第34話 水スライムと笛の音

 作戦はこうだ。まずボクが魔物の注意を引きつけて、その間にリーズ様が土魔法で足止めする。魔物の動きが止まったところでフルール様とクリスが攻撃し、弱ったところで一人ずつ交代で魔物を仕留める。実に完璧な作戦だ。


「ちょっとかわいそうな気もしますけど、魔物に同情するのはよくないですよね」

「クリスの気持ちは分かるけど、魔物は本能的に人を襲うみたいだからね。他の生き物と同じと思わない方がいいよ。ためらったらケガをすると思った方がいい。まあ、ケガしてもボクが魔法で治療できるから問題ないけどね」

「さすがはジル様。頼もしいですわ。これで安心して魔物と戦うことができますわね」


 リーズ様の言葉を聞いて、フルール様もうんうんとうなずいている。シロちゃんもいるのだ。治癒魔法をブーストできるし、まず大丈夫だろう。

 そろそろ狩り大会が始まるようである。みんなが森の方へと移動している。ボクたちもそれについて行った。


「さすがに緊張してきた」

「ジルらしいわね。大丈夫よ。私たちがついてるわ」

「そうですわ。ジル様は何も心配はいりませんわ」

「ジルくんも私と同じで安心しました」


 どうやらクリスも緊張しているようだ。確かに顔が少しこわばっている。ボクも同じような顔をしているんだろうな。そしてフルール様とリーズ様は余裕の笑顔だ。ボクもその強メンタルが欲しい。ちょっと分けてもらえないかな?


「それでは狩り大会を開始します! 魔法が打ち上がったところで終了になります。何度か打ち上げますので、見落とさないようにしてください」


 副学園長の開会宣言によって、一斉にみんなが動き出した。なんのためらいもなく森へ入って行ったのは上級生たちなのだろう。結構な数がいるな。来年からはあれに混じることになるのか。すでに無理そうな気がする。


「まずは予定通り、森の外縁部を進みましょう。ある程度進めば人も少なくなるはずよ」

「みんなはぐれないようにね」

「そうですわね。はぐれないようにみんなで手をつないで行くのがよさそうですわ」


 ボクの両手がつかまれた。手をつかめなかったクリスはボクの服にしがみついている。これどんな状態? 困惑しながらも森の外側を移動する。男子生徒の視線が痛い。提案したのはボクじゃなくてリーズ様だぞ。


 他の生徒よりも明らかに遅い足取りで森の中を進む。すでにあちこちで魔法を放つ音が聞こえる。その音にますます緊張してきた。スタート地点から少し離れた位置でもこれだけの人がいるなら、一体も倒せないかもしれないな。


『ママ、あっちに魔物がいるでち!』

「さすがね、シロちゃん」

『えへへでち』


 便利だなーシロちゃん。これなら魔物から不意打ちされることはないな。安全性がますます高くなったぞ。ちょっと胃の痛みが和らいだような気がする。

 シロちゃんが指し示した場所へと向かう。そこには水色のスライムの姿があった。


「水スライムだ。これなら簡単に倒せるね。クリスの火属性魔法がいいと思う。場所が森の中だけに、火属性魔法は使いにくいからね。確実に当てられる魔物のときに使うのがいいんじゃないかな?」

「ジルの意見に賛成よ。リーズは?」

「私もジル様の意見に賛成ですわ。クリス、やっておしまい」

「わ、分かりました!」


 クリスの火属性魔法が水スライムに命中する。ジュワッという音と共に水スライムが蒸発した。魔物に魔法を使ったのかこれで二度目。それなのに、冷静に威力を調整しているようだ。それほど周囲に被害を出さずに倒している。


「さすがだね、クリス」

「みんながサポートしてくれたおかげです。それに燃え広がっても、ジルくんが水属性魔法で消してくれるから安心して魔法が使えるわ」


 使えるようになっててよかった水魔法。火属性魔法との相性はバッチリだ。主に消火という役割においてだが。無事に魔物を倒すことができたことで、ボクたちも勢いがついてきた。


「やったわね、クリス。さあ次に行きましょう。どっちかしら?」

『あっちでち!』


 シロちゃんの導きによって次の魔物がいる場所へと移動する。今度も水スライムである。どうやらこの森にはスライムが多いみたいだ。今度はフルール様が風属性魔法でなんなく倒した。


 実に順調な滑り出しである。そのまま調子に乗って、ボクとリーズ様も魔物を倒していった。

 ちょっと森の奥へ入り過ぎたかな、と思ったとき、遠くからピューという笛が鳴ったような音が聞こえた。これってまさか。


「今、笛の音が聞こえなかった?」

「ジルもなの? 私も聞こえたわ」

「確かにそのような高い音が聞こえたような気がしますわ」

「あっちからでしたよね?」


 クリスが森の奥の方を指差した。悪い予感がする。すぐにこの場から離れて本部へ戻った方がいいな。魔物は少なくとも一体ずつ倒すことができたので十分だろう。理由が言えたらよかったのに。


「何かあったのかもしれない。急いで戻ろう」

「戻る? 行ってみるのではなくて?」

「そう。戻るんだよ。何かあれば、先生や騎士たちが――」

『向こうにたくさんの魔物が集まって来てるでち!』

「え?」


 シロちゃんが反応した。どうやら悪い予感は当たったようだ。まだ決まったわけではないが、エリクが魔物を呼び寄せる笛を使ったのかもしれない。別の生徒が使った可能性も十分に考えられるけどね。


「本部に戻った方がいい。この辺りも危険になるかもしれない」

「周りの人たちにも知らせないと。私たちだけ安全な場所に避難するわけにはいかないわ」

「それもそうだけど……」

「急いで皆さんを誘導しましょう。魔物が向こうに集まっているのを知っているのは私たちだけですわ」

「分かったよ」


 俺たちは近くにいる生徒たちに向こうへ行かないように、それから本部へ戻るように呼びかけた。だがしかし、狩り大会中ということもあって、多くの人が耳を傾けなかった。

 ボクたちもシロの存在を隠しながら誘導しなければならなかったため、強くは言えなかった。


「どうしましょう」

「そうだ、ガブリエラ先生に相談して、終了の魔法を打ち上げてもらおう!」

「その方法がありましたわね。でも、ガブリエラ先生をどうやって探せば……」

「シロちゃん、ガブリエラ先生の匂いを覚えてる? 覚えているならその場所に誘導して欲しい」

『覚えてるでち。あっちでち!』


 運の悪いことに、シロちゃんが指し示した方向は先ほど魔物が集まっている場所の方角だった。

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