第38話 あーん

 微妙な空気になったことに気がついているのかどうかは分からないが、ガブリエラ先生はマイペースに行動を開始した。


「まずはジルベールの体の機能を回復させないといけないわね」

「ガブリエラ先生、私たちもここに残って手伝いますわ」

「気持ちはうれしいのだけど、ベッドの数が足りないわ。あなたたち生徒に不自由をさせるわけにはいかないもの」


 そう言われると三人とも強くは言えないようである。お姫様に公爵令嬢。そしてクリスも、お姉様二人を差し置いて自分だけ残るとは言えないようだ。お互いに顔を見合わせるとしょぼんとなってしまった。


 励ましたいけど励ませない。ボクは一体、どうしたらいいんだ。そんな中、姿を現していたシロちゃんと目が合った。そのまま首をかしげるシロちゃん。この場で唯一の癒やしだな。


 そんなことを思いながら現実逃避していると、不意にフルール様が目を輝かせた。何かとてもよいことでも思いついたかのようである。


「それでは、私たちの代わりにシロちゃんを置いて行きますわ。よろしくね、シロちゃん」

『合点承知の助でち!』


 シロちゃんがボクのおなかの上で仁王立ちになり、その鱗の生えていない胸をポンとたたいた。どうやらやる気満々のようである。確かにシロちゃんなら、寝るときはボクのベッドで寝ればいいのでなんとかなるだろう。


 ……今、ガブリエラ先生の方から小さな舌打ちが聞こえたような気がしたけど気のせいだよね? いや、気のせいではないかもしれない。そういえばガブリエラ先生は好感度が高くなると夜ばいを仕掛けて来るんだったな。まさかすでにその前兆が? 犯罪ですからね、ガブリエラ先生。


「そうね、それなら問題はないわ。シロちゃん、しっかりジルベールの容体を見張っていてね。ジルベールの性格からすると、少しでも動けるのであれば、他の人の治療に向かうはずだからね」

『しっかり監視しておくでち!』


 さすがはガブリエラ先生。バレてる。先ほど動きを確認したときに歩くことができそうだったので、他の負傷者の治療に行こうと思っていたのだ。魔力にはまだ余裕があるからね。ボクの治癒魔法が役に立つはずだ。そう思っていたのだが。


「ジル、ダメよ。無理はしないで。約束よ」

「それじゃ、無理じゃなかったら……」

「ジル様、それでもダメですよ。今日はこのまま大人しくベッドで寝ていなさい」

「そうですよ。転んだりしたら大変です」


 どうやらダメなようである。大人しくベッドで寝ておくしかないか。トホホ。

 まあ、三人も後ろ髪を引かれる思いで学園に戻ることだし、ボクだけわがままを言うわけにはいかないか。シロちゃんという監視員もいるからね。下手なことをすれば、シロちゃんからみんなに報告がいくことだろう。


 その後三人は最後の馬車に乗り込むまでの間、ボクのそばにずっといた。別れ際も最後まで惜しんでいる様子だった。ボクの好感度ストップ高じゃん。どうしてこうなった。


「シロちゃん、ボクはどうすればいいと思う?」

『みんなと子作りに励めばいいのでち!』


 うーん、ストレート。シロちゃん自慢のストレートですか。その”みんな”の中に、ガブリエラ先生の名前が入っているのかどうなのかが気になるぞ。聞いたら面倒なことになりそうなので聞かないけど。……シロちゃんはどこまで知っているのかな。ちょっと気になる。


「ジルベール、食事の時間よ」

「ありがとうございます。そういえばおなかがすいていました」


 さっきまで三人がいたから気がつかなかったが、外は夕暮れになりつつあった。無事に学園にたどり着けるといいんだけど。まあ、フルール様が身バレしたことで遠慮なく護衛の騎士がつくことになるみたいだし、大丈夫だろう。


「はい、ジルベール。あーん」

「え? あ、あーん?」


 ありのまま起こったことを話すぜ。夕食の時間になったと思ったら、ガブリエラ先生がボクの口元にスプーンで食事を運んで来た。何がどうなっているのか分からないが、このままではいけないような恐怖を感じる。

 シロちゃんがジッとこちらを観察しているもの怖い。


 一口食べたところで我に返った。これはまずい。ゲロマジヤバイ。なんとかしてやめさせなければ。そんなボクの思いもむなしく、すでにガブリエラ先生が次の一口を運ぼうとしていた。


「が、ガブリエラ先生、大変ありがたいことなんですが、自分で食べられますから」

「あら、それは無理よ。先ほどの診断で、一人で食べるのは無理だと判断したわ。もしこぼしたらどうするつもりなのかしら? 替えの服も、ベッドもないのよ」


 確かにその通りである。ここは学園ではなく、街の外の野営地なのだ。ベッドと服があるだけでもありがたい状態なのだろう。もしかすると、地面で横になっている負傷者も、服が破れ使えなくなっている人もいるかもしれないのだ。


「分かりました。よろしくお願いします」

「素直でよろしい。はい、あーん」

「あーん」


 これ、いる? 言葉はなくてもいいんじゃないかな。あ、シロちゃん、何メモを取ろうとしてるの、やめて!

 食事が終わり、満足そうな表情をしたガブリエラ先生が戻って行った。


「シロちゃん、さっきのはしょうがなかったんだよ。いい子だからそのメモをこっちへ渡しなさい」

『ダメでち。ママからはありのまま起こったことを知らせるように言われているでち。ご褒美にママからちゅるビーフをもらうことになってるでち』


 くそっ、いつの間にそんな契約がなされていたんだ。全然気がつかなかったぞ。そんな高級ペットフードで釣るだなんて。フルール様、恐ろしい子。これが王族のやり方か。

 これ以上の失態は許されない。傷口が広がる前に寝るとしよう。


 そう思っていると、ガブリエラ先生が桶とタオルを持ってやって来た。桶から湯気が立ち上っているところを見ると、きっとお湯なのだろう。なんだか悪い予感がしてきたぞ。


「ジルベール、体を拭いてあげるわ。服を脱ぎなさい」


 オーマイガッ! ボクはもうダメかもしれない。

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