第46話 対策したい
証拠不十分でエリクが捕まることはなかった。そうなると、これからもこの生活が続くということになる。これはエリクに逆恨みされているかもしれないな。ボクが追放されなかったばかりに、自分がこんな目に遭ってるんだってね。
エリクから”こんなクソゲーリセットだ! リセットしろ”って言われたらどうしよう。人生にはリセットボタンなんてないのにね。
確かバッドエンディングで、エリクが学園を去るというのもある。だがあの性格だとその選択肢はなさそうだな。
「しばらくこのままになりそうだね。ガブリエラ先生、エリクがまた魔物を呼び寄せる笛を……厳重に監視されているだろうから、その可能性はないのか」
「ええ、その通りよ。むしろエリクが笛を購入した場所を教えてくれる方がありがたいわね」
おお怖い。それをやらせるために、わざと監視を緩くするという作戦もあるのかもしれないな。それにしても、どこからこの国まであの笛は流れてきたのだろうか。出所が気になるな。
「このまま何もなければいいわね」
「そうですわね。私たちがここでいくら考えても、どうにもならないかもしれませんが……」
フルール様とリーズ様の声のトーンが下がっている。それはここにいるみんな思っていることだろう。無理やりエリクを捕まえることもできるのだろうが、それをしないところをみると、エリクにはまだ特別な役割が残っているのかもしれないな。
それじゃ、ボクは自分のできることをするしかないな。
「ねえ、シロちゃんは大きくなったりしないの?」
『大きく、でちか?』
そう。ゲーム内のシロちゃんはもっと大きな聖竜として登場するのだ。今のかわいらしい姿ではない。それがかなり気になっているのだ。大きいシロちゃんなら、確実に魔王を倒してくれると思っているんだけど。
『なれるでちよ。でもそのためには、もっとパパとママのラブラブパワーが必要でち』
「それ本当なの? 適当に言ってない?」
あ、シロちゃんが顔をそらせた。これは適当なことを言っているな。ボクとフルール様の関係を結びつけるために。どうしてそこにこだわるのかな。もしかして、フルール様から何か言われているのかな?
あ、フルール様も顔をそらせている。これは何か言っているな。もしかしなくても共犯か。
「怪しいわね」
「怪しいです」
リーズ様とクリスが目を細くて二人を見ている。どうやら疑っているのは俺だけではないようだ。
シロちゃんを大きくする方法は今のところ不明ということか。王家に、聖竜に関する古い書物とか残っていないのかな。それを見れば何か分かるかもしれないのに。
「そんなことよりも、そろそろ午後の授業が始まりますわ。教室へ向かいましょう。ガブリエラ先生も一緒に行きますよね?」
「そうね。そうさせてもらうわ。私が一緒に住んでいることはみんな知っているでしょうからね」
ボクたちが一緒に住んでいることはすでに公然たる事実になっていた。一体だれがそんなウワサを広げたんだ、と思うが、ボクたちを守るためだと言われれば文句を言うわけにもいかない。すべては笛を使ったエリクが悪い、と思いたい。
教室に戻ると、独りぼっちのエリクがにらんできた。おお怖い。その場所にいるのは本来俺だぞ、とでも言いたそうである。そんな目で見られても、ボクにはどうすることもできないし、この場所を譲るつもりもない。
それからの日々はチクチクとした、なんだか嫌な視線を感じながら過ごすことになった。まあ、エリクに問題を起こされるよりかはずっとマシなんだけどね。
エリクと一緒にいたヒロイン候補たちは相変わらず離れているようだ。
そしてそのヒロイン候補たちがボクのところへ寄ってくることもなかった。それはそうか。ボクはゲームの主人公じゃないからね。四人のヒロイン候補が集まって来ている、今の状態が異常事態なのだから。
王都に冬が訪れてしばらくたったある日、リーズ様とフルール様が教室で話している声が聞こえてきた。
「もう少しで卒業式ですわね。色々と内容の濃い一年でしたが、最後は無事に終わりそうですわ」
「そうね。一時はどうなるかと思ったけど、あれから何もなかったものね」
エリクへの監視は続いているみたいだが、”魔物を呼び寄せる笛”の出所の捜索は打ち切られたようである。国も学園も力を入れて調べていただけに、ガブリエラ先生の落胆はひどかった。
卒業式か。エリクは主人公失格になったことだし、このまま何ごともなく終わればいいんだけどな。そんなことを思っていると、その本人がこちらへと近づいてきた。それに気がついたのが、護衛たちがサッと距離を詰めた。いつでも剣を抜ける体勢を取っている。
「卒業式が楽しみだな。全部、お前のせいだぞ」
「あなたは何を言っているのかしら? これ以上、ジルに無礼を働くようなら私が許しませんわよ」
フルール様がそう言ったが、許さないのはリーズ様もクリスも同じようである。射殺さんばかりの目つきでエリクをにらみつけていた。
エリクはそれ以上何も言わずに、不気味な笑顔を見せて去って行った。
「何よあれ。もしかしなくても私にケンカを売っているようね」
「そうみたいね。それにしても卒業式に……何かあるのかしら?」
「また何か怪しい道具でも手に入れたのでしょうか?」
クリスが考え込んでいる。だが、監視がついている中でそんな物を手に入れるのは無理だろう。それにもしそんな物を手に入れていたら、すでにエリクは捕まっているはずである。
やはりエリクには前世の記憶というか、ゲームの記憶があるようだ。だから卒業式に何が起こるのかを知っているのだ。そして魔王を退けることができるエリクがバッドエンドを迎えているので、ボクたちも助からないと思っているのだろう。
もしかすると、死ぬことでこの世界がリセットされて、もう一度最初からやり直せるとでも思っているのだろうか? そうでなければ、あんなに落ち着いてはいられないはずだ。
魔王をなんとかしようと動くか、早々に学園から立ち去るだろう。
人のことは言っていられないな。ボクこそ、動くべきではないのだろうか。
仲良くなった友達や先生にどんな目で見られるようになるか分からない。でも、やるなら今しかない。
「部屋に戻ったらみんなに聞いてもらいたいことがあるんだ」
「ジル……?」
「ジル様……」
「ジルくん……」
不安そうに揺れる三人の目がとても印象的だった。きっと生涯、その光景を忘れることはないだろう。
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