第1話(4) 『神サマを睨み付けて』

 ……なんかすげぇ目で見られてるんだが。

 セリシアによって呼ばれて来た子供たちの表情はどれも決して好ましいものではなかった。


 大体10歳前後だろうか?

 セリシアの前に立たされている4人の子供の一人、小さな女の子は不安そうに彼女の服を掴んでいる。


「……」


 そして一番気分の良いものではない敵意剥き出しの視線を向けて来るのが、入口の傍にある長椅子に腰掛けながら何故か木剣を抱えている12歳程の少年だ。

 俺がチラリと視線を向けると、まるで対抗するかのように無言のままキツイ目で睨み返してきた。


 ……このガキ。


「紹介しますね。こちら元気いっぱいな男の子が今年10歳になるカイル君です」


「……」


「そしてこちらのおしゃれが大好きな女の子が今年12歳になるユリアちゃんです」


「……」


「続いてこちらのユリアちゃんが大好きな女の子で今年8歳になるパオラちゃんです」


「……っ」


「そして一番最年少の男の子で今年6歳になるリッタ君です」


「よろしくおねがいしますっ!」


 ……んー歓迎されてないっぽいな。

 というか元気いっぱいとは?

 最初のカイルという子は警戒した目を向けるだけだし、ユリアという少女はつまらなそうに髪の毛をくるくると指に巻いているだけだ。


 パオラという深いベレー帽を被った少女は俺の視線に気付くと逃げるようにセリシアではなくユリアの傍へと逃げていった。

 純粋なのはリッタ君という小さな子供だけな気がする。


「そしてこちらが……あ、そういえば名前を聞いていませんでした」


「聖女様……」


 あの木剣を持っている少年は放置していいのか俺にはわからんが、端折って俺の紹介に入ろうとした時、セリシアは俺が名前をまだ伝えていないことに今更ながら気付いてユリアと呼ばれた少女にジトっとした目を向けられていた。


 そういえば俺もまだ伝えていなかったことに気付く。

 ならば紹介してやろう。

 この俺の偉大なる名前を。


「俺はメビウス。メビウス・デルラルトだ。気軽にメビウス様って呼んでくれて構わないぞ」


「わかりました、メビウス様!」


「……冗談なんだけど。ごめんって。お前らもそんな顔で睨んでくんなよ」


 きっと彼らはセリシアがこういった冗談を真に受けてしまう性格だということを知っているのだろう。

 リッタ以外が揃って俺に厳しい目を向けていた。

 唯一の良心はまだ幼いリッタぐらいなもんだ。


「普通に呼び方なんて何でもいいぞ」


「ではメビウスさんで!」


「なんか遠いな」


「そうですか? ……ではメビウス君とお呼びしますね!」


「……おう」


 別に呼び捨てでも良かったんだけど。

 なんか君付けだと子供たちと同じランクに位置してるように聞こえるし。


 ……しかし困った。

 ここが人間界だとすると現状では天界に帰る方法が一切思い付かない。

 意味もなく自己紹介を受け入れてはいたが、そんなことしている場合ではないことに気付く。


 帰る場所がない以上何処かで宿を取らないといけないだろう。

 そして更に宿を取るには金がいる。

 きっと人間界と天界では通貨がそもそも違うだろうから、ポケットに入っているなけなしの800円は何の使い道も持たないはずだ。

 むしろ通貨偽造とか何とか言ってお縄に頂戴される可能性だってある。


 ……ここで過ごさせてくんないかなぁ。


「――ちょっと待てよ」


 ゴマでも擦って何とかここに滞在出来るよう交渉しようと思っていた矢先、入口から聞こえて来た子供特有の若干高めの声が礼拝堂の壁を反射して響いた。


 視線を向けてみると木剣を抱えていた少年が俺を睨み付けながらゆっくりと近付いて来ている。

 そして俺の目の前まで来ると見上げるように俺を射抜いた。


「聖女様。そいつがここにいたのは傷だらけで気を失ってたからですよね。もう立てるようになっているし、自己紹介なんてしないで早く出て行かせるべきだと思います」


 おいおい、随分冷たいじゃないか。

 しかも俺が頼み込む前に先制して来やがった。


「ここは神聖な場所です。聖女様に敬意を示さない愚か者がいていい場所じゃないじゃないですか!」


 先程からこちらを不快な目で睨んでいた深緑色の髪を持つ少年はもっともらしいことを言って俺を追い出そうとしてくる。


 しかしそんなこと言われてもその『聖女』ってのがどんな役職なのかわかんねーから敬意もクソもないんだが。

 だがシスターではなく聖女と言う所に何かしらの地位があることはわかった。

 であればこっちもそれなりに敬意を持って話してしまえばいいだけの話だ。


 敬意を表す時は表情に気を付けつつ、真摯な態度を表現し声調に若干震えを持たせるのが一番本心っぽく振舞える。


「なるほど。では聖女様。先程までの無礼の数々、大変申し訳ございませんでした。しかし私はまだここに来て日が浅く常識を理解出来ていない身。どうかお許し下さい」


「んなっ!?」


「ええっ!? そ、そんな畏まらないで下さい。無礼だなんて思ってないですよ」


「無礼を承知で申し上げますが、今言ったように私はこれから故郷に帰るための宛ても路銀もありません。どうかしばらくの間この教会に滞在することをお許し願いないでしょうか」


「もちろん最初からそのつもりでした。なので顔を上げて下さい。傷口に触れちゃいますよ!」


「せ、聖女様!」


 頭を下げられ慣れていないのだろうか。

 セリシアは分かりやすく狼狽えていたようだが、この教会孤児院の所有者ご本人から滞在の許可をもらったのは大きな進歩だ。

 残念ながらこのクソガキに俺の滞在の有無を決められる権限などない。


「……ふっ」


「~~~~っっ!!」


 なので頭を下げてセリシアたちには見えないよう注意しながら、少年に小馬鹿にするようなドヤ顔をお見舞いしてやった。


「せ、聖女様! コイツ今ボクを見て笑いました!」


「え? そうなんですか?」


「とんでもない。虚言癖でも持ち合わせてるんじゃないですか?」


「なあっ!? お前ふざけんな!」


「こんな神聖な場所で暴言とは……おっかしいなぁここに愚か者がいる気がしますね」


「ぐぬう……!!」


 馬鹿が。

 簡単にチクってんじゃねぇよ。

 これでも俺は学生時代に数多のやらかしをチクられ、その度に言い逃れして来た男。


 こんないかにもぽわぽわとした聖女を言い包めることなど造作もないことだ。

 現にセリシアは俺と少年の絡みを見て嬉しそうに笑みを浮かべている。


「くすっ。出会ったばかりなのにお二人はもう仲良くなってくれたんですね。羨ましいです」


「聖女様! こんな奴と仲が良いなんて心底ごめんです!」


「そんなことありませんよ。たくさんの方と仲良くなれるのは心が清い証です。とても素晴らしいことですよ。メビウス君が意識を失っている間ずっとピリピリしているようでしたので心配していたのですが、メイト君も心配していただけだったんですね!」


「そんなわけ――! ……そ、そうです」


「……ぷっ」


「く、くぅ……!!」


 なるほど。

 どうやらセリシアが自己紹介の際にメイトの紹介をしなかったのは、俺とメイトがいきなり対立してしまうことを恐れてのことだったようだ。


 ……いや普通にその通りになっていると思うけどな。

 どうやら彼女にとってはこれはただの男の子同士の絡み合いだとでも思っているらしい。


 ニコニコと嬉しそうにメイトを褒めているため、彼も強く否定出来ずに受け入れてしまっている。


「と、とにかく! オレはお前を認めるわけにはいかない! お前らみたいなよそ者は聖女様に群がるハエばかりで信用出来ない! ずっとここにいられると思うなよ!!」


「こらメイト君っ! そんな乱暴な言い方しちゃ駄目ですよ!」


「うっ、ごめんなさい。……ユリア! みんなを連れてって!」


「……はーい」


 俺に敵意を示した目を向けていたメイトだったが、セリシアによって窘められるとすぐに申し訳なさそうな顔をして庭へと逃げて行ってしまった。


 どうやら奴はセリシアに非常に弱いらしい。


 それもそうか。

 こんな無害そうな奴にキツイ言葉を浴びせるのは俺でも躊躇してしまうし。


「……」


「……?」


 しかしメイトが他の子供たちも連れて行こうと指示を出したユリアという少女は、チラリと何か含んだ視線を俺へと向けた後、そのまま子供たちを引き連れてメイト同様庭へと向かって行ってしまった。


 ……こわ。

 11歳の女の子にあんな無言の圧を感じたことなんて無いんだけど。


「みんなを嫌わないであげて下さいね」


 ぼーっと外へと出て行く子供たちを眺めていると、近付いてきたセリシアにそんなことを言われた。


「みんな本当は優しい子たちなんです。知らない大人の方が来て、混乱しているだけなんですよ」


 だろうな。

 俺だって、もしも実家に俺ぐらいの奴が突然「今日から一緒に暮らすからよろしくね!」とか抜かして来たらぶっ飛ばす自信がある。


 というか普通に倉庫に寝かせてエウスとは半径20m以上近付かせなどしない。

 そこまで大きな敷地はないので結局公園で寝泊まりさせるはずだ。

 メイトたちの警戒とはつまりそういうことだろう。


 ……ちょっと違うか?


 というか出会って一日の男を一緒に住まわせるとか危機感が足りない気がするが、俺はそれで助かったしどうでもいい。


 まあ、仮にも寝床を貸してくれそうな相手に余計な心配を掛けさせるわけにもいかないか。


「わかってるよ。嫌いになんて絶対にならない。むしろ俺が好かれなきゃいけないけどな」


「……! はいっ! 私も協力します! 一緒に頑張りましょう!」


「おう」


 そうだな、子供に嫌われるのはしょうがない。

 しかしみんな大好き聖女様が協力してくれるって言うんだ。


 それなら仲良くなる……までは行かなくても受け入れられるぐらいになるのにそこまで時間は掛からないだろう。


 本来はそんなことしてないで一刻も早く天界に帰る方法を模索しなければならない。

 だが生活の基盤を整えなければ捜索資金などすぐに途絶える。


 だからまずはこの教会孤児院で信用を勝ち取らないといけないだろう。


 礼拝堂の最奥には5m程の高さを持った何処かの神サマとやらの石像が後光に照らされ眩い光を放ちながら俺を見下ろしている。


 ……助けてやったんだから、何とかしろってことなんだろ。


 堕落している暇なんかない事態に小さくため息を吐いた後、翼を無くした天使は見下ろしてくる神サマをジッと睨み付けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る