第49話 魔王現る
妙な緊張感に包まれた、校長先生のありがたいお言葉によって卒業式は始まった。それが終わると、卒業証書が一人ずつ授与される。卒業証書には十段階評価が載っているそうだ。
その評価は三年間の学園生活で決まる。大会の順位や、テストの順位、出された宿題の内容、そして人脈関係などが考慮される。そして就職するときにはそれを雇い主に見せることもあるのだ。おお怖い。
もっとも、それを見せろと言われるのは、高位貴族のところで雇われるときだけみたいなんだけどね。高位貴族のところで働くには、学園の保証が必要というわけである。
顔をこわばらせた卒業生が次々と卒業証書を受け取る。そこだけ異次元の緊張感が漂っていた。さっきまでのお気楽具合とは雲泥の差である。
「卒業するときにはボクたちもあんな風になるのかな。考えただけで胃が痛くなってきた」
「真面目に授業を受けていたら、ちゃんと評価されるので大丈夫ですわよ。それよりも、今のところは何も起きていないみたいですわね」
「そうみたいだね。このまま何も起こらないといいんだけどね」
ガブリエラ先生からの事前情報では、国内の招待客も、国外からの招待客にも、怪しい物を持ち運ぼうとした人物はいなかったとのことだった。これは安心してもいいのかな?
ただ、国外から視察に来ている人の数が例年よりも多いとのことだった。それだけ注目されているのかな? もしかすると、ガブリエラ先生が一番の教育水準を持っていると言っていたのは本当だったのかもしれない。
卒業証書の授与も終わり、あとは卒業生代表と、在校生代表が最後のあいさつをするだけになった。卒業式もあと少しで終わる。
チラリとエリクの方を盗み見ると、何やらいやらしい笑顔を浮かべていた。あまりの不気味さに、周囲にいた人たちが少し距離を空けるほどである。
まだだ、まだ終わっていない。きっとこれからなんだ。背中に冷たいものを感じながらも、卒業生代表の最後の言葉を聞いていた。何も起こらない。そうなると、やはりフルール様が在校生代表のあいさつをするときに起こるのか。
いつも笑顔を絶やさないフルール様が、少し引きつったような笑顔を浮かべながら壇上に立った。そして、用意していた手紙を取り出した。ちょうどそのとき、会場が大きく揺れた。まるで何かで攻撃されたかのようである。
「何? 何が起こりましたの!」
「今の揺れ、何かしら?」
ボクにしがみつくリーズ様とクリス。今この場所にはガブリエラ先生はいない。二人を守れる位置にいるのはボクだけである。何が起きたのかは分からないが、揺れは一瞬で止まった。少し騒がしくなる会場。そのとき、だれかが叫んだ。
「おい、見ろよ、学園内に設置してあった魔法を禁止する魔道具が壊れているぞ!」
だれかが指差す方向を見ると、魔法を封じる柱状の魔道具が雷にでも打たれたかのように砕け散っていた。さっきの揺れの原因は、魔法禁止エリアでだれかが強引に魔法を使ったことによるものなのだろう。
このままだとフルール様が危ない! 壇上を見ると、すでに一人の騎士がフルール様の前に立っていた。あの騎士は見覚えがあるぞ。この国で最強と言われている騎士団長だ。さわやかなイケメンで、超かっこいいのだ。もちろん魔王に匹敵する力を持っているはずだ。
おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。犯人を捜さないと。そう思っていると、壇上に近い場所から黒い、雷のような魔法が放たれた。何あれ? 初めて見たんだけど。
だが、騎士団長を目掛けて飛んで行ったその魔法は、黒いドーム型のバリアによって防がれた。
ガブリエラ先生の闇魔法だ。闇魔法は防御に特化しているからね。未知の魔法でも防ぐことができたのだろう。あれは闇魔法と雷魔法を合わせたものなのかな? 当たると痛そうだ。
「二人は安全な場所に避難しておいて。ボクはフルール様とガブリエラ先生のところへ行って来るよ」
会場はすでにパニック状態になりつつあった。我先にと外へ逃げだそうとする人たちが出口へと詰めかけている。窓も割られたようである。もちろん、壇上へ向かう人もいるが、その数は少ない。
二発目の魔法が放たれた。ガブリエラ先生がそれを防いでいるが、どうやらかなりヤバイ魔法のようだ。すでにガブリエラ先生の顔には余裕がなくなっている。騎士団長もあの魔法に狙われるのを恐れて、フルール様を連れ出せないみたいである。
「そう、うまくは行かないか。これまでにないチャンスだと思ったのだがな」
「キサマ、何者だ!」
会場を警備していた騎士たちが貴族の格好をした人物を取り囲んだ。だが、その人物はまったく気にすることはなかった。まるで眼中にないかのようである。不気味だ。
謎の貴族の男はそのまま前へ進んだ。騎士たちが一斉に動き出し、その男を串刺しにした。
だが、体を貫いた剣には血がついた様子はなく、まるでその体をすり抜けたかのようだった。これは一体……? 困惑しているのはボクだけじゃなかったみたいだ。一瞬、騎士たちの動きが止まった。
その瞬間、男の体から黒い雷があふれ出た。それを受けた騎士たちが次々と倒れていく。男が身につけていた貴族の服も破れ、その下からまったく別の体が出て来た。何これ、きもち悪い。
そのとき、ボクの頭の中に、いつかどこかの記憶がよみがえった。これは穴のようにあいていた記憶。
それによると、魔王の狙いはフルール様を連れ去ること。そしてボクとシロちゃんが出会った丘へ向かい、そこで聖竜の力を吸収してパワーアップすることが目的だったのだ。
どうやら今の魔王は何百年前の戦いによって弱体化しているみたいだ。倒すなら今しかない。魔王は気がついていないようだが、聖竜はすでにその丘にはいないのだ。
よかった。どうやら今度は、手遅れになる前に記憶がよみがえったようだ。
だが、もう少し早く思い出してくれれば、他国の人物になりすましていた魔王を別の場所で倒すことができたのに。それなら被害も最小限に抑えることができたはずだ。
魔王の狙いがフルール様なら、絶対に守らなきゃ。
「待てよ」
「エリク? 今は君と話してる時間はないんだけど」
「お前にはなくとも、俺にはあるんだよ。俺と勝負しろ。お前に勝って、全部、取り戻してやるよ」
「何を言っているのかサッパリ分からないよ」
何言ってんだこいつ。目の前に魔王がいることは分かっているはずだ。こんなところで押し問答をしている場合ではない。無視して行こうとすると、エリクが魔法を放ってきた。
「あぶなっ」
「お前の相手は俺だ」
そうか。魔法を封じるための魔道具が破壊されたから、魔法を使えるようになっているんだった。エリクは見逃してくれそうもないし、戦うしかないのか?
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