第48話 卒業式
それから卒業式までの間、シロちゃんとの特訓の日々が続いた。シロちゃんが提案する訓練を色々やってみたが、結局何かが変わることはなかった。もちろんシロちゃんが成長することもなかった。あれれ、おかしいな?
「どうしてシロちゃんは大きくならないんだ。復活するのが早かったのかな?」
『そんなことないでち。あのタイミングがバッチグーだったでち』
ときどき気になるんだよね、シロちゃんのしゃべり方。ボクが自分の秘密を告白したとき、シロちゃんは一言も話さなかったけど、一体何を考えていたのだろうか。もしかして、”こいつにも前世の記憶が?”とか思っていたのではないだろうか。
「シロちゃん、ボクたちに何か隠していることない?」
『実は……パパのベッドの下にママのパンツを隠しているでち』
急いで部屋に戻ると、すぐにベッドの下を確認した。なお、見つけたパンツはフルール様がいない間に使用人に頼んで返してもらった。急にパンツが増えたことにフルール様が困惑していた。シロちゃん、なんて悪い子なんだ。
遅々として事態は好転せず、月日だけが過ぎていった。ボクが何かを思い出すかもしれないということで、みんなが調べた結果をボクにも報告してくれた。しかし何も思い出すことはなかった。
フルール様もガブリエラ先生も、最終手段として卒業式を中止しようと働きかけていたようだが、やはり確証がなかったことで頓挫してしまった。王城の書籍を読みあさって、魔王と聖竜に関する記述を探したのだが、有力な情報は得られていない。もう、打つ手なしである。
「いよいよ卒業式ですわね」
「国王陛下に頼んで、せめて警備を強化してもらいましたわ。当日はこの国だけじゃなくて、他国から来賓される方もいますからね」
「他国からもですか?」
「ええ、そうよ。学園の教育水準は、この大陸の中でも一、二を争っているの。それで他国から留学を考えている生徒がいるみたいなのよ」
知らなかった。この国では一番の教育水準を持つ学園だとは思っていたけど、そこまでとは思わなかったな。
そんなことを考えているのが顔に出ていたのか、ちょっとあきれた様子のガブリエラ先生が腕を組み直した。
「あら、ジルベールは知らなかったのかしら? もっとも、一、二を争うではなくて、一番の教育水準を持っているのだけれどね」
本当かなぁ。腕を組んで胸を張るガブリエラ先生だが、自分が所属している学園が一番だと盲信しているような気がするぞ。指摘はしないけどね。みんなもそれを察知したのか、この件についてはこれ以上、だれも触れなかった。
「他国からも人が来るんだ。そうなると、持ち物検査とか大変そうだよね。他国の人に失礼になったら、国際問題に発展しそう」
「持ち物検査……確かにそうね。狩り大会の一件から、もうずいぶんと月日がたったわ。警戒が緩んでいてもおかしくはないわね」
ガブリエラ先生がそのままの姿勢で考え始めた。その真剣な様子に、なんだか嫌な予感がしてきたぞ。抜けてる記憶があるのなら、今がよみがえるチャンスだぞ。早くよみがえれ、記憶ー! どうなっても知らんぞー!
「すぐに持ち物検査を強化するように、国王陛下に進言しておきますわ」
「そうね。私も今から学園側にしっかりと言っておくわ。これで阻止できればいいんだけど……」
「卒業式に参加される人を今さら制限することはできませんものね。でも、危険な物を持ち込むようなことをする国があるのかしら? 下手をすれば国同士の争い事に発展しますわよ」
「魔王をけしかけて混乱させるつもりなのかしらね。もしかして、すでに国境沿いに兵士を派遣している?」
再び考え始めたガブリエラ先生。もしそうなら、大変なことになるぞ。なんとしてでも阻止しなければならない。そして事が起きたとしても、被害を最小限に抑えなければならない。これは重大な任務だぞ。肩の荷が重い。
「ジル、やれることをやるしかないわ。分かってはいると思うけど、無理だけはしないでね」
「その通りですわ。シロちゃんがいることですし、ジル様が一番、魔王を倒す役割に近い場所にいるのは間違いないと思います。でも、他にも魔王を倒せる人がいることも事実ですわ」
そうなんだよね。この国に限らず、この世界には魔王を倒すことができるような力を持った騎士や、魔導師、冒険者がいる。今回の卒業式にも念のため何人か来てもらっているようかのだ。ボク一人が頑張る必要はない。
「私たちはまだ学園の一年生だし、できる限りのことをすればいいのよ」
「そうだね。ボクのできる限りのことをやってみるよ」
みんなに励まされて、ようやく前を向くことができたぞ。ボク一人が頑張る必要はないんだ。他の人たちの力も借りて戦えばいいんだ。
一番いいのは何事も起こらないことなんだけどね。
卒業式当日がやって来た。卒業式は学園にいる生徒の全員が参加する一大イベントである。今年も優秀な先輩たちがそろっており、式が始まる前から、どこかお祭りのような空気になっていた。
そんな熱気に、当然、ボクたちも当てられた。魔王復活イベントが起こるというのに、なんだかワクワクした熱が湧いてくる。学園内に出店がたくさん増えているのもよくなかった。これでは完全にお祭りだ。
『パパ、あの串焼きが食べたいでち! あと、あっちのリンゴあめも!』
「はいはい。好きなのを食べてもいいけど、ちゃんと警戒はしておいてよね」
串焼きを渡しながらそう言ったものの、ボクの手にも串焼きがあった。いかん、これはとってもダメなやつである。見ると、フルール様とリーズ様、クリスの手にもそれぞれ戦利品が握られていた。
「本当に魔王が復活するのかしら? なんだかそうは思えなくなって来たわ」
「あら、フルールもなの? 私もなんだかそんな空気ではないような気がして来ましたわ」
「ダメですわ、お義姉様方。流されてはいけませんわ。こんなときこそ、気を引き締めなければ」
よく言ったぞ、クリス。その手の綿菓子がなかったら、もっとよかったんだけどな。
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