第1話(5) 『三番街の聖女様』
三番街教会孤児院、通称【セリシア教会】。
それは三番街の郊外に建てられ、木々が生い茂った場所にある。
要するに街外れにあるということだ。
とはいえ週終わりにはいつも三番街の住民が礼拝に訪れるらしいので街とはそこまで距離が離れているわけでもなかったりする。
……というか、チラッと都心の方へと様子を見に行ってみたのだが、大通り付近はどうかはわからないが少なくとも教会近くは農業や林業を中心に生活しているだけあってただのド田舎だった。
一応教会も含め生活水準はそこそこ高いようなのでゆとり世代が完全に匙を投げだしたくなる程ではないにしろ、これまで冷暖房機でぬくぬくと過ごしながらゲームしていた俺は既に若干萎え始めていたりもする。
まあそんなことは些細なことだからどうでもいい。
結局過ごしにくくない環境であるならこの際文句は言わないさ。
「……はあ、はあ」
「あの……大丈夫ですか? メビウス君」
……が。
問題があるとすれば現段階で肘を床に付け疲弊している俺を困惑しながら眺めているこの聖女様のことだろう。
最初の頃は堕落に過ごしていた。
セリシアが日々教会孤児院の仕事をこなしていたとしても、だから何だと長椅子に寝転がりながら子供たちに怪訝な目をされつつも有意義な時間を過ごしていたのだ。
だが、数日教会孤児院で過ごして思ったがこの聖女。
驚くぐらいドジを踏みまくるドジっ子聖女だった。
料理していれば包丁を落として足に突き刺さりそうになったり。
干し終えた洗濯物を二階の住居スペースに持っていこうと階段を上がったら落下しそうになったり。
しまいには何もない床に躓いて転びそうになったり。
とにかく目が離せないのだ。
もちろん、仕方ないので何度も助けようとした。
が、いつもの謎の光によってセリシアは守られ、対して助けようと動いた俺は勢い余って転がりそこら中にぶつかる始末。
不本意だが大体俺の自爆によって治りかけの身体にダメージが蓄積し、若干心が折れそうになっている。
もちろんこう何度も謎の光で守られているのなら無視してしまえばいいだけの話だ。
だがそんなの本当に守ってくれるのかわからないし、何より目の前で危険な目に合いそうな子がいたら反射的に動いてしまうのはもうどうしようもなかった。
特にドジをかました時「わわっ……!」とか言わないで欲しい。
動いちゃうから。
「ま、前から思ってたが、その謎の光は何なんだよ……」
「謎の光……ですか?」
「さっきも転びそうになってたのに時間が巻き戻ったみたいに『無かった』ことになってたじゃないか」
初めて会った時も言っていたが、どうやらこれは魔法ではないみたいじゃないか。
であれば何なんだという話だ。
セリシアから何かアクションを起こしているわけではないから人為的な現象ではないと個人的には思っているものの、正解はわからない。
「ああ、それは聖神ラトナ様のご加護、『聖神の奇跡』によるものです」
「……だれ?」
「そちらに神々しく佇んでいる女神様のことですよ」
「……ああ」
セシリアが手のひらを向けて視線を移動させてくれた場所にいたのは、礼拝堂の最奥にいる巨大な石像だった。
そういえば前にも一度説明されてたな。
あの時は覚える気なんて一切無かったから記憶から消失していたわ。
……つまり、神サマとやらが大事な大事な聖女様を守るために力を貸してあげているというわけか。
一気にテンションが下がる。
そんなわけがないだろと、俺は何処か客観的にセリシアを嘲笑っていたように思えた。
仮にセリシアの言っていることが事実だとしたら、それはそれで存在する神サマとやらに心底幻滅するだろう。
たった一人の人間は守ることが出来るのに、それ以外はスルーときたもんだ。
神サマにも優先順位というものがあるということになる。
必死に祈って、神様のために信仰を捧げている信者は助けず聖女だけは助けられるならそりゃ大層な存在だな。
「じゃあその神サマに守ってもらってるのか」
だが、その苛立ちを彼女に向けるのは違う。
「はいっ。その見返りとして、私達神に仕える者はその身を持って聖神様に奉仕するのが義務付けられているんです」
「……そりゃあ息苦しい人生だな」
「そんなことはないですよ。聖神様のご加護のおかげでたくさんの人々を救うことが出来る。それだけで私は、聖女で良かったと思えるんです」
「……」
守られてる側の聖女ならそう言うのは当たり前の話だった。
根本的に神の使いである彼女と神様議論をしたところで得るものなど何もない。
むしろ考えようによってはここまでドジを踏む聖女から神サマは目を離せず休む日もないということでもある。
……うん。
ちょっと気分が良くなった。
まあ神が守ってくれているのならそれでいい。
ここ最近は何故か俺も慌ただしく過ごしていたが、それなら俺はいつも通り傷が完全に完治するまでだらだらと過ごすことにしよう。
「なので私も、ラトナ様に仕える者として相応しい聖女になろうって思うんです。メビウス君も是非私を頼って下さいね!」
「お、おう。それはもう充分頼らせてもらってるが」
「メビウス君は傷が治ったらすぐに出て行くって言ってるではないですか。基盤が固まるまではここを拠点にしても構わないんですよ?」
「あー……まあ有難いことだけど」
そういうわけにもいかない。
理由はわからないが人間界に来てしまった以上、一刻も早く天界へと戻る方法を模索しなければならないのだ。
どの道しばらくこの世界で過ごすための資金は必要になってくるだろうが、この街に滞在し続ける理由はそこまでない。
ある程度この世界の知識を頭に叩き込んだら、そう遠くないうちに出て行くつもりだ。
ただ念のためここではセリシアに断定的なことは言わないでおく。宣言したことをしなかったらダサいし。
「気になることがあったらいつでも言って下さいね! ――わわっ!」
「ちょっおまっ!」
「……っと」
「――!? ぐはぁ!」
……やっぱ傷治すの、無理かもしんない。
――
もうこの際、あの聖女が何処でも転べる才能があるのは認めた。
そして頭ではわかっていても身体が動いてしまう愚かな俺という存在も。
それはもういい。
とりあえずはしばらくセリシアとは離れて、『聖神の奇跡』が発動する様を頭に慣れさせないと気が休まらない。
しかしだからといってまだ【セリシア教会】から出て三番街の街へ行こうとは思わない。
なので俺はいつものように庭で遊んでいる子供たちの様子を見ようと教会の外へ出た。
「――っ!」
「「「……」」」
「……?」
……う~ん、急に静かになってしまった。
教会に出るまでは室内でも聞こえるぐらいの大声できゃっきゃと騒ぎまくっていた5人の子供たちは教会から出て来る俺を見ると警戒するように足を止め、ジッとこちらを見つめ続けている。
メイトは俺から子供たちを守るように立ちながらキッと俺を睨み付けているし、唯一リッタは子供たちが足を止めている様子に疑問を抱いているようだ。
歓迎されていないのがよくわかる。
ただ自分から積極的に絡まないといつまで立っても距離は縮まらないのはよく知っている。
なのでここは道化を演じてでも会話に入るべきだろう。
「いや~聖女――」
「こっちくんな!!」
……スゥー。
駄目だこりゃ。
心が折れたのでとりあえず撤退。
ただこのまま教会に戻ってしまうとまた出て来た時に警戒されてしまうので、子供たちのいる逆方向側の木の下に寝転がり、ふて寝することにした。
もちろん子供たちの視界に入らない裏手にである。
「いやぁ最近の子供はこえ~なぁ」
きっとあのまま足掻いた所で子供たちを怖がらせ、より警戒させるだけだ。
子供は単純とは言うが、こう最初から好感度が低いと単純故に好感度を上げるのが難しいとも言えるだろう。
恐らくリッタだけなら味方に付けることは出来ると思う。
しかし逆にリッタから味方に付けてしまったらその他から敵対されるのは確定だ。
大体こういうのは年長者から味方に付けないと姑息な奴だという印象を植え付けてしまうのだから。
……しかしエウスがあれぐらいの頃はもっと可愛い、どころか女神様みたいな神々しさを放っていたというのに。
聖神ラトナとかいうどうでもいい女神よりもよっぽど女神していたが、そういう子供とばかり関わっていたせいでああいう手合いにはどうすればいいのかイマイチよくわからない。
「まあ、向こうは孤児だったようだし警戒するのも当然か」
一応セリシアにそれとなく聞いてみたのだが、どうやら教会孤児院という名の通り、何らかの理由で親から見放された彼らを保護しているようだ。
当然そうなれば他人に警戒しているのは当然のこと。
それを何の躊躇もなく踏み歩くような真似は賢い俺には出来ない。
大人しく機を待とう。
俺はセリシアによって使わされた体力を回復するべく、ゆっくりと瞼を閉じた。
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