第36話 科学の力

 さあ来い、マッドホース。お前に人間の科学の力を見せてやろう。挑発するようにウォーターウィップで攻撃する。マッドホースの動きが速くて当たらないが、それでも嫌そうな顔をしていた。嫌がらせにも適した魔法のようだ。


 そうやってボクへの憎しみが高まってくれるとありがたい。後ろにいるみんなが安全になるからね。

 そうやって何度も進退を繰り返していると、ついにマッドホースのイライラがピークに達したようだ。全身に雷を集め始めた。


 そのスキを逃さないように、こちらも準備を開始する。水属性魔法で水を作り出して全身を覆い始めた。魔法で生み出された水には何も含まれていない。つまり、純水なのだ。純水なら雷を通すことはない。これでマッドホースの攻撃を防ぐことができるはずだ。

 魔法で作り出した水が飲料水として利用できないのはこのためだと思う。おなかを壊すもんね。


 マッドホースの体をまとう雷が大きくなってきた。ボクも全身を水で覆った。その直後、マッドホースが雷をこちらへと飛ばして来た。後ろから悲鳴が聞こえたような気がしたが、雷はボクが作り出した水に阻まれて、地面へと逃げて行った。計算通り。


 バカな! みたいな顔をしたマッドホースが意地になって、次々とこちらへ雷を飛ばして来る。

 無駄無駄無駄! お前の攻撃はボクには届かないのだよ。勝ったな。お前の敗因はただ一つ。ボクに前世の記憶があったことだ! ん、あれ? い、息が、息が苦しくなって来たぞ。息継ぎ!


「ゲホッ、ゲホッ……し、しまった!」


 マッドホースが笑っているように見えた。そして輝く閃光が……。


「アババババ……!」

「ヒヒィーン!」


 雷が直撃したのと同時に、マッドホースが大きな悲鳴をあげた。フルール様たちだ。三人がボクが作ったスキに、そろって魔法で攻撃してくれたのだ。魔法が直撃したマッドホースの体は木の葉のように中を舞い、地面にたたきつけられた。そしてピクリとも動かなかった。勝った、勝ったぞー!


「ジル!」


 あ、ヤバイ。勝ったけど、ボクはもうダメかもしれない。治癒魔法を使おうにも、痛みでうまく使えない。くっ、精神力が足りない。あ、なんだか体が寒くなってきた。ものすごく寒い。そしてとっても眠たくなってきた。


「ジル様、しっかりして下さい。早く、早く先生を呼んで来ないと!」

「え、えっとえっと、治癒魔法が使える先生ってだれがいたっけ……?」

「探していたら間に合わないわ。一体どうすれば……そうだわ!」


 フルール様が俺の体に両手をかざした。まずい、フルール様は光属性魔法を使うつもりだ。周りに人が集まって来ている。使ったらダメだ。だが、ボクの口はピクリとも動かない。手も足も、まったく動かない。


「シロちゃん、私に力を貸してちょうだい」

『もちろんでち!』


 シロちゃんによって、フルール様の両手の光が増幅されていく。暖かい光が全身を包む。凍えるような寒さが和らぎ、ボクの周りだけ春が来たかのような、暖かい陽気になってきた気がした。


 必死の形相で何やらブツブツとつぶやいているフルール様。額にはいくつもの汗が浮かんでは流れ落ちている。


 そのとき、一枚の絵が頭の中に浮かんだ。これは今まで忘れていた前世の記憶。ゲームの中でも、フルール様が必死の形相で治癒魔法を使っていた。使っていた相手はボクじゃなくて、エリクだったが。


 あー、これまたやっちゃいましたかね? 本来ならゲームの主人公であるエリクとそうなるべき場面が、ことごとくボクに置き換わっている。そうなると当然、エリクが得るはずだった好感度がボクに置き換わっていることになるわけで。


 いいのかな? ボク、この国のお姫様と恋愛フラグを立てまくっていることになるんだけど。家格的にはギリギリお姫様が降嫁できる家柄だけど、ボクはこんなんだし……それよりも、なんだかとっても眠くなってきた。この場に大型犬がいたらまずかったかもしれない。近くにいるのが小型の竜でよかった。




「あれ? ここは……」

「ジル!」

「ジル様!」

「ジルくん!」

『パパー!』

「よかったわ、目を覚ましてくれて。そろそろジルベールを往復ビンタしてたたき起こそうかと思っていたところよ」

「往復ビンタはやめて下さい……」


 いつの間にか大会本部まで戻って来ていたようである。視線の先に白い布が見える。おそらく大会本部のテントにいるのだろう。どうやら簡易ベッドに寝かせられているみたいで、背中の部分が非常に心もとなかった。だから三人からそうやって圧をかけられると、そのまま地面まで押しつぶされそうである。


 ガブリエラ先生を含めた四人の状態を確認する。みんな無事のようである。シロちゃんは姿を消したままだが、声の感じからしてきっと大丈夫だろう。だって聖竜だもん。

 よかった。三人にケガでもさせたら、責任問題に発展するところだった。


 そうなれば今度こそ、伯爵家から追い出されることになる。なんとか追放フラグを回避したのに、それはあんまりだ。

 腕を動かそうと思ったが、しびれているのか、うまく動かない。プルプルする手で、とりあえず三人と一匹をなでておいた。これで少しは落ち着いてくれるはずだ。


「あの、森の奥で何が起きたのですか?」


 ワンワンと鳴き始めた三人はどうにもならないと思ったので、ガブリエラ先生に尋ねた。ガブリエラ先生はちょっと思案したが、話すことに決めたようだ。ボクの方をジッと見つめた。


「口外してはダメよ。だれかが森の奥で魔物を呼び寄せる道具を使ったみたいなの。犯人がだれなのかは調査中よ。でもおそらく分からないままだと思うわ」


 ガブリエラ先生は魔物を呼び寄せる笛を使ったとは言わなかった。きっとそんな道具があること自体が秘密になっているのだろう。内緒にするように言っているがすべての事実を話すつもりはないようだ。


「そうだったのですね。おかしいと思いました。あんなに魔物が集まって来てましたもんね」

「ええ、そうね。なんとか集まって来た魔物は退治できたけど、かなりの被害が出たわ。大会ももちろん中止よ。今もたくさんの人が治療を受けているわ」

「ガブリエラ先生、フルールの光属性魔法についてはどうなりましたか?」


 ボクの質問に目を伏せたガブリエラ先生。その代わりに先ほどまで泣いていた三人が顔をあげた。三人とも目が腫れていた。もしかしなくても、ボクが目を覚ます前から泣いていたようである。

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