第1話(6) 『第一の協力少女』

「……ん」


「……」


「うおっ!?」


 一時間ぐらい眠っていただろうか。

 ゆっくりと瞼を開けると、俺の顔を覗き込む女の子が視界に入り俺らしくもなく驚いた声を上げて飛び起きてしまった。


 横腹が痛い。

 だが慌ててその女の子の方へと視線を移すと、つい先程見たばかりの姿が見える。

 さっきもジッと俺を見ているだけだった少女、確かユリアと言ったか。


「おはよ、お兄さん」


「……お、おう」


 周りに視線を移してみるが、他の子供たちが覗いている気配はない。

 何事もないかのように挨拶をかましてくるこの少女に逆に警戒心を抱いてしまった俺だが、ユリアは揶揄うような表情を俺へと向けているだけだ。


「だらしない寝顔だったね」


「……」


「なんで警戒してるの? 距離を縮めたいのかな~って思ってたんだけど、違った?」


「いや……確かにその通りだ」


 その通りだからこそ、こうして無防備に近付いてくるお前の真意を読み取れないんだ。

 さっきまで警戒していたじゃないか。

 だが向こうから近付いてくるのなら、真意はわからないとしてもその波に乗るべきだろう。


「起きたばかりで状況が呑み込めなかったんだよ。怯えさせたのならすまん」


「んーん。メイト兄なら騒ぐかもしれないけど、私は気にしないよ」


「怯えてないのなら有難いが……で、どうしたんだ? 何か用か?」


「んー……とりあえず座っていい? お兄さんのお話聞きたいな~」


「……別に良いが」


 なんだコイツは。

 歩み寄ってくれるのは有難いが、メイトみたいに明確な敵意を持っているわけでも、下の子たちのように怯えた様子を見せているわけでもないからどうにも関わりづらい。


 だが向こうに何か用があるのなら、素直に言うことを聞くべきか。

 先程飛び起きてしまったので、寝ていた木に寄りかかりつつ座り込むと、何故かユリアも真隣に座って来る。


「相手のことを知らないとこっちもどうしたらいいかわからないでしょ? 私からみんなに伝えてあげるよ」


「ほーそりゃあ有難いな。けどそんなことお前がするメリットはあるのかよ」


「こんな付かず離れずの空気の中過ごさなきゃいけなくなるよりはメリットだらけだよ」


「確かに」


「メイト兄は俺がみんなを守るから~って張り切っちゃって。カイルとパオラもメイト兄の言うことを信じちゃってさ。まあメイト兄も男の子だから、気持ちはわからなくもないけどね」


 凄い達観しているように思える。

 というか、恐らく子供たちの中で唯一彼女が今の状況を客観的に理解しているのだろう。


 そして同時に、俺を排除することが正しいかどうかも決めかねているように思える。

 メイトの言葉ではなく、自分の意志でそれを決めるためにこうして自ら話の席を用意しているのが何よりの証拠だ。


 子供恐るべし。


「だからお兄さんのこと、教えてよ」


「何が知りたいんだ?」


「そうだなぁ。じゃあ、どうして傷だらけだったのかと、何をしているのか教えて」


「若干ボカしてもいいか?」


「うん、いいよ。私も含めてみんなお互いに言いたくないことは聞かないって約束してるから。ここに住んでるお兄さんも一緒だね」


 孤児には捨てられた理由というのが必ずある。

 リッタのような子供は捨てられた理由がよくわからなかったりするのだろうが、まあ聞かれたくないことの一つや二つあるだろう。


 一応相手は子供だし、あまり生々しいことを言うことは出来ない。

 だが嘘を付いてしまえばそれがバレた場合確実に今後の関係に支障が出る為、俺はある程度端折りながらもユリアにこれまでのことを説明する。


 ここから遥か遠くの場所に妹が待っていること。

 家族を狙っている男に、自分も命を狙われたこと。

 気が付いたらセリシアによって助け出されていたこと。

 傷が治り次第、一刻も早く妹の安否を確認しないといけないことを。


 それらをユリアは子供だというのに飽きることなくしっかりと聞き続けていた。


「――とまあこんな感じで、生活の基盤を作らなくちゃいけないんだ。ここら辺のことも何もわからんからその情報収集も兼ねてな」


「……お兄さんも大変なんだね~。前にチラッと見た時は礼拝堂に寝っ転がっててだらしない人だな~って思ってたけど」


「俺はだらけてないと生を実感出来ない!」


「元気よく言える言葉かなぁ」


 しょうがないだろ。

 毎日張り詰めて一生懸命働くなんて俺には出来っこない。

 起きてから働き終わるまでの時間分、俺は寝ることをモットーにしているからな。


「それじゃあ……聖女様に何かしようとか、そういうのは無いんだ?」


 その瞬間、空気が変わった気がした。

 ユリアの表情を伺うと、少女はジッとこちらの真意を読み取るために感情の変化を逃さないように見続けている。


 きっとユリアが本当に聞きたかったのはこれだと感覚で理解する。

 この教会で過ごして思う時が多いが、やはりこの世界で『聖女』というのは何かしら大きな意味を持っているようだった。


 こんな小さな子供ですら、聖女にここまで執着しているのだから。

 だから俺も本心を伝えなければ、きっと彼女の感情は全て黒く塗り潰されてしまうだろう。


「――俺は神が嫌いだ!」


「……ちょっ!? 駄目だよっ!」


「むぐ!?」


 俺がそう高々と声を上げると、固まっていたユリアは急に焦ったように俺の口を塞ぎ、きょろきょろと周りを見回していた。


「こんな所でそんなこと言ったら、信者さんに殺されちゃうよ!?」


 えっ、こわ。


 だが余裕のありそうな雰囲気を出していたユリアがここまで焦るということは、どうやらここは超過激な宗教社会だということらしい。

 剣と魔法のファンタジー世界だと思ってたのに、根本的には天界とあまり変わらないようだ。


 そんなことを大きな声で言わないことを頷きによって誓い、ユリアの手が離される。


「……まあそういうわけで、神サマとやらに何かを頼むなんてまっぴらごめんなんだよ。あの聖女様がどんな力を持ってるのかは知らんが、俺は俺の力で物事を成し遂げる。だから俺はあいつを聖女ではなく、一人のセリシアっていう女の子だとしか思わない。思わないから、利用するもクソもないんだ」


「あんなこと平気で言えるんだから、きっとホントにそう思ってるんだろうね……なんかすごい説得力」


「そもそもあんな天然が聖女だってのもイマイチ信用できん」


「それは……愛嬌ってやつだよ」


 そんなこと言ったら愛嬌の申し子(エウス命名)と呼ばれてる俺なんか大人気になってるはずだ。


「……でもそっか」


 ユリアは肩の荷が降りたかのように小さく呟く。


「お兄さんは、信用出来るかもね!」


 そして俺に向けてにまにまとした笑みを浮かべていた。


「私も仲良し作戦に協力してあげるよ」


「そりゃ嬉しいけど……今ので信用出来る要素あったか?」


「うん。お兄さんもそのうちわかるよ」


「ほー」


 よくわからんが、とりあえず彼女が協力してくれるというのならこの教会に仲間が一人増えたということでもあり、幾分動きやすくなることだろう。

 そのうち分かるというのなら素直にそれを待つだけだ。


 良い孤児もいるじゃないか。

 子供とはいえ手伝ってくれるというのならきちんと握手なりするべきだ。


「わかった。じゃあしばらくよろしくな、ユリア」


「あ、触っちゃ駄目だよ。変態お兄さんになっちゃうからね」


 ……このガキ。

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