第35話 マッドホース

 どうやらガブリエラ先生は危険を察知して、いち早く魔物が集まっている場所へと向かったようである。これでは話をすることはできなさそうだ。他に頼れる先生がいればよいのだが、あいにく思い当たる人物がいない。


 フルール様のことはおそらくすべての先生が知っていると思うが、確証はなかった。副学園長なら知っていると思うけど……。


「戻ろう。戻って副学園長に相談しよう」

「そうね。副学園長ならシロちゃんのことも知っているかもしれないわ」


 できれば学園長がよかったのだが、さすがに高齢なので狩り大会へは来ていなかった。フルール様の様子だと、どうやらシロちゃんのことは学園長にも話しているようだ。それなら副学園長が知っていてもおかしくはない。


「そうですわね。でも、ガブリエラ先生は大丈夫かしら?」

「ちょっと心配です」


 確かに心配ではある。だがボクたちが行ったところで足手まといになるだろう。余計な気をつかわせるだけだ。そうなるくらいなら、安全な場所に避難しておいた方がよい。

 急いで戻ろうとしたが、どうやら一足遅かったようである。


『魔物がこっちへ来てるでち!』

「なんだって?」


 それを聞いた三人がボクにしがみついて来た。非常にまずいことになったぞ。でもどうしてこちらへ魔物が向かって来ているのだろうか?

 そう思っていると、どこかで見たことがあるような人物がこちらの方へと走って来ていた。


「ねえ、あれってエリクたちじゃない?」

「そうみたいだね。なんだか必死に逃げているような気がするんだけど……」

「見てよ、後ろから魔物が追いかけて来ているわ!」


 遠くに魔物の姿が見えた。それはだんだんと大きくなっていく。近くにいた生徒たちもそれに気がついてうろたえ始めた。その間をエリクたちが駆け抜けて行く。必死の形相である。これはまずいな。


「みんなも早く逃げて。ここはボクが食い止める!」

「そんなの無理に決まっているでしょう。早く逃げないと」

「分かってるけど、このままだと追いつかれるのは時間の問題だよ。先生や騎士たちもいるし、なんとかなるさ」

「それなら私も残るわ」

「私もですわ」

「私もよ」


 これはまずい。非常にまずい。なんとかしてフルール様だけでも逃げてもらわなくてはならない。でもここにボクがいると、逃げなさそうである。だからと言ってこのまま逃げても絶対に追いつかれる。どうもエリクたちを追いかけているみたいなんだよね。笛を吹いたのはやっぱり彼なのかな?


 そうこうしている間に、先生たちと騎士たちが戦い始めた。だが、魔物の数が多い。かなりの数が横を通り抜けている。間に合わない。フルール様を守りながら戦うしかない。


「ボクが先頭。みんなは固まって後ろから援護だよ」

「分かったわ」

「分かりましたわ」

「任せてよ」


 森の中で火属性魔法を使うのはまずい。それなら水属性魔法で攻撃だ。ウォーターウィップで攻撃する。水のムチが魔物たちを打ちすえた。一度に複数体攻撃できるのがこの魔法の利点である。すぐに魔物の注意がこちらを向いた。


 襲いかかって来る魔物の攻撃をかわしながらも、追撃を加える。ケガしたらすぐに回復だ。水属性魔法は本当に便利だな。

 そのうち、フルール様、リーズ様、クリスからの援護が入り、次々と魔物を倒すことができた。


 特にフルール様はシロちゃんからのサポートをもらっているようで、風属性魔法で何体もの魔物を一度に倒していた。これなら大丈夫そうだな。

 近くにいた他の生徒は逃げたり、その場で戦ったりと様々だ。指示系統がないため、組織だった戦いはできない。


 それでもなんとか魔物を倒し続けていると、ようやく魔物の数が減ってきた。魔力がなくなった生徒たちは、先生たちの先導を受けて後ろへと下がっている。ボクたちも一緒に下がりたい。


 だがどう見ても、この場で魔物を順調に倒している生徒はボクたちだけだった。ここで抜けると街まで魔物が入り込むかもしれない。なんとか踏ん張らないと。


「くっ、気をつけろ、マッドホースだ!」


 声がした方向を振り向く。そこでは騎士が普通の馬よりも一回り大きな馬と向き合っていた。目が赤く、茶色の体と、こげ茶色のたてがみからは雷のようなものがほとばしっている。


 ただの特殊なエフェクトだよね? 本物の雷じゃないよね? その思いもむなしく、騎士が雷を受けて倒れた。バリンという音が響いた。これはまずいやつだ。

 逃げよう。逃げられるか分からないけど、逃げよう。だがしかし、マッドホースはこちらをターゲットにしたようである。ジッとこちらを見つめながらゆっくりと近づいて来た。


「ボクがなんとかするからみんな逃げて」

「いくらジルでも無理よ。一緒に逃げましょう」

「それは無理だよ。だれかがあの馬を引きつけておかないと。時間を稼げるのはボクしかいない。大丈夫、ボクにいい考えがあるからさ」

「ジル様を疑っているわけではありませんが、それでも私たちだけでは逃げられませんわ」

「そうですよ。ジルくんを置いて行くだなんて、私には無理です」


 どうやらいつの間にか、ボクに対するクリスの評価があがっていたようである。口に出して気がついたのか、クリスの顔が赤くなっている。それを見たフルール様とリーズ様が絶句している。アカン。そんなことをしている場合ではない。

 でも確かに、足がそれほど速くない三人では逃げられないかもしれない。


「それなら、ボクがあいつの注意を引きつけるから、三人は魔法で攻撃して欲しい。とびっきりの一撃をお見舞いしてよね」

「本当に大丈夫なの?」

「信じていますわよ」

「絶対に一撃で倒してみせます」


 方針は決まった。いくら凶暴な馬でも、三人の魔法を同時に食らえば倒せるはずだ。ボクはみんなと距離を取るために前に出た。水属性魔法を覚えていて、本当によかった。

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