第50話 戦わなければ生き残れない
どうしてこうなった。どうしてエリクと戦うことになってしまうのか。間違いなく言えることは、エリクの考えは破綻しているということだ。もしかすると、精神が崩壊しているのかもしれないな。
この世界の主人公に転生したことで、自分は選ばれた者だと思っているのだろう。だから死んでも、もう一度やり直せる。もしくはボクを消すことで、ゲームのシナリオが正常に戻るとでも思っているのかもしれない。ボクがゲームのバグか。
もちろんそんなことはない。この世界は現実であり、ケガをすると痛い。悲しい思いをすると心が痛い。そして、リセットすることでもう一度やり直せることなんてことは絶対にない。
エリクが主人公の道から外れたのはそのせいなのかもしれないな。その点、ボクにはあとがなかった。今を乗り越えなければ明日なんて来なかったのだ。当然、必死になるしかなかった。その差なのだろうな。ボクとエリクとの間に大きな違いが出てしまったのは。どこかで神様はボクたちのことを見ていたのかもしれないな。
「エリク、本気でやるつもりなの?」
「ああ、そうだ。お前では俺には勝てない。モブのお前が主人公の俺に勝てるはずはないのさ」
「何その理論」
わけが分からないよ。モブとか主人公とか関係ない。生きるために努力を惜しまなかった者だけが勝ち残れるのだ。そうでなければ生き残れない。
エリクが動いた。そして杖をこちらへ向けた。杖の先からはパリパリと大きな静電気のような音が聞こえる。
どうやらエリクは雷魔法が使えるようになっているようだ。学園での授業では一度も見せたことがない魔法だ。とっておきだったのだろう。
だが無意味だ。ボクはガブリエラ先生との特別授業で闇魔法も教えてもらっているのだ。ガブリエラ先生のように、相手の魔法を防ぐことができる。
「くらえ、サンダーボルト!」
「ダークウォール」
バチッ! と音がして、エリクの電撃が防がれた。ボクが作り出した黒い壁はなんともなっていなかった。さすがはガブリエラ先生直伝の闇魔法。なんともないや。
「な……闇魔法だと……そんなバカな」
「これでも生きるための努力を、みんなを守るための努力を惜しまなかったからね。サンダーボルト!」
「ギャアア!」
お返しのサンダーボルトがエリクにぶちあたった。威力は弱めてあるので、エリクが使ったものよりも見劣りはする。だが、エリクの意識を刈り取るのには十分だった。
その場に泡を吹いて倒れたエリクを放置して、壇上へと向かった。
まずい! エリクに絡まれたせいで、ムダに時間を使ってしまった。ガブリエラ先生は片膝をついて耐えており、今はシロちゃんの力を受けたフルール様が、光のバリアで防いでいる。
それもそろそろ耐えられなさそうである。
「フレイムランス!」
先手必勝。魔王に炎の槍が突き刺さった。物理攻撃は無効みたいだが、魔法攻撃はどうだろうか? 周囲の地面が少し溶けたが、あとで謝って許してもらおう。魔王が炎上しているうちに、フルール様たちのところへ走った。
「遅くなってごめん」
「全部見ていたわ。ジルはよく頑張ったわ。だから自分を責めないで」
どうやらフルール様にはお見通しだったみたいだ。エリクにはあとで謝ろう。だから今は前だけ向いておかないと。
そのためにも、まずは目の前の魔王をなんとかしないといけない。少しは効果があるといいんだけど。
だが、その思いもむなしく、それほどダメージを受けた様子もなく、炎の中から魔王が出て来た。やはりシロちゃんの力を借りなければどうにもならないか。その肝心のシロちゃんは、フルール様の補助でかなりの力を使ったらしく、フルール様の膝の上でグルルと威嚇していた。
大ピンチだ。切り札になるはずだったのに、シロちゃんにこれ以上の負担をかけさせられない。ボクがなんとかするしかない。そもそもここにいるのがイレギュラーな状態なのだ。何か勝つ方法があるはず。
「まさか聖竜がすでに復活していたとはな。だが、その力は失われているようだな。取り込んで我が力にしようと思ったが……残念だ」
首を振る魔王。目的の聖竜が手に入れられないと分かり、失望した様子だ。もしかして、このまま帰ってくれるかも?
だがそんな思いは通じなかったようで、一歩、また一歩とこちらへと近づいて来る。もしかして、将来邪魔になりそうな聖竜を今のうちに消しておくつもりなのだろうか。あり得そうだな。
この場には魔王を倒せる人が他にもいる。フルール様を守っている騎士団長もその一人だ。その人が動ければ、この状況は好転するはずだ。それに時間をかせげば、援軍がすぐに来るはずだ。
「フルール様はボクに任せて下さい。アイツをお願いします」
「分かった。フルール様を頼んだぞ。死んでも守れ」
「もちろんです」
ボクがフルール様の前に立ち塞がると、騎士団長が飛び出した。予想外だったのだろう。魔王の足並みがちょっとだけ乱れた。そのすきを逃さずに騎士団長が攻撃する。効果がないと思われたその剣は、魔王の腕を切断した。
「グオオ、まさか、聖剣か!」
その問いには答えず、さらに攻撃を加速させる騎士団長。魔王は必死に魔法で反撃する。何度もその応酬があり、魔王が押されつつあるように見えた。不利を悟ったのだろう。捨て身で強力な魔法を放った。
その魔法は魔王と騎士団長の両方にダメージを与えた。どちらも致命傷ではないが、お互いの距離が離れるのには十分だった。それを狙っていたのか、魔王がこちらへ魔法を放つ。先ほどから何度か使っていた黒い雷だ。
それをダークウォールで防ぐ。なんだこの魔法。魔力が直接、削られているみたいだ。なんとか防ぎ切ったが、もう一度は無理そうな気がする。
無事にフルール様を守り切ったのだが、騎士団長は平静を失っていた。
たぶん、フルール様からボクのことは聞いていると思うんだけど、すべてを信頼していたわけではなかったようだ。そしてそれは魔王の思うつぼだったようである。魔王が騎士団長へ魔法を放った。
発動が早い魔法だったため、騎士団長の回避が遅れた。魔法が当たり、はじき飛ばされる。だが騎士団長に大きな傷を負わせることはできたものの、倒せるほどの威力はなかった。
「不覚……!」
聖剣を杖にして片膝で立つ騎士団長。そのままトドメをさすのかと思ったが、騎士団長を無視してこちらへと近づいて来た。
どうやら魔王も限界が近いようである。騎士団長を消すよりも、聖竜を消すことを優先したようだ。
絶体絶命の大ピンチだぞ。ここでボクがなんとかできなかったら、シロちゃんが消されることになってしまう。それは嫌だ。フルール様だけを守ればいいなら、シロちゃんを差し出すという手もあるが、そんなことは絶対にできない。
「邪魔をするつもりか?」
「もちろん。これでも聖竜のパパなんでね。かっこ悪いところは見せられないよ」
魔王に通用する可能性がある魔法はただ一つ。光属性の魔法だ。魔王が光属性に弱いという設定は定番だが、今はそれにかけるしかない。
問題があるとすれば、一度もそれに成功したことがないということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。