第41話 嵐の前の静けさ

 学園に到着した。そこには狩り大会に出発する前と同じ光景が広がっていた。まるで魔物の大群に襲われたことなどなかったかのようである。

 魔物を引き寄せる笛によって、もしかして学園がピンチになるのでは? と思っていたボクにとっては、ホッとする景色だった。


「ボクの気にしすぎだったようですね」

「どうかしら? 先手を打って持ち物検査を実施したから、行動に移せなかったという可能性もあるわよ」

「まさかそんな……ハハハ。学園内では例の笛は見つからなかったんですよね?」

「そうね。今のところ、そんな話は聞いていないわね」


 ガブリエラ先生の目がキラリと光った。おそらくこれからエリクの近辺を重点的に調べるつもりなのだろう。ボクが馬車の中で話したことを重要視してくれているみたいである。どうかボクの思い過ごしでありますように。


「ジル!」

「ジル様!」

「ジルくん!」

「ただいま、フルール、リーズ、クリス」


 ガブリエラ先生と別れ、教室に入るとすぐに三人が駆け寄ってきた。シロちゃんは現在、姿を消してもらっている。

 フルール様がこの国のお姫様であることはみんなにバレてしまったが、聖竜であるシロちゃんのことはまだだれにも知られていない。こちらは引き続き、秘密のままである。


「向こうでは何もなかったかしら?」

「うん。もちろん何もなかったよ。みんなも何もなかったみたいだね」

「そうですわね。学園に到着してから早々に、時間をかけて手荷物の検査が実施されたくらいでしょうか? あの道具を探していたのだと思いますわ」


 最後は声を小さくしてリーズ様がそう言った。どうやらすぐに情報が伝達されたようである。その結果、大きな騒ぎになっていないみたいなので、生徒のだれからも例の笛は見つからなかったようである。


 さりげなく教室の中を見渡した。エリクの姿はあるな。だが、いつもつきまとっていた、ヒロイン候補の三人娘の姿が見えない。ケンカでもしたのだろうか? ……なんだか嫌な予感がするぞ。


「シロちゃん、ジルのことをちゃんと見張っていてくれたかしら?」

『もちろんでち。このメモ帳にしっかりと書き記しているでち』


 くっ、できればフルール様の手に渡る前に中身を確認したい。昨日の夜はすぐに眠ってしまったので、メモ帳を探すことができなかったのだ。そして朝起きれば、すでにシロちゃんは活動していた。そしてボクとガブリエラ先生が隣り合わせで寝ているのを見て、何やら書き込んでいた。


 確かに隣り合わせで寝ていたけど、ベッドは別々だったからね。どちらも野戦用の簡易ベッドだったので小さめだったけど。それゆえにガブリエラ先生の寝息が聞こえるくらいに近かったけどさ。やましいことなんてなかったんだからね。


「ジルのことは信用しているけど、一応ね」

「フルール、あとで私にも見せてもらえないかしら?」

「フルールお姉様、私もどんなことが書かれているのか一緒に見たいです」

「それじゃ、夕食のときにでも一緒に見ましょう」


 ニッコリと笑うフルール様。お姫様であることが発覚しても、二人の態度が変わらなかったことを本当に喜んでいる様子だ。しっかりと信頼関係ができあがっているようで、本当にうれしい。これでフルール様が孤独を感じることもないだろう。


「ジルも一緒に見るわよね?」

「え、ボクも? ボクはちょっと体調が気になるから、先に部屋に戻ろうかな」


 三人の顔が、嵐が来たかのような暗い表情へと変わった。まずい。選択肢を間違ってしまったかもしれない。

 きっと三人はボクの全快祝いをしたいのだと思う。それなのに、主役のボクがいなくてもよいのだろうか? いや、よくない。


「や、やっぱりボクもみんなと一緒に夕食を食べようかな?」

「ジルならそう言ってくれると思ったわ」

「みんなでジル様のケガが回復したことをお祝いしないといけませんわね」

「夕食の時間が楽しみだね」


 これでいいんだ。これでよかったと思うしかない。今日の授業は自習みたいなので、その時間、ひたすら祈りをささげておこう。

 結局その日はガブリエラ先生が教室に姿を見せることはなかった。




 授業が終わり、みんなで高位貴族専用の食堂へと向かう。しばらく特別授業は休みにするとガブリエラ先生に言われているので、時間はタップリとある。そして今日は宿題もない。この長い時間が吉と出るか凶と出るか。それは神のみぞ知る。


 フルール様が王族だということがあきらかになったからなのか、これまで以上にボクたちに声をかけてくる生徒が多くなっていた。そんな人たちをフルール様がやんわりとかわしている。


 どうやらしばらくは友達を増やすつもりはないようである。身分が知れ渡ったことで、本当に友達になりたいのか、それとも下心があって近づいて来ているのかが分からないからだろうな。フルール様が欲しいのは身分に関係なく付き合ってくれる真の友達なのだから。


「ようやく落ち着くことができました」

「有名になっちゃったからね。しょうがないよ。でも、しばらくすれば落ち着くんじゃないかな? ほら、入学したてのころもたくさんの男子生徒が集まってたでしょ」

「それもそうね。あ、思い出した。あのころのジルは私に見向きもしなかったのよね」

「そうだったっけ?」


 とりあえずごまかしておく。フルール様が王族であることはあのころから知っていたからね。畏れ多くて、とてもではないが他の男子生徒のように、近づくことができなかった。それが今ではこんなに近い距離にいる。世の中ってどうなるのか分からなくて不思議だね。


「そうですわ。ジル様は私にも見向きもしませんでしたもの」

「あはは……」


 今度は笑ってごまかす。ゲームのヒロイン候補と仲良くなれば、必然的に主人公と近づくことになるからね。あのころは破滅しないようにするだけで精一杯だった。もちろんクラスの女子生徒を観察する余裕なんてなかった。


「先に夕食を食べてからゆっくりとお話しましょう。みんな、どれにする?」

「今日のメニューも、どれもおいしそうですね」


 クリスがメニュー表を真剣なまなざしで見つめている。最初は萎縮していたクリスだが、今はもうその面影はないな。それだけこの四人でいることになじんだということだろう。ボクもようやくなじんできたと思う。


 それぞれが好きな料理を注文する。料理が来たところで、みんなが無事に学園へ戻って来られたとこを神様に感謝した。

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