそこまで悪くないように思えた。

 単純に教会に用がある人間だけが来るようになっているだけだ。


 門を超えた先も本当に緩やかすぎる短い坂があるだけで、お年寄りも不自由なく来れるようになっている。

 さすがに杖持ちの方はキツそうだが、無理して来ないようにさせるという点で言えばむしろこの坂は有用に機能しているということなのだろうか。


「ほー……色々考えてんのな」


 門の内側から外の世界を眺めつつ、教会を半周した所で裏手にセリシアが立っているのを見つけた。

 どうやら洗濯物を干している最中らしい。


 ……声を掛けるべきか。

 いや、だがここで声を掛ければ洗濯物を干すのを手伝わなければならない雰囲気になる可能性がある。

 働かざる者食うべからずとは言うが、別に現状働かなくても食い物を恵んで貰っているわけで、であれば働かなくても良いということだ。


 それにセリシアもそのことについて苦言を申したことはない。

 知能を持つ生物は言葉でコミュニケーションを取らなければ正常な判断を行うことは非常に難しいわけだ。


 つまり言われなければ気付かない振りをしてもオールオッケー。


「……よし、寝るか」


「いやぁこの状況でそれを言えるのは呆れを通り越してむしろ尊敬しちゃうよ」


「――っ!?」


 完璧なスケジュールを立て早速行動に移そうとした瞬間、真横からそんな声が聞こえ思わず肩を震わせる。

 慌てて身体を向けると、そこには複雑そうな視線を向けるユリアがいた。


「……なんでいんだよ」


「お兄さん何処に行ったのかな~って」


「俺は神出鬼没を持ち味にしてるんだ。帰れ」


「辛辣過ぎない……? せっかく手伝ってあげてるのにさ~。メイト兄にチクっちゃおっかな~」


「ごめんなさい」


 ちょっとした冗談じゃないか、全く。

 すぐ脅すような奴はロクな大人になんねーぞ。


「大人のプライド無いんだね……だったら聖女様を手伝ってあげてよ。せっかく増えた男手なんだから」


「手伝うメリットがない」


「聖女様相手にメリットとか言う人初めて見たよ……」


 だからその異常な聖女推しは何なんだ。

 それがわからない以上、そこまで特別感を抱けないんだが。


「あ、そうだ。女の子の下着見放題だよ」


「なに!? マジで!?」


「あ~えっちいんだぁ~」


 マセガキがニヤニヤしながらなんか言ってるが、お前みたいなガキの下着など興味はない。

 ユリアの言葉を無視し、すぐに物陰から飛び出した。


「セリシア! 俺が手伝ってやるよ!」


「わっ!? メビウス君、急にどうしたんですか?」


「その人が聖女様の下着見たいんだって~」


「ええっ!?」


「おまっ!? 俺とお前の絆はどうした!」


「なにその絆……」


 まさかのユリアによる裏切りによって早々に俺の行動の真意がセリシアにバレたが、どうせ怒られるのならときょろきょろと目的のブツを探し求める。


 ……が、恐らくそこにあるであろう楽園には白い大きな布が仕切りとして掛けられ、どの角度からも見えないように保護されていた。


 一気にテンションが下がり、肩を落とす。


「メビウス君駄目ですよ。私達の行いは常に聖神ラトナ様が見ています。女神様の使いとしての模範となるように行動しなければなりません」


「はい、すいません」


「お兄さん……」


 なんだよ。

 もとはと言えばお前がチクったせいだろうが。

 俺は話が長くなりそうなら頭を下げることに一切の抵抗を持たない男なんだ。


「それより、それ手伝うぞ」


「今の今でそれはちょっとキツいんじゃ」


「本当ですか! ありがとうございますっ」


「…………聖女様、私も手伝います」


 どうやら深く考えることは諦めたらしい。

 誤魔化すために手伝いを申し出る俺と、純粋な手助けをするために手伝いを申し出るユリアとでは行動の理由が違うのだが、セリシアにとってはどれも一緒らしく嬉しそうに洗濯物を干す作業へと移っていた。


 俺はその間洗濯籠の中にあるであろうお宝を血眼になって探していたのだが、お宝は見つからなかった。

 どうやら既に干し終わっているらしい。


 仕方ないので大人しく手伝うことにしよう。

 ニヤニヤを通り越してジトっとした目になり始めてる視線を真横に感じながら、テキパキと作業に入る。


「くすっ」


 段々下がっていく好感度をひしひしと感じながら目を逸らしていると、ふとセリシアが微笑んでいる声が耳に届いた。


 お互い顔を見合わせながら二人の視線がセリシアへと向く。


「いつの間にか凄く仲良くなってますね。ユリアちゃんがここまで元気な姿を見せてくれるなんて初めてです。良いお兄さんが来てくれて良かったですね」


「せ、聖女様やめて下さい……そんなことないですから」


「ほーん」


「――っ! その顔やめて!」


 年相応に可愛いところがあるじゃないかとにまにまとした笑みを仕返してみるが、冷静に考えたらセリシアの仲良し判定なんて何の説得力もないんだった。


 ユリアも揶揄ってくるような雰囲気は何処へやら恥ずかしそうにキッと俺を睨み付けてくる。


 その姿は先入観無しで見ればやはり子供らしく見えた。


「……はあ。メイト兄の気持ちがわかった気がする……ん?」


 が、ふと背後の物陰へと視線を移したユリアの目を追うと、物陰からこちらを覗き込み様子を伺っている男の子と女の子の姿が見える。


 あれは確か……カイルとパオラと言ったか。


「「――っ!!」」


「あっ、待ちなさい!」


 俺達に気付かれたことに気付くと二人は慌てて逃げて行ってしまったので、ユリアは二人を追いかけに行った。

 そしてぎゃーぎゃーと子供らしい叫び声が聞こえて数十秒。


 次に出て来たのはカイルの胸倉を掴みながら引き摺り、大人しくしているパオラの手を引いてこちらへやって来るユリアの姿だった。


 ……てか過激だなおい。

 あ、だがカイル本人は楽しそうに見える。


「あんたたち、メイト兄にチクるつもりだったでしょ」


「だって兄ちゃんがそいつに近付くなって!」


「そ、そうだよお姉ちゃん……お兄ちゃんに怒られちゃうよ」


「さっきも言ったでしょ。メイト兄が言うような人じゃないって」


 子供が増えたことで一気に辺りが騒がしくなる。

 微笑まし……いとは思わないが、やはり子供たちのグループではユリアがお姉ちゃんとしてのポジションをしっかり担っているらしい。

 彼女の個々に見せる姿がそれぞれ違うためイマイチ本当のユリアがどれなのかがわからないが、どうやら俺と約束した協力関係というのはしっかりとやってくれるようだ。


 ユリアはカイルを掴んでいた手を放ち、立ち上がらせる。


「そのメイト兄は今何処にいるの?」


「いつも通り素振りしてるよ。リッタはお昼寝中」


「リッタを一人にしてるの? ちゃんと見ておきなさいよ」


「見るつもりだったよ! けどパオラが」


「だってお姉ちゃんがお兄ちゃんに怒られちゃうから……」


「……はあ」


 おーなんだか大変そうだな。

 だがメイトに相談しなくて助かったとも言える。

 あいつはほとんど俺に干渉して来ないがそれでもこうして集まってると知れば強引にでも引き剥がしに来るはずだ。

 そうなれば当然メイトによる警戒は強まり、子供たちと親睦を深めるのがかなり難しくなってしまうだろう。


 別にそこまでして子供たちと仲良くなりたいわけではないが、セリシアには仲良くなって欲しいと頼まれているし、そういうわけにもいかないのが現状だ。


 俺が事の成り行きを見守っていると、俺の視線に気付いたのかパオラがビクッと怯えたように肩を震わせてユリアの背へと隠れてしまった。

 その姿を見て、カイルはユリアとパオラを守るように両手を広げて仁王立ちを始めている。


 ……心外なんだけど。


「カイル君、パオラちゃん」


 若干傷付いていると、俺と同じように事の成り行きを見守っていたセリシアが不意に膝を折って子供たちへと視線を合わせていた。


 そして慈愛の籠った優しい瞳を二人へと向ける。


「先入観で人を判断してはいけません。ユリアちゃんのようにしっかりと話してみて、それから判断するのが大切ですよ。先入観で人を判断してしまえば、その人を傷付けてしまうことだってありますから」


「……でも兄ちゃんが」


「そうですね。メイト君もみんなを守りたいからそう言っているとしても、いけない子です。ですがそれは自分で気付かなければならないことだと私は思います。カイル君もパオラちゃんも、本当にメビウス君が今思っている人柄なのかを自信を持って言えるのなら、私は何も言いませんよ」


「「……」」


「ゆっくり考えてみて下さい。ね?」


「「……はい!」」


「……おー」


 凄い綺麗事が聞こえた気がする。

 普通に考えて年長者に歯向かって自分を押し通すなんて無理だろうに。


 だがきっと、それを綺麗事として扱われないのが聖女なんだろう。

 美しい言葉は人に勇気を与えて、成長の第一歩になる。


 成長しきった腐りかけの俺なんかには特に響かないが、それは俺がクソみたいな天使性の持ち主だからだ。

 光る原石のこいつらにはこういった言葉が大切なのだということはさすがの俺でもわかる。


 だから俺には眩しいんだ、この子が。

 神サマは大嫌いでも、この子だけはどうにも嫌いになれそうにない。


 ボーっとセリシアを眺めていると、ふとカイルとパオラからの視線が刺さっていることに気付く。


「……」


「「……」」


「……――わっ!」


「「――っっ!!」」


「駄目ですよメビウス君っ!」


「はい、すいません」


「何やってるのお兄さん……」


 あまりにもおっかなびっくりこっちの様子を伺うものだから思わず驚かせてしまった。

 そのせいで二人は揃ってすぐ傍にいたユリアの背に隠れてしまい、ぷんすかとセリシアから注意を受けてしまう。


 いやぁおちゃめで申し訳ない。


「すまんすまん。俺はただ君達と仲良くなりたかっただけなんだ」


「「……」」


「別に無理して仲良くする必要はない。そりゃあ話したこともない大人とすぐ仲良くなれっつーのも無理な話だ。俺が君達ぐらいの歳でもきっと無理だった」


 しかも相手は身寄りの無かった孤児の子たちだ。

 暖かい家庭で過ごして来た人とは警戒心が大きく違うだろう。


「ただ俺としては仲良くして欲しい、かな」


 だから、俺が言うのは俺自身の願いだけだ。

 こっちから根気強く歩み寄ることも必要なんだろうが、正直自分にミスもなく好感度を上げられるとは思えない。

 それにメイトが目を光らせている以上そう何度も関わる機会を持つことは少ないだろう。


 だからせめて、俺が敵対しないことだけは理解して欲しいと、そんな小さな願いを抱いてみる。


「「……っ」」


「あっ、ちょっと」


 しばらくジッと頬を掻く俺を見続けていた二人だったが、そのまま踵を返して走り、ユリアの静止の声も虚しく裏庭から出て行ってしまった。


「え、えっと……! カイル君もパオラちゃんもまだ緊張しているだけだと思います! きっとあの二人もメビウス君の気持ちに応えてくれる日が来ますよ!」


 俺の様子を見て何を思ったのか、あたふたと言葉を選びながらセシリアは気を遣ってそんなことを言ってくれる。


 そうだな。

 きっと緊張しているだけだ。

 俺だってユリアの時のようにそんなすぐに仲良くなれるだなんて思っちゃいないさ。


「……ちぇっ」


「お兄さん、正直すぎ……」


 正直、いいじゃないか。

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