第45話 幕引き

 フルール様の部屋に移り住んでから数日が経過した。もちろん問題など起こっていないし、起こさない。何度かボクの部屋に来ようとしている人がいたみたいだが、お互いに牽制し合っているようで、一人で来ることはなかった。


 現在ボクは、フルール様が使っている部屋の一つをあてがわれている。部屋の扉を出ると、すぐに応接室が広がっている。基本的にはみんなでそこにいることが多い。

 みんなと一緒にいることで、いくつかのメリットがあった。


 まず、宿題を片づけやすい。これはうれしい誤算だ。相変わらずガブリエラ先生が出す宿題は多いので、大変助かっている。

 次に、ガブリエラ先生の特別授業を受けやすくなったということだ。


 フルール様が借りている部屋は職員寮にある。そこには中庭があり、安全面も考慮して、そこで特別授業を受けられるようになったのだ。帰りも近いし、安全だし、人目を気にしなくていいし、言うことなしである。


「魔物を呼び寄せる笛は見つかったけど、犯人はまだ見つからないみたいだね」

「ひょっとすると、犯人はすでに見つかっているけど、まだ教えられていないだけかもしれないわね」

「なるほど、その可能性もあるのか。証拠がまだつかめていないとかなのかな?」

「エリクたちは完全にバラバラになったみたいですわよ。ちょっとしたウワサになってますわ」


 リーズ様の言う通り、あの一件以来、ヒロイン候補たちがエリクに近づくことはなくなった。むしろ逆にあえて距離を置いているような気がする。クラスメイトもそのことに気がついたみたいで、ヒソヒソと話しているのを、何度か耳にしている。


 そしてエリクは、ボクの近くにいる三人のヒロインに接触しようとしているみたいだが、ほぼ完全に無視されていた。ちょっとかわいそうな気もするが、これまでのボクに対するエリクの行動が、三人の反発を招いているみたいである。ボクは特に何も言っていないからね。


「エリクが妙な行動を起こさないといいんだけど」

「あら、何か問題を起こしても大丈夫ですわ。私とフルールの護衛がいつもピッタリとついておりますもの」


 確かにそうなんだよね。今は特に警戒中ということもあって、四六時中、護衛がついている。今も廊下に通じる扉の前には護衛の騎士が張りついているはずである。その状態でボクらにどうのこうのすることはできないだろう。それはエリクも分かっているはずだ。


 それにしても、ゲーム的に大丈夫なのかな? 確かゲームでプレイできる期間は一年だけで、その年の卒業式のときに魔王が復活しようとするんだよね。それを主人公であるエリクが阻止して、好感度が高くてフラグをしっかりと立てているヒロインと結ばれて、めでたしめでたしってなるんだよね。


 今のエリクには最終決戦で手を貸してくれるヒロインたちも、聖竜もいない状態だ。この状態で魔王に勝つことができるのか? もしエリクが負けたらどうなるんだろう。そういえば考えたことがなかったな。


 その場合、別の人が魔王をなんとかしなければならない。ヒロインがいて、聖竜がいる存在……それってボクじゃん。なんてこった!


「ジル、どうかしたの?」

「あ、い、いや、なんでもないよ。ちょっと不吉な想像をしてしまっただけだからさ」


 慌てるボクを三人がジッと見つめていた。

 う、居心地が悪い。でも想像してしまったからには、できる限りのことをやっておかなければならないよね。


 今のボクにできること。それはシロちゃんとの連携を強めておくこと。ボクの魔法が多少頼りなくても、シロちゃんによるブーストがかかれば、魔王を倒すことはできなくても、退けるくらいはできるはずだ。


『パパ、どうしたでち?』

「よし、シロちゃん、一緒に遊ぼう」

『わーい、パパと遊ぶでち。それじゃ、まくってカンカンをやるでち』

「しないでね」


 どうしてその遊びを選んだんだ。もっと別の、いやらしくない遊びがあるだろうに。シロちゃんは何かにつけてボクたちとスキンシップを図ろうとするんだよね。仲良くなる方法はスキンシップ以外にもあることを、シロちゃんに教えてあげなければ。

 そのとき、軽いノックと共に外と通じている応接室の扉が開いた。


「あら、あなたたち、面白そうなことをしてるわね」


 外までシロちゃんの声が聞こえていたのだろう。不敵な笑みを浮かべたガブリエラ先生が入って来た。そして仲間に入りたそうにこちらを見ている。


「まだやってませんから。それよりも、ちゃんと止めて下さい」


 こんな時間にガブリエラ先生がこの部屋に来るのは珍しいな。何かあったのかな?

 そう思ったのはボクだけではないようで、三人ともお互いに顔を見合わせ合っていた。シロちゃんと遊ぶのは中止だな。今はガブリエラ先生の話を聞くのが先だ。


「何かあったのですか?」

「相変わらず察しがいいわね。狩り大会でのことが一通り片づいたわ」

「それじゃ……」

「結論から言うと、あの笛を使ったのはエリクみたいね。でも証拠がないわ」


 やっぱりそうだったか。でも証拠がない。ということは、あの三人からの証言しか、証拠がないということなのだろう。


「エリクの近くにいた三人がそう言ったのですか?」

「ええ、そうよ。でも、証言だけでは証拠にならないわ。もしそれが許されるのなら、世の中がえん罪だらけになってしまうもの」


 その通りである。いくら詳しい証言があったとしても、証拠がなければ犯人を追い詰めることはできない。三人が本当のことを言っているという証拠がないからね。

 こんなときにウソ発見器や、ウソを見抜く魔法があればよかったんだけど、残念ながらそんなものはなかった。


「ガブリエラ先生、笛の出所は分かっていないのですか?」

「そうですわ。笛の出所が分かれば捕まえることもできますわ」

「残念だけど、分からなかったわ。三人もエリクがどこでそれを見つけて来たのか知らないみたいなのよ」


 それを聞いたフルール様とリーズ様がガックリと頭を垂れた。そうなって来ると、打つ手なしである。かと言って、ボクが裏路地にある店を指摘するわけにもいかない。

 この事件はこのままエリクをマークするという結論で迷宮入りすることになるようだ。


 だが、エリクには大きな制約がついた。エリクの行動はこれからずっと、逐一監視されることになるだろう。それこそ、トイレの中でもである。

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