第47話 真実はいつも

 ボクはその日の残りの授業をどこか上の空で受けたようである。ガブリエラ先生が心配して声をかけてくれたが、そのときにあとでボクの話を聞いてもらえるように頼んでおいた。不思議そうにちょっと首をひねったが、快く引き受けてくれた。


 そして今、ボクたちはフルール様の部屋の応接室に集まっている。いつも以上に緊張しているボクの様子にみんなも気がついたのだろう。口数が少なくなっていた。そうしてようやくガブリエラ先生が合流し、みんなが集まった。


「集まってくれてありがとう。これからみんなに突拍子もないことを話すけど、その全てがボクにとっては真面目な話だから。信じるか、信じないかはみんなの自由だけど、心の片隅にでも置いておいて欲しい」


 こうしてボクは自分に前世の記憶らしきものがあること、その記憶の中にあるゲームの世界とこの世界が酷似していることを話した。


 もちろんみんなは困惑していた。それは当然の反応だと思う。前世の記憶があるだけならまだしも、この世界と似た世界を体験しているなんて信じられないだろう。しかも、ゲームの中の出来事である。


「まずはジルベール、そんなに大事なことを私たちに話してくれてありがとう。この話は極力外には出さないわ」

「ガブリエラ先生の言う通りよ。信じてくれてありがとう」

「その通りですわ。ありがとうございます、ジル様。話すのもつらかったのではないですか?」

「すごい話だけど、私はジルくんがウソをついているとは思えないよ。だから信じるわ」

「ありがとう、みんな」


 どうやらそれぞれが自分の中で折り合いをつけてくれたようである。そしてここからが本題である。ボクはそのゲームの中で、今年の卒業式に魔王が復活することを話した。

 当然、四人は驚いた。シロちゃんだけが平然としているのが印象的だった。


「ああ、つながったわ。どうしてあのときエリクがジルにあんなことを言ったのかが、ようやく分かったわ」

「どういうことかしら?」


 その場にいなかったガブリエラ先生がほほを拳でトントンしながら、フルール様の方へと顔を向けた。すでに先生の頭の中では色々と考えを巡らせているようである。


「授業の合間にエリクにジルが言われたんです。『卒業式が楽しみだな。全部、お前のせいだぞ』って」

「それじゃ、もしかしてエリクもジル様と同じように前世の記憶があるのかしら?」

「たぶんそうなんじゃないかなって思ってる。何度かそれを匂わせることを言っていたよ」

「エリクはジルくんに前世の記憶があることに気がついているのかしら?」


 どうなんだろう? 直接聞かれたこともないし、ボクがそれらしい言動をエリクにしたこともないはずだ。慎重に慎重を重ねて、バレないようにしていたからね。それでもボクの存在に違和感を覚えていたのは間違いないだろう。


「気がついているかどうかは分からないけど、おかしいとは思っているんじゃないかな? ゲームの中だと、ボクは入学してから早々に学園を去ることになっていたからね」

「そうなの?」

「うん。最初の模擬戦でエリクに負けて、伯爵家を追い出されるはずだったんだよ。だからボクのことは『チュートリアルモブ』って呼ばれてたんだ」

「チュートリアルモブ……」


 なんだか不憫ふびんな子を見るような目でみんなから見られた。それが本来のボクを見る目だと思う。ボクはただのチュートリアルモブなのだ。ここまでよく頑張って来たと思っている。


「ジルはチュートリアルモブなんかじゃないわよ」

「そうですわ。ジル様は頑張り屋のとても優しいお方ですわ」

「ジルくんはたくさんすごい才能を持っているじゃない。自信を持ってよ」

「そうね。全属性の魔法を操れる人がモブなわけないわ。何かの間違いよ」


 ボクもそう思う。たぶん、運営のちょっとしたイタズラがこのような結果を招いているのだと思っている。モブにしては潜在能力が高すぎるのだ。ヒロインたちとのフラグまで立つのは予想外だったけどね。


「大体話は分かったわ。それで、私たちは何をすればいいのかしら?」

「それが、卒業式に魔王が復活することは覚えているのですが、何がどうなって、どのように復活するのかまでは覚えていないのですよ」

「覚えてない?」


 フルール様が眉をひそめてボクを見ている。情けない話なのだが真実なのだ。記憶の一部がモヤがかかったように……ではなく、完全に抜け落ちているのだ。こればかりはどうやっても思い出せそうにない。


「覚えてないというか、穴があいたような状態なんだ。事が起こったあとに、思い出したかのように記憶がよみがえることは何度もあったけどね。そのどれもが、今さら思い出しても遅いものばかりだったよ」

「それで私たちに話したのね。分かっていれば、ジルベール一人で対処するつもりだったのでしょう?」

「……」


 ガブリエラ先生にはボクの手の内はお見通しのようだ。だてに教員をやっていない。原因が分かっていれば、ピンポイントで対応することができた。だが、それは不可能だった。それならみんなの力を借りて阻止するしかない。


「エリクは魔王が復活することを知っているのでしょう? エリクを問い詰めるのが一番早いと思いますわ。それこそ、強引にでも口を割らせて……」

「あなたの意見はその通りだと思うけど、その場合、何もなかったときに大問題になるわ。なんの証拠もなく学園の生徒を捕まえるのは無理ね。よくも悪くも、この学園は平等を基本方針にしているもの」

「エリクの近くにいた三人に聞いてみるのはどうでしょうか?」

「そうね、まずはそこからかしら? もっとも、可能性は低いと思うけどね」


 ガブリエラ先生がそういうのは、笛の出所を三人に話していなかったからだろう。エリクはヒロイン候補のだれにも心を開いていなかったのだ。ゲームに関する大事なことは何一つ話していないとみていいだろう。


「卒業式では在校生代表として私があいさつをすることになっているわ。そうなると、当然、国からの指示が入るはず。私はその筋から調べてみることにするわ」

「それでは私は卒業生の内情を探ってみますわ。フォルタン侯爵家と懇意にしている貴族はたくさんおりますもの」

「私は学園の友達にそれとなく聞いておきますね」

「それじゃ、ボクは……」


 ボクは何をすればいいんだ? フルール様たちと仲良くしているおかげで、他に友達がいないんだよね。伯爵家つながりで少しは調べることはできるけど、リーズ様ほどじゃない。

 もしかしてボクはいらない子なのでは?


「ジルベールはシロちゃんと特訓ね。万が一、魔王の復活を阻止できなかった場合はあなたの力が必要になるわ」

「分かりました。頑張ります。でも、その前に卒業式を中止にして欲しいです」

「……善処はするわ」


 難しいんだろうな、きっと。卒業式を中止する理由がボクの妄想だとしたら、だれも本気にしてくれないだろう。だったらやるだけやるしかないな。

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