第27話 来ちゃった
領地に帰ってきてから数日が経過した。きっかけはおじい様の策略ではあったが、どうやらボクの夏休みが終わるまで、このまま領地で過ごすことにしたようだ。
もちろん夏休みだからといって、実家でボーッとしていたわけではない。
学園で学んだことを生かして、アルトに勉強を教えているのだ。ガブリエラ先生から毎日出される鬼のような宿題をみんなと一緒にこなしていたことで、ボクの学力もさらに高くなっていたようである。
それもそうか。分からない問題は教えてもらい、分かる問題はみんなに教えていた。そうやって実践を重ねたことで、普段よりもずっと記憶に定着したようである。
もしかしてガブリエラ先生の狙いはこれだったのかな? ボッチにはものすごい試練になっていると思うけど。
「お兄様はすごいです。ボクが分からない問題も、スイスイと解いてしまうだなんて」
「アルトもしっかりと勉強をすれば、このくらいはすぐに解けるようになるよ」
正直に言って、学園へ入学する前は、アルトはボクよりもずっと優秀だと思っていた。だが、こうして踏み込んでみると、それはボクの被害妄想であることに気がついた。
弟に負けたくなくて、勝手に大きな壁に見立ててしまっていたのだ。あの頃のボクは本当に尻の穴が小さかったな。
「ジルベール様」
「ん? どうかしたの?」
申し訳なさそうにメイドが声をかけてきた。ボクとアルトが勉強をしているときに声をかけてくるのは初めてだな。何かあったのかな? 首をかしげていると、メイドが深く頭を下げた。一体、何ごと?
「お客様がお見えになっております。急いで門の前までお越し下さい」
そう言うと、再び頭を下げた。客? 領地へ帰ったときに、ボクを訪ねて来るような人はいなかったはずだけど。だって学園に行くまでボッチだったから。
お客様……学園……まさか! アルトを置いて、ダッシュで門へと向かう。
全力で飛ばせ! ボクの予感が当たっているのなら、待たせるわけにはいかないぞー!
門の前にはすでに馬車がとまっていた。あの馬車には見覚えがあるぞ。あれはフォルタン侯爵家の馬車だ。となると、ここを訪ねて来たのはリーズ様!
ボクが到着するのと同時に馬車の扉が開いた。できればもう少し早く先触れが欲しかったな。お父様とお母様はすでに到着している。ボクとアルトの時間を邪魔しないようにと思ったのかな? 気にしなくてもいいのに。アルトとの時間なら、この先、何度でも取れるからね。
「リーズ様、お待ちして――」
馬車から降りてきたのはリーズ様だけではなかった。なんとフルール様とクリスも一緒に降りて来たのだ。……さすがにガブリエラ先生はいないようだ。
「えっと、なんでみんなそろって……?」
「これには深い事情がありますのよ。マルモンテル伯爵にはすでに話を通しておりますわ。しばらくみんなでお世話になりますわね」
は? 聞いてないよ。非難するような目でお父様を見た。あれ? 固まっていらっしゃる? お母様は……お母様も固まっていらっしゃる!
そりゃそうだよね。馬車からこの国のお姫様が降りて来たら、そんな顔にもなるよね。
まずいまずい! 不敬になるとマジでヤバイ。ここはボクがなんとかしないと。
「フルール様もクリス様も、ようこそマルモンテル伯爵家へ。歓迎いたしますよ」
「ありがとうございます。突然お邪魔してしまって、申し訳ありませんわ。本来ならマルモンテル伯爵からの許可をいただいてから来るべきでしたが、我慢できなくって」
わがままお姫様か! そうツッコミたくなるのをグッと抑えて笑顔を作る。スマイル、スマイル。不遜な態度をしてしまったら、マルモンテル伯爵家が潰されちゃうぞ。
部屋の用意は急ピッチで行われていることだろう。それならまずはサロンへ案内するべきだな。一番いいサロンを頼む。執事長をチラリと見ると、一つうなずきを返してくれた。”大丈夫だ、問題ない”とでも言っているかのようだった。
「それではリーズ様、フルール様、クリス様、サロンへとご案内いたしますね」
「その前にいいかしら?」
「なんでしょうか、フルール様?」
「いつものように、普通に話さない? ほら、私たちは無理を言って来させてもらったわけだし」
そう言いながらフルール様がリーズ様を見た。そうだと言わんばかりにリーズ様が首を縦に振った。その隣のクリスも何度も首を縦に振っている。
これは受け入れるしかないな。
「ジル様、ダメでしょうか?」
「もちろん構わないよ。休みのときまで肘を張って過ごしたくはないからね」
「よかったです! ジルくんならそう言ってくれると思ってたわ」
この辺りになって、ようやく両親が正気に戻ったようである。慌てて三人にあいさつをしている。念のため、ボクから三人を紹介しておいた。もちろん敬語はなしだ。
これでボクたちがとてもフレンドリーな関係であると証明することができただろう。少しは安心してくれるといいんだけど。
……なんか両親がチラチラとボクを見てくるな。”そんな言葉使いで大丈夫か?”とでも言っているかのようである。
いいんです。ボクはフルール様がお姫様であることを知らないことになっているからね。それならボクとフルール様は同じ伯爵家。だれにも遠慮は要らないのだ。
「フルール」
屋敷への道すがら小声で話しかける。フルール様の耳元まで近づいているので、他の人には聞こえない距離である。ボクにはどうしても確認しなければならないことがあった。
「どうしたの?」
「シロちゃんは?」
『ここにいるでち』
「オーケー」
笑顔を浮かべるフルール様。やはりシロちゃんも一緒だったか。聞いておいてよかった。これで心の準備はできたぞ。
シロちゃんは何かとボクとフルール様をくっつけようとしてくるのだ。ラッキースケベなことが起こらないように、十分に注意しないといけないな。
プレゼントにフルール様のパンツを持って来たときにはマジであせったからね。無事に返せてよかった。
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