第26話 三ヶ月間の成果

 和やかに、そしてゆっくりと時間が流れていく。まるでボクが伯爵家から追放されることなど始めからなかったかのように。

 もしかして伯爵家を追い出されると思っていたのはボクの思い過ごしだったのかな? なんだかそんな気がして来たぞ。


 確かにアルトは優秀だけど、ボクにはおばあ様がついている。そう簡単に追い出されることにはならなかったと思うけど……。


「ジルベール、学園ではずいぶんと魔法の練習を頑張っているそうだな? ガブリエラ先生からも色々と話を聞いているよ。なんでも、クラスで一番の実力だとか?」

「えええ! そんな話、初めて聞きましたよ」


 みんなの注目がボクに集まった。どうしてこうなった。ガブリエラ先生はいつの間にそんな話をお父様にしたんだ? あ、アルトとおばあ様の目が輝いている。


 どうしようかと思ったけど、ボクが全属性の魔法を使えることは、早いところ話しておいた方がいいような気がしてきた。まずはお父様とお母様だけに話して様子を見ようと思っていたのに。


「ボク、お兄様が魔法を使っているところを見てみたいです!」

「まさか一番になっているだなんて……ジルベール、本当に成長したわねぇ。私もジルベールが魔法を使っているところを見てみたいわ」


 さらに目を輝かせるアルト、涙を流して喜ぶおばあ様。なんかもう、めちゃくちゃな状態になってきた気がする。この場を鎮めるためには、やはりボクの魔法を見せるしかないな。


「分かりました。ボクの三ヶ月間の成果を見せてあげますよ」

「やったー!」


 アルトは今、家庭教師の先生から初級魔法を習っているところなのかな? そうだとしたら、魔法に興味津々な年頃だよね。

 すぐに庭に魔法的が用意された。まさか家にそんなものがあるとは思わなくて、思わずおじい様を見た。売ってるんだ、あれ。


「こんなこともあろうかと、用意しておいたのさ。ちょっとしたコネで手に入れた代物でな。みんなには内緒だぞ」


 ウインクするおじい様。おちゃめーっていうか、完全にどこかのだれかと裏取引してるよね? 大丈夫なのそれ。あとで怒られたりしないよね?

 念のためおばあ様を見た。あれがあるの、知ってるよね? あー、あの顔は知らなかった顔ですね。ボク、知ーらないっと。


 とばっちりを受けないようにするために急いで庭におりる。この距離なら的を外す心配はないな。まあ、今では魔法を誘導することができるようになっているので、外すことはないんだけどね。


 スッと杖を構える。何度も繰り返し練習をしているため、今では意識しなくても流れる動作になっていると思う。

 さて、どの魔法から使おうかな? やっぱり最初に覚えた火属性魔法からだな。


「ファイヤーアロー!」


 まっすぐに飛んで行った炎の矢が魔法的に当たり、音を立てて消えた。

 うん。あの魔法的は問題なく使えるみたいだな。何か訳ありの商品をつかまされたわけではなさそうだ。


「お兄様、すごいです!」

「まだまだ、これからだよ。ウォーターアロー!」


 今度は水の矢が魔法的に飛び込んで消えた。


「まさか、ジルベールは二属性持ちなの?」


 ふふふ、おばあ様が驚いているな。もちろんおじい様も驚いている。驚いていないのは、すでにそのことを知っている両親と、そのすごさがよく分かっていないであろうアルトだけである。


「驚いたでしょう? 私もこの話を聞いたときは大いに驚きましたよ。つい先日、ジルベールは水属性の治癒魔法を使って、負傷したクラスメイトを治療したそうです。その回復力の高さで、ずいぶんとウワサになったみたいですよ。そうだろう? ジルベール」


 お父様がとても自慢げな顔をしている。これぞまさしく親バカの顔である。だがしかし、それは真実の一部でしかない。シロちゃんのことは話せないからね。でもその代わり、別のすごいことを隠しているのだ。ついにそれを披露するときが来たのだ。


「確かに治癒魔法を使いましたけど……でも、それだけじゃないんですよ」


 杖を構え直した。ここからは一気にいこう。


「ウインドアロー!」

「な……!」


 お父様からうめき声が聞こえた。予想外だったのだろう。まだまだ、これからが本番だよ!


「ストーンアロー! サンダーアロー! アイスアロー! ライトアロー! ダークアロー!」

「ちょ、おま」

「えええええ!」

「すごい、こんなことができるんですね!」

「これが三ヶ月間の練習の成果だよ。レインボーアロー!」


 七色ならぬ八色の、違う色を帯びた八本の矢が魔法的に当たる。

 先ほどよりも大きな音を立てて消滅した。この魔法的ってどのくらいの魔法まで耐えられるのかな? ちょっと気になってきたぞ。


「アア……ア……」


 大丈夫かな? お父様が強敵との圧倒的な力の差を見せつけられて、絶望した戦士みたいな声を出しているけど。お母様は……卒倒してるー!


「お母様!」


 その後もちろん、魔法のおひろめ会は中止になった。お父様からは”どうして早く言わなかったんだ”としこたま怒られた。危うく伯爵家から追い出されるところだった。まさかこんなところに追放フラグが残っているとは。


 お母様とおばあ様によってそれは阻止されたけど、本当に危なかった。お父様の大事な人を卒倒させてはいけない。これ、マルモンテル伯爵家の鉄則。


「申し訳ありません、お母様。ボク、お母様を驚かせようと思って……」

「もういいのよ。気にしないで。まさかジルベールが短期間の間に、ここまで成長しているだなんて。お母様、とってもうれしいわ」


 そう言って抱きしめてくれた。

 胸の圧がすごい。さすがはお母様、だてじゃない。ガブリエラ先生に勝るとも劣らないな。フルール様とリーズ様、クリスもそのうち、その領域にまで達しそうな気がするけど。


 どうなってるの、ボクの周り。別におっぱいの大きい子を集めたつもりはないんだからね。まさか、エリクがうらやましそうにボクを見ているのはそのせいだったりする?


「お兄様、どうやったら色んな属性の魔法が使えるようになるのですか?」

「あー、これは生まれ持った才能なんだ。だからあとから身につけることはできないんだよ。残念だけどね」

「それじゃ、お兄様はすごい人だったのですね!」

「そうなの、かな?」

「そうに決まってるじゃない。大賢者シリウス様の再来よ。間違いないわ」


 もう一度、お母様に抱きしめられた。

 まさか三ヶ月間の間にここまで評価が上がるとは思わなかった。これは夢なのではないだろうか?


 うん、夢じゃないね。だんだんと息苦しくなってきた。胸の谷間にスッポリだ。慌ててお母様をタップした。

 死んじゃう、ボク、死んじゃうからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る