第25話 マルモンテル伯爵領

 領地までの馬車の中で、ザックリとこれまで学園であった出来事を話した。両親にはときどき手紙を出していたが、さすがにその手紙の中に詳しい話を書くことができなかったのだ。


 ボクの話を聞いて、二人は驚いていた。そして弟のアルトはなぜか英雄を見るような目でボクを見ていた。やめて。お兄ちゃんはそんなにすごい人物じゃないぞ。今のボクはモブに少しだけ毛が生えたようなものなのだから。


「まさかそんなことになっていたとは……。フルール様とリーズ様とは仲良くしているんだろうね?」

「もちろんです。親しくさせてもらっていますよ」

「まさかフォルタン侯爵家のお嬢様と仲良くなっているとは思わなかったわ。これは……もしかしたりするのかしら?」

「お兄様、すごいです!」


 イタズラっぽい目を向けるお母様。そしてそんなボクに尊敬のまなざしを向けるアルト。そしてお父様は頭を抱えていた。

 そうだよね。お母様は気がついていないみたいだけど、この中にお姫様が混じっているんだよね。それを知ったら卒倒しそうだ。


 このことは黙っておいた方がいいだろう。お父様もお母様に教えるつもりはないみたいだ。もし教えるつもりがあるのならば、すでにお母様がそのことを知っているはずだからね。ボクも何も知らないフリをしておかなきゃ。


 王都からマルモンテル伯爵領まではほぼ一日で到着する。朝から出発すれば、よほどのことがない限り、その日のうちに到着することができるのだ。

 今回は昼過ぎに出発したので、途中の街で一泊してから領地へとたどり着いた。時刻はちょうど昼前である。


「帰って来たか。待っておったぞ」

「お帰りなさい。あらあら、みんな大きくなっちゃって」


 うれしそうに笑うおじい様とおばあ様。どう見てもおじい様が危篤のようには見えないな。これにはお父様も苦笑いだ。分かっていたけど、無視するわけにはいかないからね。

 ……おじい様、そんなことばかりしていたら、オオカミ少年みたいになりますよ? 本当に危篤のときにだれも帰って来なくても知らないからね?


「おじい様、危篤じゃなかったんですか?」


 オーマイガッ! 空気が全く読めないアルトがおじい様へ渾身のストレートをぶち込んだ。

 笑顔が固まるおじい様。それを見たおばあ様の顔が、見る見るうちに満面の笑みを浮かべた般若はんにゃのような顔になっていく。


 どうやら手紙の内容をおばあ様は知らなかったようである。スーパーピンチだぞ、おじい様。まさに崖っぷち!


「いやー、その……お前たちが帰って来ると分かったら、急に元気になってな。この通りだ」


 そう言って力こぶを作るおじい様。元気な様子のおじい様を見て、無邪気に喜ぶアルト。そしてそんな二人を笑顔で見つめるおばあ様。だがその目が笑っていないことに、アルト以外の全員が気づいていることだろう。


 地雷を踏んじゃったなー、おじい様。ボクはフォローしないからね。自分で責任を取って下さいよ? そんなすがるような目で見てもダメなんだからね!




 なんとかおばあ様をなだめ、屋敷の中へと入った。なだめたのはもちろんボクだ。どうもおばあ様はボクのことを気に入っているみたいなんだよね。きっとおばあ様にとっての”推し”なんだと思う。


 王都の学園に通うときも大変だった。領都の学園でいいじゃないかってね。今思えば、どうしてボクはそれに従わなかったんだ。そうしていれば、胃薬の必要のない毎日を送れていたはずなのに。


 エントランスホールにズラリと並ぶ使用人。久しぶりのこの感触に、改めで自分が伯爵家の長男だったことを思いでした。

 あれれ、おかしいぞ。なんだか胃が痛くなってきた。胃が痛くなるのは学園だけだと思っていたのに。


 サロンにはすでにお茶の準備が整えられていた。すぐにメイドがちょうどよい温度のお茶を入れてくれた。アールグレイのようである。めっちゃうまい。クッキーと食べると口の中で香りのハーモニーが楽しめてとてもよかった。シロちゃんに食べさせたら、きっと喜んでもらえると思う。


「ジルベール、学園でどんなことがあったのか、話してもらえないかしら?」

「もちろんですよ、おばあ様」


 お互いの近況報告もそこそこにボクの話になった。馬車の中では大まかなことしか話すことができなかったからね。せっかくサロンでゆっくりとできるのだ。なるべく分かりやくす、かつ、楽しく学園での出来事を話した。


「たくさんお友達ができたのね。安心したわ。ジルベールはちょっと引っ込み思案なところがあるから、心配していたのよ。それで、どの子と婚約するのかしら?」

「ブフー!」


 思わず吹き出した。まさかそんな話に進むとは思わなかった。ボクは畏れ多いと思っていたのだが、どうやらおばあ様はそうは思わなかったらしい。ボクが吹き出したにもかかわらず、笑顔を浮かべている。


「あらあら、驚くほどのことでもないわよ。私だって、侯爵家の出ですもの。ねえ?」

「う、うむ、そうだな。愛の前に、少々の身分の差など関係ない。ジルベール、あきらめたらそこでおしまいだぞ?」


 最初こそ噛んだが、最後は片方の眉を器用に上げて、のぞき込むようにボクの目を見た。

 そういえばおばあ様は侯爵家の出だったな。それをおじい様が必死に食らいついてゲットしたのだろう。道理でおばあ様に弱いわけだ。伯爵令嬢に頭が上がるはずないからね。


 そうなるとボクも、フルール様やリーズ様と結婚すると、おじい様のように尻に敷かれることになるのか。その一方で、お父様のように子爵家からお嫁さんをもらえば、それなりに落ち着いた家庭になるのかもしれない。


 そうなるとクリスか。ありではあるな。……三人から刺されそうだけど。ボクは一体、どうすればいいんだ? ハーレム? まさかね。ハハハ……胃が痛くなってきたぞ。

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